【エローナの想い】
「殺すッ!!!!」
我を忘れ拳を振るう。トラインの拳の一撃は壁や天井をぶち抜いた。しかし仮面の女は軽々と攻撃を避けている
「エローナとリドルを殺しやがってえぇぇ!!!!許さねぇぇえええええ!!!!!!」
女は持っている剣も振るわず無言で避け続け、トラインは周りも見えずに暴走していた
壁をぶち壊し道路に飛び出す。道にいる人々が恐怖で怯え逃げまわる
しかしトラインは気にもせず暴走を続けた
拳の一撃が道路の石畳を粉砕し、砂煙が舞う。女は砂煙を避け、壁を登り屋根の上に立った
「あの二人がお前に何をしたぁ!!!!!どうして殺したんだァァァ!!!!!!!」
トラインが大声で叫ぶと、女は冷淡に答える
「何を言う…全部……
___お前のせいだろう?」
「なんだとぉ!!!!」
「まだ思い出さないのか?なら素顔を見れば少しは思い出すか?」
女は仮面を脱いだ
その顔を見た瞬間
激昂に満ちたトラインは、恐怖で顔を青ざめる
「嘘だ……」
「思い出したか……人殺しめ……」
「う……
うわぁぁぁぉあぁぁぁあぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁぁぁああぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
トラインはパニックで錯乱し逃げるように走り出した
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「ちょっと!どうなってるのよ!」
エローナとリドルは困惑した表情を浮かべている。それもそのはず、トラインが椅子から倒れ苦痛を浮かべてるからだ
「もう容疑者を確認して戻ってくる頃でしょ!?なんで戻って来ないわけ!?」
「もしかしたらトラインさんは、トラウマに襲われている可能性があります!!」
リドルは魔法の杖で魔力を送り続けている。魔力が切れればトラインは一生戻って来れない危険がある
「トラウマ!?」
「トラインさんが経験した過去の罪悪感や後悔、負の感情や記憶が本人を襲っているということです!」
エローナはトラインに駆け寄る
「戻れるのよね!?戻れるって言ってよ!!」
「分かりません…魔法を維持し続けますが、戻って来られるかはトラインさん次第です」
エローナはトラインの肩を揺すり、必死に声を掛けた
「ちょっと!負けんじゃないわよバカ筋肉!!!ここで負けたらカリンダが悲しむわよ!!!私だって嫌よ!!!だから……
___お願いだから戻ってきてよ!!!!」
しかし声は届かない。ただ時間が過ぎるばかりである
「ねぇ……本当に他に方法はないの?」
エローナは静かにリドルに問い尋ねる
「他に?」
「あんた賢いんでしょ?本当にないわけ?」
「そ、それは……」
リドルは悩んだ末に1つの可能性を示す
「方法なら一つあります。ですがとても危険です。それに貴方が私を信用するわけが無い……」
「いいから早く言って!!」
「……それはエローナさんが
___トラインさんの意識に入るのです」
「わ…私が!?」
「あなたの意識をトラインさんの意識下に送る。私はこうして魔力を送り続けなきゃならない。だから、今この場でトラインさんの意識に入れるのはエローナさんだけです」
「でもそれって…」
「そうですよ…。私を100%信用しなきゃ出来ない方法です。ですから他の方法を考えるしか……」
「やるわ」
エローナは迷いなく答えた
「貴方は私を信用してないはずですよね?貴方の意識を送るってことは……完全に無防備になるってことですよ?」
「そんなことは分かってるわよ」
そう言うと、カリンダは自身が着ている鎧を脱ぎ始めた
「どちらにせよトラインが戻ってこなきゃ…カリンダちゃんは救えない。二人とも居なくなるくらいなら死んだ方がマシだわ」
