【決意と旅立ち】後編
トラインは拳を鳴らしながら、じわじわと王子に近づく
「ば…化け物めが!なにをやってる!早く奴を殺せ!!!」
王子は兵士たちに指示をする。兵士は慌ててアイシボールをトラインに目掛けて投げるも、トラインは瞬時にアイシボールを掴み取った
「なに!?あいつアイシボールを受け取りやがった!」
「何をやってる!使えないクソ兵士共!はやく奴を殺せ!」
兵士たちは槍を持ってトラインに突撃するも、槍はトラインの筋肉に刺さることはなく、ポキッと折れてしまう
「ヒッ!なんて硬さだ!」
瞬時にトラインは兵士二人の頭に手刀を食らわせ気絶させる。兵士の気絶を確認すると、トラインは王子の元へとゆっくり歩きだす
「おい王子様よ…」
「な!なんだ化け物!!」
「覚悟は…出来てるんだろうな」
「覚悟…だと!?」
トラインは王子を睨みつける
「俺は久しぶりにキレちまったぜ___
____頭も筋肉もなぁ!!!」
「ヒッ!」
王子はトラインの気迫で身動きが取れなくなる。恐怖のあまり命乞いを始めた
「た、助けてくれ!そうだ!罪は取り消そう!それだけじゃない!お金も沢山やる!豪華な屋敷もやる!そのペットと平和に暮らせばいい!」
「【カリンダ】だ」
「は…はい?」
「ペットじゃねぇ、【カリンダ】って名前がある。立派な獣人だ。そして普通の女の子でもある。もはや__
__お前は生かしちゃおけねぇ…」
トラインはじわじわと王子に近づく。王子は恐怖で身動きが取れず足もガタガタ震える
「な!なんなんだよ!お前!!!鋼鉄の拘束具を引きちぎり!硬化魔法で硬くした鉄格子を力ずくで曲げやがって!!一体何者なんだ!!!」
「いいだろう…教えてやる」
「へ?」
「俺は毎日決まった時間にトレーニングをする。だが時に筋肉は休憩させる必要がある」
「…何を…言っている…?」
「本来であれば今頃トレーニングしてる時間だ。俺も筋肉を休めた方がいいと分かってはいるが…ついつい筋トレはしてしまうものだ…」
「だからなんだッ!」
「拘束され、筋トレをしなかったおかげで、筋肉が十分な休息を得た。これにより筋肉は普段よりもエネルギーが溜まっている」
「だからなんなんだ!!!!」
「だからぁ!!俺の今の筋肉は一番パワーがあるんだよぉぉ!!!!!!!!」
「だから!なんなんだよぉぉぉお!!!!!!」
打ち放たれた拳がベランダ王子の腹に突っ込まれる
「グブバァ!!!!!」
王子は大口を開け吐血し、目がカッ開く。悲鳴を上げる隙もなく次の拳が打ち付けられる。次は胸、次は腹、次は足と数百発の拳が音速で王子の身体中に打ち付けられる
「グバババドババビババババグババババドバビバブバババ!!!!!!!!」
トラインは最後の一撃を拳に込めると腹に目掛けフルパワーで食らわせた
「パワァァァァァァァアアア!!!!!!!!」
ベランダ王子は天井に吹っ飛ばされると、天井の壁を次々と破壊して、ついには天井をぶち破り、空高くまで上げられた
外はもう夜になっており、月と王子が重なる
トラインは天高く飛んだ王子に、一言添える
「お前の敗因はただ一つ…
俺の広背筋と上腕三頭筋を舐めていたことだ」
天井に空いた穴から照らされる月夜は、トラインの筋肉を眩く照らしていた。カリンダはフラフラと立ち上がり、トラインに倒れ込む、トラインはカリンダを優しく支えた。
「また…助けられちゃった…ごめんね」
「気にするな、お前が無事で良かった」
カリンダはトラインの筋肉をギュッと抱きしめる
「暖かい…」
「お、…おう…」
トラインは慣れてないせいか照れてしまう。それを見たカリンダは笑顔を見せた。カリンダの笑顔を見るのは初めてだった
「とにかく、ここを脱出しよう」
カリンダを連れて部屋の出入口へ行こうとすると、一人の男が拍手をしながら部屋に入っていた
「いやぁ…素晴らしい…お見事だ」
「!?」
その男は魔導ローブを羽織った青年であった。その男の魔導ローブは他の魔道士よりも、ずっと高級で立派であった
「お前が…王宮魔術師の…」
「いかにも…私が王宮魔術師の〝コルシファー〟だ」
コルシファーはトライン達にお辞儀をする
そしてコルシファーが指を鳴らすと、一斉に魔術師や兵士が部屋に入りトラインを取り囲む。コルシファーは天井の穴を見上げた
