3-7
「ナグワー! サーシャにもっと下を飛ぶように伝えてくれ!」
「! 了解であります」
言うが早いか、ナグワーは今まで滞空していたのが信じられない程の速さでサーシャのもとに飛んでいった。後は山乳地の能力と、咄嗟に思いついた穴だらけの作戦がうまく行くことを祈るだけ。
ナグワーの伝言は伝わったようで、サーシャは旨い具合に低空飛行に移行した。両翼の大きさと路地の幅がほとんど同じなのに、まるで苦にしていない。普段からミリ単位で正確な仕事をしている彼女にとってはそれくらいは朝飯前なのかもしれない。ともあれ第一段階はクリアだ。
「タネモネ。もう少し上まで運んで」
「承知した!」
月光の下、バタバタと羽ばたく無数の蝙蝠に囲まれながら、タネモネに抱きかかえながら上に登っていく。中々に霊妙な体験だっただけに任務中だというのが惜しまれる。
「このくらいで大丈夫。んでもってサーシャの方に向かって投げ飛ばしてくれ」
「な、何だと!?」
まあ、その反応は当然か。
けど今の俺に山乳地の能力が備わっている。今ならこんな所で放り出されても全く問題ない…はず。
「大丈夫だから、信じてくれ」
「…わかった」
渋々な返事だったが、すぐにタネモネは覚悟を決めたようだった。俺の腕を両手で掴むとそのままその場で旋回し始めた。まあアレだ、ハンマー投げの要領と言う奴だ。そうして生まれた勢いのままに俺は上空から投げ出される。目を回す前で助かった。
空中に放り出された俺はまずサーシャと一反木綿を見据えた。そして体を大の字に開くと、いよいよ山乳地を貸与して能力を発動させたのだった。
山乳地は古びた蝙蝠が妖怪変化となったものだ。『絵本百物語』によれば蝙蝠が齢を重ねると先に倒した野衾という妖怪になり、それが更に年を取ると山乳地になると記されている。
山乳地の特徴として最たるものは、寝ている人間の寝息を吸う点だろう。寝息を吸われた人間は翌日に息絶えると言われ恐れられているが、もしも寝息を吸われる現場を他人が目撃していた場合、反対に寿命が延びるとも伝えられている。とは言えこの寿命云々の伝承は今はどうでもいい。肝心なのは、山乳地が飛べる妖怪であるという点だ。
蝙蝠やムササビの特徴を有する山乳地に身体を貸与した結果、俺の腕から脇を通り腿にかけてのラインに飛膜ができた。飛膜は風を存分に受け止め、滑空移動を可能にする。
自在に空中を飛行する能力に比べれば見劣りするかもしれないが、滑空だってバカにはできない。さっき建物の屋上から突き落とされたときも、この能力があればあそこまで取り乱すことはなかっただろうから。
俺の身体は上空からサーシャとそれを追いかける一反木綿とに向かって行く。俺がこの能力を手に入れた事は当然知らないはず。ともすれば奇襲戦法としてはこれ以上ない絶好の機会となる。
夜の空気は身震いするほど冷たいが、今はそれどころじゃない。あと、ゴーグル借りといてよかった。ラトネッカリの先見の明が凄すぎる。後でキチンとお礼を言っておかないと。
上空から迫りくる俺の姿に最初に気が付いたのはサーシャだった。一瞬だけ度肝を抜かれたような表情を見せたものの、すぐにオレの意図に気が付いてくれたようだった。
するとサーシャは振り向いて大きく減速した。同時に防御魔法を展開し、一反木綿の後方に魔法障壁を作った。ウィアード相手に魔法が通用しないのはサーシャだって身をもって経験しているはず。という事は…。
俺は全神経を集中させた。俺にできるのはサーシャを信じて一反木綿を倒すことだけだと言い聞かせた。
タイミングを見計らって左手を蟹坊主に貸与する。流石に一反木綿の方も俺の接近には気が付いたようで大きく進行方向を変えた。けどそれは悪手だ。前後上下左右のどこに逃げようが上を陣取っている以上、行き先は丸わかり。しかも急な方向転換をする為には大きくスピードを落とさざるを得ない…!
「うらあああぁぁぁぁ!!」
落下の恐怖を気合いで打ち消しつつ、蟹の手を大きく突き出した。ジョキン、と言う音と共に蟹の鋏は一反木綿を二分割に切断した。しかし一反木綿を倒すのにはそれだけは不十分だった。
下半分はいつものように黒々とした影になり霧散したのだが、上半分は未だに健在だ。一反木綿はここまで不利を強いられては流石にこれ以上の戦闘は不可能と判断したのか、俺の上を突っ切って逃散する姿勢を見せた。
「そう来ると思ったぜ」
俺は右脇に頭を潜り込ませて体を捻った。その回転の勢いのまま右足を上空に逃げる一反木綿に目がけて叩き込む。当然、鎌鼬の鎌に貸与させて、だ。
突然に伸びた脚のリーチには流石の一反木綿も対応しきれなかったようで、何の抵抗もなく鎌が布を切り裂く感覚が伝わってきた。
「よっしゃあ!」
いつの間にこんなアクロバティックな動きができるようになったんだ、俺。
やっぱり一回恐怖体験をしたのと、緑魔法を使う関係で前世よりも身体を動かしてきたことが大きいんだと思った。
そうして目論見通りに一反木綿を討伐できた訳だが、山乳地への貸与を止めた俺の身体はこれも当然のごとく重力によって自由落下運動を余儀なくされた。けれど、それも束の間の出来事だ。
俺の身体は光り輝く網の様なものに優しくキャッチされた。これは…サーシャの魔法障壁だ。鉄よりも強固な壁と言う印象を持っていたが、こんな転落防止ネットみたいな使い方もできるのか。
「ヲルカ君、大丈夫ですか?」
「うん。助かったよ、ありがとう。サーシャ」
「いえ、この程度の事…」
サーシャははにかみながら蜘蛛の巣に捕らえられたような状態の俺をそっと降ろしてくれた。すると合わせたかのようにタネモネとナグワーが集結する。
「ヲルカ殿は無事か?」
「隊長はご無事ですか?」
そんな心配そうな声を出してきた二人に俺は笑顔で無事を知らせる。これで五体のウィアードの内、四体は撃破できた。いよいよ最終戦だ。一人で堪えてくれているハヴァのところに急がないと。
俺は笑顔を消し、三人に改めて言った。
「早くハヴァを助けに行こう」
◇
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