「なぜ……?そこまでして……」
エローナは重たい装備を脱ぎ落とし、リドルの目を真っ直ぐ見つめて答えた
「好きだからよ……悪い?」
リドルは驚いた。もちろん、エローナのトラインへの想いは初めて会った時から察してはいた。しかし…
「はははっ」
「な…何がおかしいのよ…?」
「すいません…。そこまでストレートに言われるとは思ってなかったので…つい…、貴方は清々しいです」
「先に言うけどトラインに言ったら殺すからね」
「えぇ…分かってますよ」
リドルは頷いて本題に移る
「では…、そこで横になってください。今すぐにエローナ意識をトラインさんに送ります」
「えぇお願い」
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どこか知らない街の道路。辺りは薄暗く気味の悪い、通る人々も陰気臭い連中ばかりだ
そんな中、一人の少年がなぜか走っている
「助けて……!みんな助けてよぉ!!」
しかし周りの大人は誰も助けてくれない。少年は足をつまづき倒れ込んだ
「いやだ……助けて……」
周りの大人たちは見て見ぬふりをしていた。少年が後ろを振り向くと。黒い得体の知れない化け物がこちらに向かっている
「いやだ……来ないで……」
黒い化け物は少年を襲おうとした、その時、少年の横に剣が落ちていたことに気が付く
少年は恐怖のあまり、とっさにその剣で化け物を突き刺した
化け物が刺されると、男にも聞こえる女声で悲鳴をあげた
「きゃあぁあぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!!!!」
「やった…ッ!倒したぞ!!」
だが…黒い化け物だと思ったそれは仮面の女であった。女は完全に死んでいる
「ひッ!!違う僕はただ…化け物を倒そうと」
「ほらみろ…お前は人殺しだ」
仮面の女が背後で語りかける、少年は耳を塞いでうずくまった
「俺は弱い…俺は弱い……強くならなきゃ…強くならないと」
女は剣を少年に突き立てる
「そうだ…その弱さが周りを傷つける、そしてまた人を傷つけるのだ。そして一生…
___後悔して死ね…ッ!!!」
女は剣を振り下ろした
が刹那、仮面の女を蹴り上げる謎の影が現れる
「大丈夫か少年!!」
少年は咄嗟に声の方を振り向く
「え?」
そこにいたのはエローナであった
「お…お姉さんだれ?」
「あれ?あんた…なーんかどっかで見たような…」
エローナはまじましと少年の顔を見つめる
「あっもしかして!!」
エローナは少年がトラインであることに気が付いた。まだ筋肉も大きくない。ごく普通の少年だ
「ま…まさかそんな…トライン…トラインが…ッ!!」
エローナはすぐさまトラインのほっぺを夢中で触り出す
「可愛い~♡!!あんな筋肉バカもこんな時代があったのねぇ~!よちよち~!♡」
エロ―ナはトラインを愛でまくった。少年トラインはとても嫌がっている
「や…やめてよ~知らないおねぇちゃん~」
「だってこんな可愛いもん~♡こりゃ今しか拝めないわ~、現実世界じゃゴリゴリのマッチョだし~♡」
背後で剣の音が聞こえる
「その男からどけ…!」
仮面の女がこちらに剣を向けている。エローナも仮面の女を警戒する
「いやよ、第一トラインが何したっていうのよ?」
女は仮面を脱ぎ捨てる。素顔はとても美しい人間の女性であった
「この男は罪を犯した、そこにある死体を見ても分からないか?」
女が指さす方向には死体の山がある
その中にはリドルやエローナの死体転がっていた
「はぁ?私の死体!?……ったく、こんなんに騙されるとは…トラインめ…帰ったら説教ね!」
女はしゃべり続ける
「お前は何も知らない。この男の犯した罪を。この男はここで罰を受けるべきなのだ…この場所で永遠に後悔しながら死んでいくのだ」
