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【容疑者Xの痕跡】

「もうすっかり夜だなー」


ギルドでの長い報告を終えて、トライン達はタルトールに帰宅する途中であった。ドタバタしていたこともあり三人とも腹の虫が鳴る


「うぅ…お腹空いたわね…」

「そうだな!あんまり空腹の時間が長いと筋肉によく無いからな!」

「きっとコールドさんとカリンダちゃんが夕飯を支度して待っくれてますよ」


最近のカリンダは積極的に料理のお手伝いしている。自分一人の力で料理が出来るようになりたいようだ

「あぁ、最近のカリンダは飯を作るのが上手くなってるからな。楽しみだぜ!」



そろそろタルトールに着く頃であった

「ん?なんだ?」


暗い夜道に何やら人集りが出来ていた。ちらほら憲兵の姿も確認できる

「なんだ?」

「憲兵さんがいますね…何か事件でも起きたのでしょうか?」


人集りの中には店の常連客の姿もあった


一人の常連がこちらに気付くと慌てた様子で近づいてくる


「おいっタルトっ!!お前は大丈夫だったのか!?」

「え…?何がですか?」


「なにがじゃない!!お前の家に強盗が入ったらしいぞ!!しかも死人が出てる!!」

「はぁ!?」

「なんですって!!!カリンダちゃんは!?」


「こ…コールドさん…っ!!」



タルトールでは憲兵が周囲の足止めをしていた。タルトが中に入ろうとするも止められる


「こらっ!ここは事件現場だ、中には入れないぞ!」

「入れてください!僕はここのオーナーなんです!!」

「え!?なんだって!?」


事情を説明し現場に入れてもらう。キッチンへ向かうと大量の血痕が散らばっている


「うそだ…そんなっ!!」

「冗談だろ…カリンダはどこだ…!」


一人の憲兵がタルトに声を掛ける


「家主の人ですね?」

「は…はい!」

「混乱しているところ申し訳ない…遺体を確認して欲しいんだ。外に置いてある」


遺体…その言葉を聞くだけで今にも気を失ってしまうほど視界がボヤける。だが、遺体が誰なのか確認しなければならない


「わ…分かりました」


外に出ると遺体が地面に置かれており、麻布が上から被せられていた


「こちらです」

「はい…」


憲兵が麻布を捲る


「ひっ!!!」

「…………ッ!!」

「…………」



「…知ってる人ですか…?」












「………いえ、知らない人です」


遺体は身に覚えのない成人男性であった。無惨にも腕や胴体を斬られて、残虐に殺されてるのが容易に分かる


「遺体はこれだけなのか…?」


「えぇ…遺体はこれだけです」

「あのっ!オークは知りませんか!?」


「オークだろ?大丈夫だ。傷は深かったが幸いにも意識があってな。今は病院で治療を受けている」


「そ、そうですか…」


トラインも憲兵に切羽詰まる様子で問いかける


「なぁ憲兵!獣人族の少女を知らないか!?」

「獣人…?いや…家にいたのはオークと人間だけだった」

「なに!!?」


トラインは家に入り、カリンダを必死に探した。しかしどこを探してもカリンダの姿はない

「カリンダ!どこだおいっ!出てこい!!カリンダ!!!」


必死に呼びかけてもカリンダの返事も無い。トラインの脳裏に最悪の光景が浮かぶ。それを考えると体がガタガタと震えだし、失意で地面に座り込む


「くっ…クゥオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!」


大声を上げ悔しさのあまりに我を忘れる。そして床をぶち抜くほどの勢いで拳を振り下ろす




が…寸での所で感情を抑える

「クッ……ッ!!」


筋肉の血管が浮き出るほどピクピクと体が震え、呼吸も早くなっていた。心配したタルトが声を掛ける


「トラインさん…」

「タルト…お前はコールドがいる病院に行け、店のことは俺たちに任せろ」

「トラインさんはどうするのですか?カリンダちゃんは…」

「今はどうすればいいか分からない。とにかくお前はコールドの容態を確認する必要がある。もしかしたらコールドが何か知ってるかもしれない…。俺たちに構わず行ってくれ」

「分かりました…念の為に病院にカリンダちゃんが搬送されてないか聞いてみます!」

「あぁ頼むっ…!」


タルトが病院に飛び出した後も、トラインは呆然と座り込んでいた。その顔は怒りではなく悲しみだ



「トライン…どうしたのよ?」


「…俺のせいかもしれん…まだカリンダは幼すぎた…こうなることも想定するべきだったのかもしれん…全部…俺が悪い…」


トラインは完全に自暴自棄な様子だ


「すまない…これは俺の責任だ」


「はぁ…あんたねぇ…」



突如エローナはトラインの背中を叩いた。それも強く


「いっ!?…なんだよ急に!?」


しかしエローナは無言でトラインの背中を叩き続ける。何度も何度も


「やめろよ!!痛いだろ!!!」


地味な痛さのあまり、トラインは立ち上がる。エローナが目を濡らし顔を赤らめながら、こちらを睨んでいた


「アンタねぇ!!!広背筋と僧帽筋と脊柱起立筋がデカいくせに気が小さいのよバカっ!!何のために筋肉デカくしてるわけ!?【ボディービルダー】は心も強くないといけないんでしょ!!?」