「王子様 いや…
___あのクソガキは死んで当然ですよ。馬鹿な上に親の権力にすがってイキがってるだけの無能野郎…この【アシルダ地区】に飛ばされたのも、無能だからって事に気づいていない…反吐が出る」
コルシファーはトラインに笑みを浮かべる
「正直なところ…王子を殺してくれたことには感謝しています…私的に嫌ってましたし…ですが私にも立場ってものがある…」
コルシファーは手から杖を召喚する
「あなたをここで処刑します」
トラインはカリンダを後ろに隠す
「この子はどうなる?」
「【カリンダ】ですか?勿論、丁重に扱いますよ。ご心配なさらず」
トラインはコルシファーの発言に驚く
「なぜ…カリンダの名前を知ってるんだ?」
「はは、失礼。実はわたしはカリンダをずっと探していたのですよ…貴方を尋問して少しでも手がかりを探ろうと思ってたのですが、自分から来てくれて手間が省けました…」
「どういうことだ!?カリンダをどうするつもりだ!?」
「おや…聞いてないのですか?」
「何がだ?」
「カリンダは【特別な子】なのですよ…なぜなら神に選ばれた子なのですから」
「神だと…?どういうことだ?」
「……貴方が知っていいのは、それまでです」
コルシファーが手を上げると、兵士や魔道士が武器を突き出す
「その子の命ならご安心を…私は差別主義者ではありません。獣人も人間も、みな平等だと私は考えてます」
「信用できるか」
「別に信用される必要はありません、なぜなら貴方はこの場所で死ぬのですから…」
この状況をどうすればいいか、トラインは必死に考える。
「(もはや強行突破するしかない…カリンダだけでも逃げるチャンスを)」
そう考え、立ち上がったトラインだったが、膝が崩れ落ち、全身に力が入らなくなる
「なに!?」
もはや腕も上がらないくらい衰弱していた…トラインはコルシファーを睨みつける
「何を…した…?」
コルシファーは鼻で笑う
「フッ…違いますよ…貴方が勝手に自滅したんです」
「ど…どういうことだ!?」
「貴方の筋肉は確かに凄い…だが戦う事に関しては素人だ…今の貴方は力任せに暴れてる動物に過ぎない」
トラインはコルシファーの言っていることがイマイチ掴めなかった。だが、コルシファーは話を続ける
「兵士や魔術師が戦闘で最も危惧するべきこと…それは身体中の力を使い果たすこと。力を使い果たせば、身体が動かなくなる。それを通称【オールアウト】と呼ぶ」
「オール…アウト?まさか…」
トラインは全てを理解した
「おや、察しがいいのは嫌いじゃないですよ。そうです…どれだけ筋肉や魔法が優れようが…パワーの使い方を誤れば、すぐにオールアウトする。貴方は王子をふっ飛ばすのに全身の力をフルで使いきって、オールアウトを引き起こしたのです」
コルシファーは残念な表情を見せる
「失望しましたよ…正直…ここで出会うまでは結構期待してたんですよ…貴方ほどの筋肉を持った人間は他に居ない…
___ですが…戦闘という面で見れば、あなた以上の強者は山ほどいる」
コルシファーはトラインに告げた
「はっきり言います、例えあなたの体力が完全だとしても私の方が……
___あなたの100倍強いです」
コルシファーの言ってることがハッタリでは無いことをトラインはすぐに筋肉で理解する
「(確かにこいつの言う通りだ、もし俺の体力が完全だとしても、コイツには到底敵わない!…森で倒した獣や、山賊 兵士とは格が違う___
___感じるっ!こいつの相当な魔力が!俺の【筋肉】を刺激している!!!)」
だが背中でカリンダが怯えているのが分かる
「(あぁ、そうだ…例えどれだけ絶望的な状況でも…俺はカリンダを守らなきゃならない!!)」
トラインは最後に残った力を振り絞って立ち上がろうとする。それを見たコルシファーは呆れた表情を見せる
「やれやれ…諦めの悪い人ですね…斬撃魔法【サレンダス】」
コルシファーが魔法を唱えると杖が光りだす、突如、衝撃音と共に何かが、床に落ちた
トラインは後ろを確認する…そこには……
___屈強な左腕が落ちていた
「グッ!!ぐあッッ!!!!!」
トラインの左腕が大量に血が出てるのが分かる。コルシファーの魔法によってトラインの左腕が引きちぎれたのであった。
「トッ…トライン!!」
カリンダも悲惨な状況に青ざめる