女は剣を構えトラインを殺すつもりだ。トラインもエローナの後ろで震えている
「大丈夫よ…お姉ちゃんが付いてる」
トラインの頭を優しく撫でると、女に対して自分の気持ちを吐き出す
「確かに私はトラインの全てを知ってる訳じゃないわ。そもそも私にとってトラインはまだ出会って数ヶ月も経ってないしね。だからあんたにとってトラインは悪い人なんでしょうね」
「ならお前は引っ込んでいろ…」
「私にとってトラインは……筋肉バカで暑苦しくて…無駄に元気だし…口を開けば筋肉の事しか言わない筋肉オタクよ…でも……」
エローナは真っ直ぐと、そして真に答える
「バカみたいにお人好しで…優しくて…嬉しそうに筋肉の話して、時々喧嘩して、時々笑いあって、私にとってトラインはそういう人なのよ!!私はトラインが…
__大好きなのよ!!!!」
「…ッ!!!」
女は初めて動揺を見せた
「昔のトラインが何をしたか知らない…でも今のトラインを知らないアンタがトラインを勝手に裁くなんて…わたし許さないから!!!」
「黙れ…………ッ」
「記憶と共に消えなさい!!トラウマさん!!このバカ筋肉は私が連れて帰るわ!!」
「戯けがぁ!!貴様もここで死ねッ!!!!!」
女は激昂してトラインに襲いかかる
「危ない!!」
エローナはとっさにトラインを強く抱きしめる。女はエローナごとトラインを突き刺そうとした
「死ねッ!!!!!!!!」
「……ッ!!!」
「………………」
____しかし、いつまで経っても刀身は体を貫かない
「………えっ?」
それに抱きしめていたはずのトラインもいなくなっている
「と……トライン!?どこ??」
エローナは振りかえる。するとそこには…
___巨大な広背筋、たくましい上腕三頭筋、屈強なハムストリング、太すぎる僧帽筋と胸鎖乳突筋
「ありがとうエローナ…目が覚めたぜ」
「トライン…」
改めて見ればかなり異質で、でもなぜか安心する
そんな見慣れた姿があった。トラインは女が持つ剣の刀身を握りしめている
「もう俺は迷わねぇぜ!!!」
トラインが前腕筋群に力を込めると刀身がバラバラに粉砕した
「…ッ!!」
「悪いな…俺はまだ死ねないぜ」
周りの街や大人達、死体の山が塵となって消えていく。女は悲しげな顔を浮かべながら、自身の体が塵と化すのを確認した
「お前は忘れるつもりか?その罪を…記憶と共にまた逃げるのか…?」
トラインは上を見上げる。いつか見たであろう雲ひとつない青空がそこにあった
「忘れるもんかよ、誰一人として忘れねぇ、俺は一生背負ってくつもりだ。この筋肉と共にな…
もちろんお前もだ〝ラフィーナ〟…」
「ふっ…やはり変わらないな〝少年〟」
女は微笑むと散り散りになって消えていった
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「トラインさん!!エロ―ナさん!!」
リドルの声で目が覚める。辺りを見回せば見覚えのあるキッチンがあった
「戻ってこれたのか…」
横いるエローナも目が覚める
「なんとか戻って来れたわね…」
「あぁ……すまねぇなエローナ!リドル!感謝するぜ!!」
トラインとエローナは立ち上がる
「別に信用してた訳じゃないけど、おかげで助かったわ。ありがとうリドル」
「いえいえ、無事に戻れてなによりです。それで容疑者Xが誰か分かったのですか?」
「あぁもちろんだ、大まかな居場所も検討が付いてるぜ…」
謎の女が消えた方角、それは【アケノ山】と呼ばれる森林地帯であった
トライン達が行った【ギオライ山】と真逆に位置する
そして日付が変わる頃、アケノ山から大量の魔物がグルメインを襲撃すると女は言っていた
「カリンダだけじゃねぇ…この町も危ないんだ」
トラインは見た光景と事実を、ありのままエローナとリドルに伝える
