【取り引き】
__【スレーン王国領】【オリエルトスの洞窟入口】
【ヌタの森】の南方、切り立った崖の下には洞窟があり、かつてオリエルトスという盗賊頭が拠点に利用してたことから、オリエルトスの洞窟と名が付いた
陽は完全に沈み、森は闇と化していた。マーリン一同は洞窟の前の茂みから様子を伺っていた
「なんか怪しいわね…」
「本当にここで合ってるのか?」
「地図通りだ…間違いない」
マーリン一同はゆっくりと洞窟に近づく、洞窟の入口では男が松明片手に一人立っている、男は大柄で髭面のおっさんであった。マーリンは恐る恐る男に尋ねる
「あの…約束をしたものだが…」
「着いてこい」
男は洞窟の奥に顔を向ける
「か、確認などは無いのか?」
「あ?何の確認だ?」
「わ、我々が本当に約束した者かどうか」
「何言ってる、こんな場所に獣人なんて約束した者以外来るわけないだろ」
「そ、それもそうか…」
入口からしばらく歩き、岩肌にカーテンが掛かる場所に案内される
「〝ダンブ様〟はここでお待ちだ」
ダンブとは違法な商売をする犯罪者で、金次第では悪魔とも契約するような男であり、スレイン王国の闇社会では知らぬ者などいない有名人であった
カーテンをめくり中へ入ると大きな空洞に、幾つもの高価な壺や宝石類が並ぶ、奥にはソファーがあり小太りの怪しいおっさんが深々と座り込んでいた
「あなたがダンブ…様ですか?」
男は葉巻を大きく吹かし質問に答える
「ほう口の聞き方はいいようだな…獣人はワンしか吠えないと思ってたぞ」
レクゼはダンブを睨みつけるも、すぐにマーリンに腹を小突かれる。(どれだけ失礼な態度でも耐えろ、俺たちが国から逃れられるかは、この男の気分次第だ)
片手でワイングラスを嗜み、また葉巻を大きく吹かす
「ぐはぁ…私も長いこと、この仕事をやっているが獣との取引は初めてだ」
「…金はどうですか?確認は…?」
またタンブは葉巻を吹かす
「ぐはぁ…勿論だ、じゃなきゃ汚い獣のためにわざわざ待っておらん。金はまぁ問題ない」
カリンダはマーリンの後ろにずっと隠れている、他の二人も気が気でなく汗を垂らし辺りをキョロキョロする
「その顔は…不安か?恐怖か?ふっ、まぁ安心しろ、俺は約束は守る、一応闇社会でも信頼は大事だからな」
ダンブは指を大きく鳴らすと、部下の一人が荷物を持ってくる
「約束の物だ」
荷物の中身は【国から出るための安全なルートを記した地図】【道中の魔物を退ける魔除け玉】【食料と水】【脱出先で使える通貨】
そして少しの時間だけ自分の姿を隠して隠密行動が出来る【隠密のマント】など、様々な逃亡グッズが入っていた
「これで取引は終了だ、後は好きにしろ」
マーリン達は荷物を背負う
「一つ確認をしていいでしょうか?」
マーリンはダンブに質問をした
「なんだ?」
「兵士には密告してないでしょうね?」
「………悪いな、それは取引に入っていない」
ダンブが手をあげると数人の兵士が物陰から姿を表し、マーリン達を取り囲む、その手には武器を携えていた
兵士を見るやレクゼは頭に血が昇る
「やっぱ裏切ったな!この小デブ!!!」
レクゼは大声をあげ、ダンブを殴りつけようとするも部下に取り押さえられる
「バカか…裏切ってはない、そもそも取引の内容はその荷物の交換ってだけだ。お前らが取引後にどうなろうが知った事ではない」
「やめろ離せ!!!」
レクゼは部下二名に抑えられるも、必死に抵抗する
ダンブはソファーから立ち上がり、兵士に質問をする
「欲しいのは少女だけだよな?あとの三人は私にくれて構わないよな?」
「あ、あぁ…我々が欲しいのは少女だけだ、あとの三人は好きにしろ」
「なんだ!?なんの話だ!いや!いいから離せ!離しやが…」
カッ!!!