「これで分かったでしょう…私の魔法の威力を。例え貴方がどれだけ鋼鉄並に筋肉を鍛えようが…私の魔法では足元にも及ばないということを…」
トラインは戦意が削がれ座り込む。もはやどうすることも出来ない状況に、トラインは初めて絶望をする。隣で必死に心配するカリンダに謝るしか無かった
「すまない…カリンダ」
カリンダは涙を流しながら首を横に振る。
「俺はダメなやつだ。筋肉を過信しすぎた」
「そんな事ない…トラインは…頑張った…だから負けないで…」
「いや…ごめん、もうどうすればいいか…俺には分からないんだ…俺のせいだ…お前を巻き込んで」
「違う!私はトラインに感謝してるの!トラインがいなきゃ…私は…わたしは…」
トラインの視界がぼんやりと暗くなるのが分かる。死が近づく感覚が筋肉に伝わってくる。意識が朦朧とするトラインにカリンダは涙を流すしかなかった
「嫌だ…また…一人にしないで…もう…これ以上…誰も逝って欲しくない…大切な人が死ぬのはもう嫌なのに…」
もはやカリンダの顔ですら認識できないほど、視界は霞んでいく
「俺は…死ぬのか…だが俺は少なくとも精一杯はやった。カリンダを守れなかったことだけが悔いだが…精一杯やって死ねるだけ本望だよな…」
もはやこのまま死ぬだけだと思っていた
トラインはある人の事が脳裏に過ぎる。それはトラインが筋肉を鍛えるキッカケになった人だった
「〝オーガル〟さん…ごめんなさい…俺はアンタを超えるマッチョにはなれなかったよ。あんたみたいな筋肉が欲しかったのに…」
トラインの視界が暗くなる。そう…トラインは遂に目を瞑り、安らかに死んでいく____
__はずだった
「!?」
突如、視界が眩しくなるのが分かる
「なんだ?これが死後の世界か?」
光の主が喋りかける
「我が英知に栄光よ。定命の者に恩恵を与えます」
その光の主の正体が分かった___
___〝カリンダ〟だ
カリンダの手から眩い光が出てきてトラインを包んでいたのだ
「カリンダ?なんで?」
カリンダは冷たい声で答える
「定命の者よ、恩恵はあなたの身に注がれました」
カリンダはまるで何者かに操られてるようであった。それを見てトラインは戸惑う
「カリンダ…お前なのか?」
カリンダの手から注がれた光のおかげか…トラインの左腕が瞬時に再生し、不思議と力が湧き上がってるのが分かる。体力が完全に回復したのだ
その光を見たコルシファーは歓喜に震える
「おぉ!まさかここで力を発動するとは!」
兵士や魔術師も混乱する
「なんだこの強力な治癒魔法は…腕が瞬時に再生だと!?」
「こんな魔法は聞いたことがねぇ!」
コルシファーは大声を上げながらカリンダに指を差す
「みろ!これが神の力だ!人智を超えた魔力!私なんかが到底足元に及ばない力!これぞ!まさに神に選ばれし子だ!
光は徐々に失われ元に戻ると、カリンダは倒れてしまった
「カリンダ!」
トラインはカリンダをゆっくりと寝かせる。どうやら命に別状は無いようだ
「良かった…気絶しただけか…」
トラインの左腕が治り、体力も全回復した。だが…状況は変わっていない。カリンダは気絶し、周りには兵士や魔術師、そして出入口には王宮魔術師がいる
「(どうすればいい?)」
周りの兵士や魔術師は何とかなる。しかしコルシファーだけは、今のトラインには勝ち目が無い
「(どうすればいい!考えろ!俺の筋肉!諦めないのがマッスルだろ!?考えろ!考えるんだ!!)」
トラインはさきほど、檻の中で筋肉を敏感にした時、この部屋の【構造】に気が付いていた…
「(もし…少しでも時間があれば…カリンダを連れて脱出は出来る___
だがコルシファーがそんな猶予をくれるわけが無い___
___どうすれば…)」
ふと足元を見ると、【とある物】が落ちていた
「(こ、これは!そうだ…これを使えば…脱出できる!)」
トラインはコルシファーに懇願をした
「お願いだ…俺がお前に勝てないのは十分に理解してる。だが、せめて死ぬ前に一つだけ……頼みを聞いて欲しい」
「なんだ?」
「死ぬ前に……せめて【筋トレ】をさせて欲しい…」
思いがけない発言に兵士や魔術師が爆笑をする。コルシファーだけは冷静な顔をし、少し考えた末、トラインの願いを聞き入れた
「いいだろう…お前の筋肉への愛に免じて、猶予をやる。好きに筋トレをするがいい」