「嘘でしょ!?昼間に倒したあの巨大な奴がまだいるわけ!??」
「本当なら間違いなくこの街は壊滅します。大勢が犠牲になりますね」
「だからすぐにアケノ山に行かなきゃならない!カリンダもとい街の人々も助けなきゃだぜ!」
「えぇ、でもその前にギルドへ応援を出すべきよ。これは私たちだけの問題じゃないわ!」
「いえ、それだけじゃダメです。事態はもっと悪い。なら〝あの人〟の元へ行って支援を受けるべきです」
「あの人…?」
「この街の首長〝グエンホーガン〟です。このグルメインで一番偉い方ですよ」
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【グルメイン】【グルメイン庁舎】【ハイルーン広場】
「失礼します首長!面会人が来ています!」
広場には首長と執政官達が会議をしていた
「面会人だと?こんな時間にか?」
「はい……トライン・メイポンという旅人だそうです」
「トライン?どこかで聞いたことあるよな」
「確かギオライ山の巨大なゴライザンを仕留めた男では?」
「あぁ、確か今話題のタルトールというお店の従業員」
「物凄い筋肉を持っているそうですよ」
「そうだったな、しかし何故こんな夜遅くに?」
首長は直ちに命令をする
「面会を許す、その者をこちらに案内せよ」
「了解です!」
直ちにトライン達は首長の間に案内される。首長は玉座に座り、トライン達を出迎えた
「ほほう、お前がトラインか……流石は噂通りの筋肉だな」
「俺を知ってるのか?おっさん」
「ばかっ!首長さんに失礼でしょ!?この街で一番偉い人よ」
エローナがトラインを叱るも首長が宥める
「まぁよい気にするな。隣の君たちも知っておるぞ。凶暴なゴライザンの討伐をしてくれて感謝する。勿論、近いうちにそれなりの褒美を与えるつもりだ」
「気にするな!街の人々が助かればそれだけでいいぜ!」
「あぁ、ところでこんな夜分遅くに何用だ?」
「実は首長…」
トライン達はこれまでの経緯を伝える。魔法を使って過去を見た事、謎の女の存在、女が言っていた企みも全て。
それを聞いた首長、並びに執政官たちも驚きを隠せない
「なに?過去観察の魔法を使用しただと!?あんな危険な魔法をか!?」
「よく戻ってこれたな…あの魔法は危険ゆえに使う人はほとんどいない」
「なるほど…本当にそんなことが起きれば、多数の死者が出て大変なことになる」
「そうだぜ首長!すぐさまアケノ山まで兵を寄越してくれ!」
「それと街の最大警備を…」
「うむ…しかし…」
首長は兵を出すことに躊躇を見せた
「おい首長迷ってる暇は無いぜ!?」
「そうよ!日が変わる頃なら時間は無いわよ!」
すぐさま執政官がトライン達を説く
「馬鹿者!だからこそ首長は迷っているのだ。いま言ったことは君たちの証言に過ぎない。信ぴょう性が無い証言を元に兵を出すことは難しいのだ」
「なんだって!?」
「確かに…我々の証言しかない以上信ぴょう性は無いに等しいですね…」
首長は申し訳なさそうに答える
「そうだ…兵を出すことは現状は判断しかねる。例え君たちの証言でもな…」
「そ…そんな…!」
「済まない」
もはや街の応援は絶望的かと思われた時、背後から老人の声が聞こえてきた
「その女ならワシが知っておる」
白髪の老人がこちらに歩いてきた。その姿を見て首長が驚きを見せる
「あなたは…【ギルドマスター】!?」
「ギルドマスターですって!?」
トラインはエローナに質問をする
「なぁギルドマスターってなんだ?」
「ばかっ!名前から察しなさいよ!!ギルドで一番偉い人よ!!」
「そうです。全国のギルドをまとめる最高責任者ですよ。まさかグルメインに来ていたとは…」
ギルドマスターはトラインの所まで行くと、まじまじと筋肉を見つめた