一瞬の事であった
ダンブが持った長剣がレクゼを突き刺したのだ
「!!!???!?」
辺りに血が飛び散る。レクゼは息絶えてしまった
「獣人の毛皮は違法ルートで高く売れるんだ」
マーリンは咄嗟のことで何が何だか分からず呆然と立ち尽くし、カリンダは恐怖から崩れ落ちる。レクゼの妻であるシーリンは大口を開け泣き叫んだ
「チッうるさいメス犬だ…殺れ」
ダンブの指示で、部下が後ろからシーリンを斧で切りつける
辺りに血が飛び交い、シーリンは倒れ込む。薄れゆく意識の中、シーリンはマーリンの方に手を伸ばす
「逃…げて…」
その言葉を最期にシーリンは息絶えてしまった
ダンブは部下を怒鳴りつける
「バカやろう!大きな傷を付けるな!!商品が売り物にならなくなるだろが!!!!」
その光景は地獄と呼ぶに相応しい、獣人は本当に獣のように扱われている。目の前にいる奴ら人間は正に化け物であった
「さて口の聞き方がいい獣人よ、お前には一つ聞きたいことがある」
マーリンは恐怖のあまり、棒のように硬直していた。ダンブの質問にたどたどしい口調で答える
「な、なな、なんの…何のこと…だ…」
吹かし尽くして短くなった葉巻を地面に捨て、それを靴で踏み潰し、ダンブはカリンダに指を差す
「お前の後ろにいる小娘…一体【何者】なんだ?」
「!?」
怯えるカリンダに気づき、咄嗟に我に返ったマーリンはカリンダを覆い抱く
「どういう意味だ!?カリンダがなんだ!?」
ダンブは笑みを浮かべる
「取引をしたんだ、その娘と引き換えにして、大金を貰う約束をしてな…」
「取引?」
「俺様もびっくりしたよ…獣人の娘にあんな額…いったい何故ってな。だってお前らが取引で支払った金の10倍以上の大金だぜ?その小娘にそこまでの価値があるか疑問だがな」
「(カリンダが狙われている…もしや…あの事…カリンダの隠された能力の事を知ってる奴ら…まさかそれって…)」
ダンブは新しい葉巻を取り出しながら、こちらに喋りかける
「じきに取引相手がここに来る。せめてだ…礼儀の良さに免じて取引相手が来るまで猶予を与えよう…
二人で最期の一時でも交わすが良い」
ダンブは葉巻を咥えソファーに腰掛ける
「(どうする?周りは部下や兵士で取り囲まれている…俺の攻撃魔法は…威力は大きいが範囲は狭い…一発づつ連続で攻撃する魔力など俺にはない!間違いなく確実に殺られる…それなら…せめてカリンダだけでも…)」
マーリンはカリンダの耳元で囁く
「カリンダ…合図で走れ、振り向くな、全力で走るんだ…」
「え?」
「絶対だ、いいか?絶対走るんだぞ…お願いだ」
「…うん」
そう言ってマーリンは立ち上がると、袖に隠していた杖を取り出す。マーリンは杖を前に突き出し呪文を唱えた
「オーガーフロート!!!!!」
すると辺り一面に巨大な火花や閃光が飛び交い、爆発音が連続で鳴らされる。咄嗟のことで、ダンブや周りの部下、兵士たちも混乱に落ちてしまう
「なんだこれは!!?」
「ひぃ!おっかねぇ!!!」
「ぎゃぁ!なんだこりゃ!!!」
カリンダは全力でその場から走り出す、それを見たダンブは慌てて部下に指示をした
「おい!!絶対に小娘だけは逃がすな!!追え!追え!!」
「無理ですよ!こんな火花じゃ近づけねぇ!」
しかし一人の兵士の一言で混乱は収まる
「落ち着け!オーガーフロートはこけおどし魔法だ!火花も音も幻影だ!取り抑えろ!!」
兵士たちは一斉にマーリンを取り押さえる
ダンブはまた激怒し部下に指示を出す!
「くそっ!!!早く小娘を追え!!何としても捕まえろ!!!」
部下A、Bが咄嗟に後を追いかける
ダンブはマーリンに近づき顔や腹を蹴りあげる
「くそッ!ボケがッ!クソッ!忌々しいッ!獣がッ!俺様がッ!優しくッ!してッ!やったのにッ!そのッ!恩をッ!仇にッ!しやがってッ!!!」
ダンブは怒りで我を忘れマーリンを蹴り続ける。マーリンは吐血するや、とうとう動けなくなった
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カリンダが洞窟を出ると辺りはどしゃぶりの雨であった。大きな雨粒で思うように足も動かず、靴も片っぽ脱げてしまったが、それでも兄が言った通りに振り返らず、ただひたすら走る
途中石を踏んだのか足裏から血が滲み出て、ぬかるんだ地面で転びそうになりながらも全力で走った
カリンダは必死に願った
お願い…助けて!誰か!
しかし周りは真っ暗な森の中、雨で視界も悪く、雨音のみが轟いている
でも…誰に…
カリンダは弱気になる
みんな殺された
シーリン…レクゼ…いい人だったのに人間に殺された
お兄ちゃん…
お兄ちゃんは私を逃がしてくれた
誰か助けを呼ばないと…
お兄ちゃんが危ないかもしれない
もしかしたらお兄ちゃんはもう死んでるかも…
最悪の状況が頭を過ぎる
誰が助けてくれる?