「そ、それは…」



___それはまだこの街に来る前の話、旅の途中の会話であった。トラインはカリンダとエローナに自身の夢を語っていたのだ


「ボディービルダー?」


「あぁ!聞いた話では筋肉を最高まで鍛え込み、精神も卓越したマッチョにのみ授かることが出来る最高の称号らしい」


「聞いたことないわね」

「でもでもっ!それならトラインも十分なボディービルダーだよ!」


「いやいや、俺はまだまだだぜ。でもいつかは絶対になりたいんだ。最強のボディービルダーにな」




___そんな他愛も無い旅の会話をエローナは覚えていたのだ


「カリンダちゃんはどこかで怖がって震えてるかもしれないわ!あんたがグジグジと反省する暇は無いのよ!分かった!?」


エローナは事件現場を指す


「カリンダちゃんの居場所の痕跡がこの家にあるかもしれない!憲兵達にも聞き込みをしましょう!!私たちの手で見つけるの!グズグズしてられないわよ!いい!?」


エローナに奮い立たされ、トラインは考えを改める



そうボディービルダーとは立ち止まってはいけないのだ


「あぁ…そうだな!必ず見つけよう、カリンダを!」






______________________________

トライン達は事件の詳細を調べた



__第一発見者はタルトールの常連


__たまたま店の前を通りかかると、ドアが開けっ放しだったことに気がついた。危ないので注意をしようと中に入り、2階に上がると重症のコールドと男の遺体を発見、憲兵に通報したという


__コールドはすぐに病院に搬送されたが、背中をナイフで刺されており、背後から襲われたようである


__身元不明の男性の遺体を憲兵が調べてみると、コートからナイフ等の武器や鍵を壊す道具を持っていたという


__遺体の状態は無惨にも両腕や胴体を斬られており、現場のおびただしい血痕は、その男の物だった



さらに憲兵から驚くべきことを聞かされる


「足跡が3人しか無かった?それは本当か?」


「あぁ最近付いた足跡を調べる魔法があってな…確認したところ、小さい女の子、そして病院に運ばれたオーク、身元不明の男以外の怪しい足跡は出てこなかったよ」


「つまり現場は三人しかいなかった?」


「あぁ、それと身元不明遺体はドアの鍵を壊す道具を持っていたが、ドアの鍵は壊れてなかったんだ」


「壊されてなかった?つまり最初から鍵が開いてたってことか?」

「あぁ、その可能性は高い」




憲兵の話を聞けば聞くほど、訳が分からなくなる


「どういうこと!?わけ分からない!!」


「あぁ…背後から襲われ重症を負ったコールドが、男をあんな風に殺せる訳がない。それにコールドは几帳面な性格だから鍵をかけ忘れるなんて考えられない」

「カリンダちゃんが消えた理由も検討が付かないわね」


話を聞けば聞くほど、事件は謎に包まれていく。トラインはカリンダが消えた理由を察していた



「もしかしたら誘拐されたと思ったんだが…」

「え?待って…いま誘拐って言った?一体誰が?カリンダちゃんを誘拐するメリットなんて無いじゃない」



トラインは神妙な面持ちになり、それを見たエローナは理解した

「……あるのね…カリンダちゃんが誘拐される理由が……」

「あぁ…お前には説明してなかったな…もう大丈夫だと思ったんだ。国境も越えたし、奴らを追ってこないと思っていた」


カリンダを狙う者…それは【スレーン王国】の王宮魔術師〝コルシファー〟だ。彼はカリンダを神の子と称し我が物にしようとしていた


「そう…カリンダちゃんにそんな能力が…」

「あぁだが当の本人は気付いていない。俺も国境を越えて安心しきっていた。ダメだな…おれは」


「まだ決めつけるのは早いわよ…なんせ…足跡が三人以外出てきてないんだからね…」

「あぁ…あくまで可能性の話だ…」



トライン達が今後どうするかを話し合っていると、人集りから一人の男が声を掛けてくる