「ほう…確かに噂通りの筋肉じゃな」
「ありがとうおっさん。だが今は筋肉を褒められて喜んでるほど悠長じゃないんだ。さっき女を知ってると言ったな。それはどういうことだ?」
「お前さんが言った女の特徴、そして類まれなる暗殺技術と魔法能力を持つ。そんな女は一人しかいない…」
「それは誰なんだ?」
「彼女の名は〝テレブレア〟という。元【アドバンテイル級】のギルドメンバーじゃ」
「アドバンテイルですって!?」
エローナをはじめ、トライン以外の全員が驚きを見せる
「アドバンテイルってなんだっけ?」
リドルが説明をする
「アドバンテイル級はギルドメンバーの中でも最も位の高いメンバーのみ授かる称号です。世界でも僅か数人しかいません。その実力は王宮魔術師や帝国剣士長、最高騎士長クラスに匹敵します」
「なんだと!?そんな凄い実力者が!?」
「そうじゃ、彼女のことはギルド幹部なら知らぬ者はいない」
「たしか…元って言ったな?今はギルドのメンバーじゃないってことか?」
「あぁ奴は優秀な反面、理性がとにかく効かない奴じゃった。次第に殺しの快楽に目覚め殺人や暗殺業を生業になる。ギルドでは暗殺業はご法度じゃ。当然、彼女はギルドで永久追放となった」
「しかし、だとしても目的が分からない。魔物を解き放って街に被害を作る。それが彼女の何のメリットになるんだ?」
「それは…」
トラインには思い当たる節がある。もちろん裏で手を引いてるのは【スレーン王国】だろう
「カリンダは元々【スレーン王国】に狙われていた。きっとテレブレアがカリンダを誘拐した理由も王国と取引をしたからだ。きっと魔物の件もスレーン王国が仕組んでる可用性がある」
スレーン王国という名を聞いて、首長たちは驚愕する
「スレーン王国だと!?だとしたら狙いは街の陥落!?」
「もしグルメインが陥落すればオルバニア帝国へのダメージも大きい…奴らの狙いはそれですね」
「この街ってそんなに重要なのか?」
「あぁそうだ。この街はオルバニア帝国の流通ルートに置ける中心街だ。この街から殆どのオルバニア帝国の主要都市に行ける…。つまり街が機能しなくなれば主要の流通ルートが完全に潰れるわけだ。スレーン王国にとっては都合がいい」
しかし執政官達が否定する
「ですが!!もしそんな事をすれば王国が帝国に完全に宣戦布告することになりますぞ!?」
「そうですよ!いくら敵国だからって大胆過ぎます!」
「いや…大胆だからこそスレーン王国なら実行しかねない」
「なに!?」
「兵士の襲撃ならともかく、魔物の襲撃であれば証拠がない限りスレーン王国の責任に問われることはありません。動物兵器の実験が出来て敵国の街を一つ潰せる。さらに騒ぎに応じてカリンダちゃんも連れて行ける。1石3鳥ってことですよ」
首長はすぐさま命令を下した
「すぐに兵士を全員出動し街の護衛に当たれ!!そしてギルドマスターにも協力を申し出たい!!」
「あぁ勿論じゃ」
「では!すぐに【アドバンテイル級】や【グランテイル級】のギルドメンバーを派遣して欲しい!!」
「うーむ…それは…」
しかしギルドマスターは難色を示す
「残念ながらアドバンテイルもグランテイルもこの街にはいないんじゃ…今から連絡を取るのも難しいじゃろうな」
「じゃあどうすれば!!」
「このままじゃ惨劇は避けられない」
すると、ギルドマスターはトラインに尋ねた
「お前さんら…よければギルドから正式依頼を受けないか?」
「正式…依頼??」
「まって正式依頼ですって!?確か正式依頼はランドル級からじゃないと任せることはないって聞いたけど」
「ギルドマスターの特権じゃ、どうだ受けてみるかい?勿論成功すれば見返りをやろう」
「見返り?」
「確か君たち二人は【コル級】だったの~。そっちの女性は【リドル級】じゃな」
「俺たちのクラスを知ってるのか?」