トラインは突如、その場で腹筋や腕立て伏せを始めた
「とうとうおかしくなったか?」
「ハハハ面白れぇ!」
「最後の晩餐が筋トレとはなぁ!」
兵士や魔術師がトラインを揶揄う中、ただ一人…コルシファーだけは違った
「(なぜだ…なぜ今になって筋トレを?まさか今更、体を鍛えて脱出?いや…このままじゃ逆に疲労するだけだ…じゃあなぜ?)」
コルシファーはさらに考え込む
「(戦闘において、相手が不可解な行動を取った時ほど注意をしななければならない…決して相手が諦めたなどと楽観してはならないんだ…)」
トラインは腹筋や腕立て伏せを高速で行っていた。トラインの体は異常なまでに熱くなり、そのせいで部屋が熱気で蒸し暑くなる
兵士や魔術師も暑がるようになり、見兼ねたコルシファーが筋トレを中断させる
「そろそろ終わりにしろ。十分筋トレはしただろう」
コルシファーがそう言うと、トラインは筋トレを止めた
「あぁ十分だ…ありがとう」
「では………」
コルシファーが魔法を使おうと杖を突き出した時、トラインが手に何かを持ってることに気がつく
「(あれは___
___【アイシボール】?…まさかあいつ!)」
コルシファーは魔法を放とうとしたが時すでに遅かった。トラインは自らの体にアイシボールをぶつけると、突如、大爆発が起き、白い煙が発生する
爆発で出来た白い煙が部屋中を覆い、コルシファー達は視界が奪われる
「なんだ!?」
「急に白い煙が!!」
「前が見えない!」
兵士や魔術師が混乱する
コルシファーは咄嗟に状況を理解した
「くそっ!!【水蒸気爆発】かよ!」
コルシファーは辺りを見回すが水蒸気の煙で何も見えない
「(理屈は簡単だ…熱したフライパンに氷を入れれば、白い水蒸気が発生する…そう…理屈は分かってる、分かってはいるが…
__それを筋肉でするか普通ッ!!!)」
そう、コルシファーの考え通り、トラインは筋トレで体の温度を上げ、アイシボールの氷魔法で急速に冷やしたことで、水蒸気爆発を起こして、部屋中を白い水蒸気で充満させたのだ
兵士や魔術師は混乱している。コルシファーは冷静に指示を出す
「慌てるな!全員持ち場を離れるな!!」
するとトラインのいた場所から大きな衝撃音が聞こえた
「(何の音だ!?奴が居た場所から聞こえたぞ…)」
だが、それでもコルシファーは冷静であった。なぜなら、この部屋の出入口は一つのみ、その出入口にはコルシファー自身が立ち阻んでいる
「この部屋の出入口はここだけだ、必ず奴はここに来る…俺と接触をする!」
コルシファーは杖を突き出す
「例えお前がコチラに突っ込んできたとしても、私の魔法の方が100倍早い、必ずお前を殺す!」
しかし…
いくらコルシファーが警戒をしても、何故か全く動きがない
「なぜだ!?なぜ来ない!?」
徐々に煙が薄くなり、視界が晴れると、コルシファーは全てを理解した
「まっまさか!!!」
部屋の中央を確認すると、床に大きな穴が空いていたのが分かった
「くそっ!奴は床をぶち破って下から逃げたのか!!!」
兵士や魔術師も戸惑っていた
「奴は下から逃げたぞ!!追え!!」
「まだ遠くには言ってないはずだ!!」
コルシファーは呆然と立ち尽くし、穴を見つめると徐々に笑いが込み上げてきた
「アハ…アハハ!アハハハハハハ!!面白い!トライン!お前が気に入ったぞ!!!カリンダもそうだが、お前も手に入れたくなった!!!ハハハハハ!!!トライン!また会おうじゃないかッ!!」
コルシファーの笑い声が基地中に轟回った
後にこの二人が因縁の関係になることを、まだトラインは知らない
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トラインは筋肉センサーを駆使して、部屋の下に空間があることが分かっていた。そこに穴を開ければ脱出できると読んでいたのだ
見事脱出したトライン達はカリンダが持ってきた【隠密のマント】を使って、兵士たちの目を掻い潜り、アシルダ地区から見事に脱出をした
トラインが家に着く頃には【隠密マント】は効果が切れてボロボロになっていた
____【ヌタの森】【トライン家】
時刻は早朝を迎えていた。
「うむ…なるほど…そうかそうか…」
「で?どうなんだ?」