「おやっトラインさんじゃないですか」



そこにいたのは〝リドル〟だった


「リドルか?どうしてここに?」

「いえ、偶然通りかかったら人集りが出来てたので…どうかしたのですか?」


エローナはしかめっ面でリドルを睨みつける

「悪いけど赤の他人には教えられないのよっ!向こう行きなさいっしっしっ!」


「ははは、やれやれですね貴方も」


トラインはエローナをなだめる

「大丈夫だエローナ…リドルは信用出来る。俺が保証する」

「…はぁ…トラインがそういうなら仕方ないわね…」




___トラインはリドルに事の顛末を説明する


「なるほど…人気店の売上金に目が眩んだ強盗がドアの鍵を壊して中に侵入、しかし最初から鍵は空いていた。オークのシェフを背後から刺して、店の金の在処を聞こうとする。しかしオークのシェフの返り討ちに逢い男は死亡。オークは重症となる…




これが憲兵が見立てた、大まかな事件の真相ですね」



「あぁ、だがそれだと色々とおかしいんだ」


「それは獣人の子供…カリンダちゃんが跡形もなく消えたと言うことですか?」


「いや…それもそうだが事件現場もおかしい」




最初に現場を発見した人の話では、コールドは背後を刺され気を失っており、男の方は反対側の壁で無惨な殺され方をしていた


血痕が壁や天井に飛び散る光景は惨劇を物語る。まるで一方的な力で、虐殺されたような現場であった



「なるほど…背後で刺された人間が、武器を持ってる男をこんな風に殺せるわけがない…」


「あぁ、だから困ってるんだ。コールドもカリンダも男は殺せない。第三者の犯行の可能性もあるが、三人以外の怪しい足跡は出てこなかった」


「それに…玄関の鍵が空いていた点も奇妙よね」


リドルは目を瞑って考え、とある事を思い出す


「もしかしたら…魔法かもしれませんね」


「魔法?」


「はい…簡易的な鍵を開ける魔法と少しだけ足裏を浮かせる浮遊魔法があるんです。ただ二つともマイナーなうえに、かなり熟練な魔法技術が必要ですよ」


「なるほどな、それなら足跡が付かなくてもおかしくは無いし、鍵を壊さずに開けることが出来るのか…」




___エローナが容疑者を整理する


「つまり現場にもう一人いた可能性が濃厚になったわね。面倒だから死んだ男を〝A〟、もう一人を〝X〟と呼ぶことにしましょう。Xがカリンダを連れていった可能性があるってわけよね」


「その可能性が高いです」



すると憲兵がやってくる。その憲兵はトライン達も顔なじみでよくお世話になってる憲兵の〝オート〟だった


「トラインっ!」

「あぁオートか、どうした?」


「たった今入った情報でな!この店の向かいにあるレインパールの副店長が逮捕された。殺し屋を雇った罪でだ。どうやら人気店であるタルトールに嫉妬し、シェフを殺すように指示したそうだ」


「え?じゃあもしかして」


「あぁ…その殺し屋って言うのが、店で死んだ身元不明の男だ。証言も取れてる」


「なぁオート、そいつは殺し屋を2人雇ったって言ってなかったか?」


「二人?…いや、一人しか雇ってない。まぁ念の為に事情聴取で炙り出すよ」


「あぁ頼む…!」


主犯はレインパールの副店長であった。死んだ男は雇われた殺し屋、しかし雇った人数は一人


「どういうことだ…殺し屋を一人しか雇ってないなら。Xは何者なんだ…」

三人は黙って考え込み、部屋は沈黙に包まれる





するとエロ―ナが突然閃いた


「あぁぁぁぉ!!分かったわよ!!!」

「うぉっ!ビックリした!!なんだ急に?」


「AとXは全く違う理由で偶然タルトールで鉢合わせたんだわ!」

「全く違う理由だと?」


「【Aはコールドを殺すため】【Xはカリンダを誘拐するため】偶然タルトールに侵入して鉢合わせてしまい戦闘になる。でもXの方がAよりも圧倒的に強かった。結果、Aは一方的に虐殺され、カリンダちゃんを連れていった!」