「偶然だがな…もし依頼を成功すれば、お前さんら三人を【ランドル級】に昇格させてやろう。ワシの権限で上げることが出来る最上位クラスじゃ」
「ラ…ランドル級!!??」
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ギルドのクラスは下から【コル】【テル】【リドル】【ランドル】【グランテイル】【アドバンテイル】とある
【ランドル級】とは7つあるクラスの中でも4番目に高い。トライン達からすれば3つ昇格するクラスである
ギルドでは一定数の依頼をコツコツ稼げれば3つ目の【リドル級】には誰でも昇格が出来る。しかしそこから上、【ランドル級】へ昇格するにはかなりの功績を残さなければ出来ない。ランドル級の昇格は名誉あることなのだ
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「ランドル級ですって!?凄いことよトライン!!ギルドメンバーでもひと握りのクラスよ!!」
「トラインさん、これは凄い申し出ですよ?お受けするべきかと思います」
「うーん…そうだな…」
少し思慮を巡ったのち、トラインは笑顔でギルドマスターに握手をした
「ほう…じゃあ受けてくれるのじゃな!」
「いや爺さん。申し出は嬉しいぜ。だが…
___断るぜ」
その言葉に周囲にいる全員が驚愕した
「何言ってるのトライン!?これは凄く名誉がある事なのよっ!?」
「そうですよ、受け取る方がいいと思いますが…」
「なぜ申し出を断るのじゃ?報酬に不満があるのか?」
「不満は無い。確かに嬉しい申し出だ」
「じゃあなぜだ?」
「俺は見返りが欲しくてカリンダや街の皆を助けるわけじゃない。だからそんな報酬は要らねぇぜ。それよりもあるだけの武器や防具を兵士や街の人に提供して欲しい。街の被害を最小限にするためにな」
トラインの言葉にエローナとリドルは納得した
「えぇそうよね…報酬なんて確かに邪道だわ、私も見返りなんかなくてもカリンダちゃん助けたい」
「考えてみればその通りですよね。私もトラインと同じで報酬はいりません」
「いやいや…リドルは報酬を受け取って構わないんだぜ?お前は俺たちに協力してくれる立場だからな」
「いえ要りませんよ。私だって好きでやってるのですからね」
「そうか…悪いな」
トラインはギルドマスターに改めて断りを入れる
「ってわけだ爺さん、悪いが俺たちは報酬なんか要らないぜ」
「うひゃはははっ!っそうか!気に入ったぞお前ら!!」
それを聞くやギルドマスターは高笑いをした
「しかし何も無いと言うのは流石にしのぎない。現在集められる中で優秀なギルドメンバーを何人か同行させよう。それと武器や防具も最高品質の物を提供する。それだけは是非させてくれ」
「あぁそれなら、感謝するぜ!!」
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首長の命令により街中の憲兵たちが全員招集された。魔獣の襲撃から街を守るため、各壁に持ち場にそれぞれ配置される
「なぁ?なんでこんな時間帯に集められてるんだ?」
「おい…聞いてないのか?日付が変わる頃に巨大な魔獣が街を襲撃するって話だぞ!」
日付が変わる頃とは月が真上に位置する時間を指している
「おいおい日付が変わる頃ってすぐじゃねーのか!!?」
「あぁ…だから俺たちが集められてるんだよ」
「静かに!…何か聴こえたか…?」
突然、アケノ山の方面から獣のような叫び声が聞こえてくる
憲兵たちが確認すると、巨大な魔獣が数十体ほど街に近づいてきて様子が見えた
「おいマジかよ」
「嘘だろ…っ!」
武装した憲兵たちは魔獣を待ち構える。もはや戦いは避けられない
「全員構えろ!!!あの化け物を絶対に街に入れるな!!!」