わたしは一人ぼっちだ
助けてくれる人なんて誰もいない
ここは深い森の中だ、夜だし雨も降っている。人なんか来やしない…仮に来たとしても、獣人の私を助けてくれる訳が無い
「いたぞ!!急げ!!」
後ろからダンブの部下2人がカリンダに迫っていた
「(まずい…見つかった!はやく…逃げないと!)」
しかし少女の走りが全速力の大人に敵うわけがない
「捕まえたぞ!」
カリンダの腕が捕まるや、濡れた地面へと叩きつけられる
「くそがっ手間欠かせやがってよ!」
必死に藻掻くも大人の力には敵わない
部下Aはカリンダを腹ばいにして、地面に取り押さえる
「嫌ぁ…!やめて…!」
「くそっ!大人しくしろガキ!」
すると部下Bがナイフを取り出した
「面倒くせぇ、足の健でも切っちまえ」
「いいのか?」
「取引内容は生きたままの引き渡す事だ、状態までは言ってない、動けなくした方が楽だろ」
部下Aはカリンダの足を固定する
誰か…助けて…助けて
「助けて…!だ 誰か…!」
「お嬢ちゃん残念だったな、こんな森の奥で、しかも雨だ、誰も助けになんか来ないぜ?」
雨粒が無情にも顔に降り注がれる
カリンダの目はいつしか光を失っていた
みんな死んだ…
お兄ちゃんも生きてるか分からない…
どうすればいい…?
だれも助けてくれない…
だれか…
だれか…
【もし何かあったらすぐに俺の名前を叫べ!必ず駆けつける!】
「!?」
ふとそんな言葉がカリンダの脳内によぎる
あのマッチョの言葉であった
トライン…トライン…
「おっ、やっと観念して大人しくなったか」
「まぁでも足は切るぞ、抵抗したお前が悪いんだからな」
カリンダは大きく息を吸い込む
「助けてぇ!!!トラインッッッ!!!!」
今までにないくらいの大声で叫んだ
だがしかし…
どれだけ大きな声であっても周りの雨音でかき消さてしまった
「うるせぇな!さっさと切れ!」
「あぁ分かってる、さぁ歯を食いしばれガキ、すぐ済ませるからな」
「助け…て…」
部下Bはカリンダの足目掛け、ナイフを振り下ろす
ゴッッッ!!!!!!!!!!!
その音はナイフで足を切った音ではなかった
なにかとても鈍い…肉が叩かれる音である
その音に驚き部下Aは顔を見上げる
「なんだ今の音は!?…ってあれ?」
ナイフを突きつけていた部下Bが目の前から突然いなくなっていたのだ
「あれ?どこいった?」ザザザザザザ!!!!
またさっきと違う音が聞こえ、音の方向に振り向く
雨で見えづらいが遠くの方で部下Bが倒れてた。部下Bの手前は一直線に血溜りが出来ており、まるで部下Bは思い切り吹き飛ばされ、途中で勢いよく地面に擦り付けられたようであった
「なんだありゃ…」
とっさに部下Aは部下Bの倒れてる方角とは反対方向に顔を向ける
「?…なんだこれ?」
目の前に飛び込んだのは岩肌であった、しかもとてつもなく近くにあった
「おかしいこんな岩なんてあったか?」
雨で幻覚でも見てるのか?はたまた、目に雨粒が入ってボヤけてるのか?そう考えた部下Aは目を擦り付け、もう一度その岩肌があるか確認する
そう、それは岩肌ではない
【大腿四頭筋】であった
つまり巨大な太ももであったのだ
「なんだ?これ?」
上に顔を向ける
暗くてよく見えなかったが、突如雷と共に辺りが明るくなる
そこにはあまりに大きいとしか説明出来ない巨漢マッチョ男が目の前に立っていた。その男の目は赤く燃えるようにこちらを睨みつけている
「ひっ!」
赤い目と自分の目線が合ってしまう
よく見ればそれは赤い目ではない…
血走って充血した目であった
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁああ!!!!」
部下Aはカリンダの手をとっさに離し、思い切り後ろに仰け反り後退する
「お、オークだぁぁあぁぁぁあぁぁ!!」
カリンダは薄れゆく意識の中、その巨体の足に手を伸ばす
「ト…トラ…トラ…イ…」
「喋るな…もういい休め」
カリンダの頭を優しく撫でる
「よくやったぞ…カリンダ…俺の名前を叫んだな、約束したからな…だから安心して今は休め…」
カリンダは安堵からか気絶した
トラインは立ち上がる
雨が振り続ける中、トラインは太い両腕を思い切り振り下ろし背中から服が破け散り、その鍛えられた筋肉が露わになる
その神々しい筋肉に答えるかのように、雷雨が止んで雲は散り…月夜の光がトラインを包み込む
「あとは俺に任せろ」