「なるほど…それなら辻褄が合いますね」


「でもそいつが誰なのかが分からない。痕跡すら残さないとなると…どうすればいいんだ」


リドルはある提案を持ちかける



「実は一つだけ調べる方法があります」

「なに?本当かリドル?」


「えぇ…ただ少々危険で高度な魔法を使うことになります」


「少しでも可能性があるならすがりたい。説明をしてくれ」


「はい。この魔法は対象の人の意識だけを過去に持っていく魔法です。意識だけを過去に行けば、そこで何が起きたか確認が出来ます」


「そんな便利な魔法があるのか!すぐにやろう!!」

「えぇ、ですがこの魔法は上級魔法です。私ですら上手く行くか分かりません…それに危険な面もあります…」


「危険なこと?」

「この魔法は正確には過去に行くのではなく、その場所でこれまで起きた記録を意識を飛ばして見る物だと思ってください。なので事件と関係ない不必要な情報も覗くことがあります」


「それで?」


「そして…意識を飛ばすため、対象者は夢を見るのに近い状態になります。なので自分の過去の記憶や体験も見る可能性があるんです」

「それの何が問題なんだ?」


「自身が経験したトラウマに襲われる危険があるということです。もしトラウマに負けてしまえば大変なことに…」


「なるほど…帰ってこれなくなるってわけか」

「えぇ…そうです。失敗すれば対象者は永遠の眠りに付いて二度と戻れなくなります」



「はぁ!?そんな危険な魔法をトラインにやらせるつもり!?絶対にダメよ!!」

「ですが…現状でXを確認出来るのはその方法しかありません!」


「やろう!!」

「ばかっ!ダメよ!他の方法を模索するべきだわ!」


「カリンダは今でも怯えてるかもしれないぜ!!なら躊躇はしてられない!!」

「お願いですエローナさん。私を信用してくれませんか?」



まはや一刻を争う事態だ。それはエロ―ナも分かっている。しかしエロ―ナは曇った表情を浮かべていた


「…私はまだ…あんたを信用出来ない…」


「まだそんなことを言うのですか?」


「単に嫌いだからって訳じゃない…、引っかかることがあるのよ。なんであんたと初めて出会った時に、私たちに付いて行きたいと言ったのか。私に断られても無理に食い下がった理由もね」


「それはトラインさんの筋肉に…」


「あんたは私たちの【時間稼ぎ】をする目的があったんじゃないのか、そんな考えが頭をよぎるのよ…」



「…時間稼ぎ?」


「なぜ殺し屋Aと容疑者Xが人が寝静まった深夜ではなく、夕食時を狙ったのか。それは誘拐や殺しをするなら人が少ない方が都合がいいからよ。偶然にも私達は帰りが遅くなったわよね」


「それと私に何の関係が?」


「もし…あなたがXと繋がっていて、私たちが中々帰ってこられないように時間稼ぎをしたんだとしたら?あの巨大なモンスターもあなたが作った魔物だとしたら?。ね?辻褄が合うでしょう?」



