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「よっしゃっぁぁぁ!」
ぐらんぐらんに揺られながら、俺はそんな声をあげた。それだけで野鉄砲を退治できたことはナグワーにも伝わったようだった。ナグワーは器用に空中でブレーキをかけてその場に滞空した。力強い羽ばたきの音が鼓膜を揺らしている。
「このまま他のメンバーの救助に向かいますか!?」
「いや…動かない方がいい」
「え?」
「みんな、ナグワーのところにウィアードをおびき寄せるように動いてるはずだから…」
「いつ、そのような命令を?」
「俺の友達に頼んだ。あいつなら迅速で確実に伝言してくれるはず…」
俺は学生時代のあいつの耳聡さと伝言の速さを思い出していた。流石にハヴァさんには劣るだろうけど、現状で一番迅速な伝達方法であることは間違いない。その上フェリゴは念願叶って『ハバッカス社』のギルド員にもなっているのだ。俺やヤーリンがこの一、二年の間に研鑽を積んだのと同じように、あいつだって遊んでいたわけじゃないだろう。
それでも手持ち無沙汰で待つのは申し訳ないし、オレ自身も耐え難い。もっと俺達のいる場所をアピールできる手段はないだろうか。俺もラトネッカリ特性の発煙筒を持っておけばよかった。
考えた末、結局いい手段は思いつかなかった。だが代わりに今は一人きりじゃない事にも気が付いた。
「ナグワー、念のためにみんなに居場所を教えたい。何か手はない?」
「了解であります」
そういうとナグワーは大きく肺いっぱいに息を吸い込んだ。そして首を振りながら上空に向かってドラゴンの炎のブレスを扇状に放つ。
花火よりも明るいその炎の息は辺りは一瞬だけ、昼と見紛うほどに明るく照らした。確かにこの上ないくらい、俺達の居場所は伝わった事だろう。その証拠にすぐにナグワーが俺に叫び知らせてきた。
「来ました! タネモネ殿です」
見れば正面の通りを無数の蝙蝠たちが飛来してきている。その中心には山乳地というウィアードがおり、蝙蝠たちを使って巧みにここへ誘導しているようだった。それを確認した俺は考えるよりも先に身体が動いた。
体ごと振って勢いをつけると、鎌鼬に貸与していた腕を元に戻した。その瞬間、ナグワーの手から離れた俺はタネモネが連れてきてくれた山乳地に目がけて飛んでいった。いや、より正確に言えば斜めに落下していく。
「うおらぁぁぁ!」
無茶で無謀は承知の上。なぜこんなことができたのかと言えば、それは俺にも分からない。さっきまでの出来事のせいでアドレナリンが分泌されまくりなのも原因の一つだろうが、もう一個だけ根拠のない確信もあった。けど、そのおかげで予想外の俺の動きに山乳地は反応すらできていない。頭で考えるよりも早く、右手を蟹坊主のソレに貸与すると落下の勢いに任せて蝙蝠たちをかき分けていく。
後に残るのは右手の鋏で何かを切断した感触と、もう一つ。
しっかりと俺の左手を掴む力強く、そして温かい感触。
見上げれば集合した不敵な笑みを浮かべ、冷や汗を顔に伝わせるタネモネがいた。集合した蝙蝠たちの中から上半身だけが逆さまの宙づりになる形で顕現しており、その様は正しく吸血と呼ぶにふさわしい。だが決して不気味さは感じない。むしろキッと俺を見る赤い瞳と垂れ下がる金髪とが月の明かりに映え、蠱惑的とさえ思っていた。
「…貴殿はここまで無鉄砲だったか?」
「ははっ…何となくタネモネが助けてくれるような気がしたからさ」
「まったく、言葉もない…」
タネモネは自分でも分からないような困った笑顔を見せた。
ともあれ、これで三体のウィアードを撃破したことになる。残るは風狸と一反木綿の二体。そしてそいつらと戦っているハヴァとサーシャの応援を急がないといけない。ともすれば次は…。
「隊長! サーシャ殿が旋回してこちらに向かってきています」
「わかった! 応戦する。ナグワーとタネモネは援護を頼む」
という事は、次は一反木綿が相手か。
言わずもがな、日本人なら名前とビジュアルだけならば妖怪に興味がなくたって知っている超有名妖怪だ。
主に鹿児島の肝属郡に伝わる妖怪…けど実際はアニメで正義の味方側になれたのが不思議なくらい、獰猛で残忍な伝承で語られている。
一反木綿は黄昏時になるとヒラヒラと空から飛来して、人を襲うと言われている。しかも首に巻き付いたり、顔に張り付いたりして窒息死をさせる、もしくはそのまま空の彼方に連れ去っていくとも伝わる。
雪女や河童のような自然の恐怖を教訓として伝えるような話でもなく、かといって鬼や天狗のように特定の場所や領域に立ち入ることを戒めるような要素もない。ただただ行き逢った人間を理不尽に殺す…日本に妖怪譚は数多くあれど、人里でここまで明確に人を殺傷する伝承が多く残る妖怪も珍しい。
ひょっとしたら今回の一番の強敵になるかも…。
そんな不安がよぎった時、まるでそれを払拭するかのようにタネモネが俺の名前を呼んだ。
「ヲルカ殿、アレをっ!」
タネモネは何かを指さした。それは先ほど山乳地を討った辺りだった。そこにはキラキラ輝きながら浮かぶ、野球ボールくらいの大きさの光球がフワフワと漂っていた。もしかしなくても、それは山乳地の核だった。
タネモネは俺の両脇に腕をくぐらせ、ぐいっと力強く持ち上げてくれた。見た目からでもわかるくらい豊満なアレの感触が背中に伝わる。やばい。
戦いの最中に何を考えてるんだ、俺は。不謹慎だぞ。
とにかく少しでも早く山乳地の核に触れたくて、手を上へと伸ばす。そして指先がちょこんとぶつかった瞬間、光球は例によって溶けるように俺の体の中に入っていく。すると山乳地の妖怪としての能力が、あたかも初めから備わっていたかのように体の隅々にまで行き渡っていた。
その感覚を信じ、俺は一つの作戦を実行することを決めた。
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