トラインは心配しながらお爺さんに喋りかける
「うむ…まぁ大丈夫だろう。体も軽い傷だけだ」
「良かった」
その爺さんは医者であった。ベッドに座るカリンダを診察していたのだ
「あ、ありがとうございます」
「うむ。元気でよろしい。子供は元気が一番」
「な?言っただろカリンダ、この医者は信頼できるんだ」
医者は立ち上がり、カリンダにお辞儀をすると玄関に行った
「ありがとう…こんな状況なのに…」
「気にするな…お前とワシの仲だ…でもお前さんはいいのか?」
「え?なにがだ?」
医者は呆れてため息をつく
「はぁ…お前さん、いま国に追われとるんじゃろ?呑気に家にいていいのか?兵士は真っ先にこの家を探しに来るぞ」
「あっ!しまった!」
「やれやれ、お前さんは時々ぬけておる…筋肉しか脳が無いからだ。私も早くこの家を出るよ。お前さんらと共犯と思われたらかなわん…」
医者は物陰でこちらを覗くカリンダを見る
「いいかトライン、その子を守るのなら、筋肉だけを考えるのはやめることだ…」
トラインは冷静に答える
「あぁ…分かってる」
「出るんだろ?この国を…」
「あぁ…もうこの国には居られないからな…」
「寂しくなるの…お前が筋トレに無茶言わして、私が何度助けたことか…」
「あぁ…本当に感謝している…」
「じゃあなトライン、達者での~…」
立ち去る医者に手を振って見送ったトラインは、カリンダの元へ行き、カリンダにある事を告げる
「カリンダ…話したいことがある」
「どうしたの…トライン?」
「俺は決めた…この国を出る。そして世界を巡り、世界を見て回りたい…
俺はまだまだ弱い。俺より強い奴は沢山にいる…
だから…もっと鍛えて、もっと勉強する!そしてこの筋肉で困ってる人を全員助けたいんだ!」
「トライン…それって…」
「あぁだからカリンダ…
共に行こう」
カリンダは涙を流す。
「本当にいいの?」
「あぁ、まぁどの道、この国を出ないと俺もやばいし…」
突然カリンダがトラインに抱きつく
「ど、どうした?カリンダ…」
「ごめん…嬉しいの…」
カリンダは涙を流しながら笑顔をみせた。窓から差し込む光がトラインとカリンダを優しく包み込む
「じゃあ早いこと支度をしないとな…いつ兵士がこの家に来てもおかしくない」
旅立つために急いで支度をしていると、外から兵士たちの声が聞こえてきた…
「しまった…もうここまで来たのか」
兵士が家の周りを取り囲む
「いいか!!相手は恐ろしいマッチョだ!!!お前ら気をつけろよ!!!」
外の様子をトライン達は密かにうかがう
「どうするの?みんな倒すの?」
「あぁ…だがいくら俺でも、理由なしに普通の兵士に危害を加えるのは気が引けるな…」
そう言うとトラインは周りを見回し、ある物を見つける
「そうだ!いい事を考えた!」
兵士たちが玄関のドアを叩く。
「おい!マッチョ野郎!いっ…家の中にいるんだろう!大人しく出てこい!!出てこないと強行突破だぞ!」
「もういい!早く玄関を壊せ!!」
兵士が強行突入しようとしたとき…
突然、家の一部が爆発する
「なに!?」
「なんだ!?爆発か!」
「全員!待避だ!!」
トラインはカリンダを背負う
「マグドロスの胆嚢を着火して爆発を起こした。これで兵士は爆発に恐れて距離を置くし、その間に俺が走り抜けて逃げるって寸法だ」
「本当に良かったの?家を燃やしちゃって」
「マッチョは悔いを残さない生き物なんだ」
「本当に?」
「………
ちょっと後悔してる…」
カリンダはトラインの首にしっかり抱きつく。トラインもカリンダを確認する
「よしっ!じゃあ行くぞ!」
そう言うと、トラインは片手に持ってた松明を、大きなマグドロスの胆嚢に突っ込む。トラインが窓をぶち破ったと同時に、家が大爆発を起こして炎上する
兵士や魔術師が爆発や炎上に気を取られてる間に、トラインはカリンダを背負って窓から飛び出し、森を全速力で駆け抜けた
「はっ早い!凄い早いよ!トライン!」
「どうだカリンダ!俺は馬よりも早く走れるんだ!!」
トラインとカリンダは森を駆け抜ける
これから幾度の困難を乗り越え、多くの仲間と出会い、やがてその筋肉で世界を救う救世主になることを、まだトラインとカリンダは知らない
朝日の眩い光がトラインとカリンダの旅立ちを祝福するように照らしていた