「でもエロ―ナ!こいつは俺と一緒に戦ってくれたんぞ!自分の身も危険に晒して!」


「それもトラインを信用させるための演技だとしたら?どうも全部が胡散臭いのよ…あなたは」


「なるほど…そこまで言われたら、私だって黙ってるわけには行きませんね」



リドルとエローナはお互い睨みつける


「私はこの事件とは何も関係はありません…ですがそれを証明する方法は残念ながらありません」


「そう…じゃあ…」


「ですから、もし魔法に失敗したなら…







__私を殺してください」


「リドルお前…!!??」

「…本気で言ってるわけ?」


「本気ですよ」


「全く分からない。あなたがそこまでやるメリットって何?」

「………。今から言うことが嘘だと思ってくれても構いません…ですが…」


リドルは顔を上げ、トラインを見据える


「私は好きになったんですよ。このマッチョにね」

「…………」

「それが理由です。いけませんか?」



そう言われるとエローナは目を閉じて深く呼吸をして考え込む。しばしの沈黙、その結論は……










「分かったわ…やりましょう」






______________________________


カリンダが目を覚ますと薄暗い牢屋の中にいることに気が付いた


何やら湿った感じがして洞窟の中だと伺える。ふとカリンダが耳を済ますと若い女と年老いた男の喋り声が聞こえてくる



「で?なんでスレーン王国の王宮魔術師様があんな子供欲しがるのよ?」

「それは答えられない。ワシですら知らないのだからな。それよりもお前さん、痕跡は残さなかったんだろうな?ここがバレると計画がパァだ」



「安心して、私がいた痕跡は1つも残してないわ。それよりも…本当に大金は貰えるの?」


「勿論だとも…〝コルシファー様〟は嘘は付かない」


コルシファーという名前を耳にした途端、カリンダは全てを理解した



「私……誘拐されたんだ……」


カリンダは向かいの牢の中に何かがいることに気が付く


「なんだろう?誰かいるの?」


「ぐるるる…」

突如、檻から姿を表したのは巨大な犬の化け物であった


「ガウッ!!!」

「きゃぁあ!!!」


カリンダは恐ろしくて奥に引っ込んでしまう。犬の化け物はカリンダに吠え続けた



「ふぉっふぉっワシの作品が吠えとるわい」

「ってことはあの子起きちゃったんだ~♡」



カリンダは体を丸め、必死に心の中で助けを求めた



「(助けてっ!!助けてトライン…っ!!)」




しかしトライン達は依然としてカリンダの居場所を掴めていなかった



______________________________

【グルメイン】【タルトール】【2階キッチン】


事件現場の真ん中で、トラインは椅子に腰かける。トラインの目の前にはリドルが立っていた

「いいですか?精神を集中してください。もし何かあればすぐに戻ってきてくださいね」

「あぁもちろんだぜ」


リドルは魔法の杖をトラインの額に当てる。エローナも傍で心配そうに見守っていた


「行きますよ…【カルフォスナ・ムーン】!!」


呪文が唱えられると杖が青白く光り輝きだす。トラインは目を閉じて集中をした





___しかし、なぜか変化を感じない。痺れを切らして目を開けると、まだタルトールのキッチンにいた


「あれ?呪文に失敗したのか?」

だが、周りを見回してみるとエローナとリドルの姿はない。キッチンもいつもと違う内装だと確認できる



「もしかして、ここは過去のタルトールか?」


ふと一階から賑やかな声が聞こえる

「誰かいるのか?店側の方だな……」


トラインは確認するために厨房に降りてみた。そこでは必死に料理を作るコールドの姿があった

「コールド!?お前大丈夫だったのか!?」


しかしコールドに話しかけても返事がない

「そうだった、これは過去の記録だったな……」



そして厨房には見長身で痩せ型の見知らぬ男と大柄の髭を蓄えた男が料理を作っている。大柄の男はトラインにも見覚えがあった

「確かあの人はタルトの父親だったよな」


タルトの父〝トールダス〟である。トールダスとはタルトールの前オーナーであった


「ガジル!!てめぇ肉が焼きすぎだ!!これじゃあ客に出せないぞ!!」

「お言葉ですが師匠!!値段が安いんだから多少の焼過ぎも許容されるべきでは!?」

「馬鹿野郎!!客が注文したのは焼き過ぎてない肉だ!!許容するかどうかは俺たちが決めることじゃねぇ!!」


どうやら痩せ型の男は、現在のタルトールのライバル店【レインパール】の店長であった。どうやら普段から料理の事でケンカをしてる様子だ。客席を覗くと店内は満席となっており、接客係が注文や料理を運んでいる。その中には幼いタルトも店の手伝いをしていた


「タルト!!お前はもう休んでもいいんだぞ!!」


「ううんッ大丈夫だよパパ!!いつかは僕もこの店を継ぐんだ!!だから休憩なんてしてられないよ!!」

「お前はよく出来た息子だ!!俺は誇らしいぜ!!」


そこには無邪気に夢を語るタルトの姿があった


「コールドさん!!ガジルさん!!僕が継いだ後もお願いしますね!!」

「あぁいいとも!!」

「…勿論だ」



タルトに笑顔で応えるコールド。そして同じく笑顔で応えるガジルの姿もあった。しかし近い未来、ガジルは破門をされ店を出ていくことになる。タルトールの真向いに新しくお店を建てて、タルトの店を潰すために悪評を流し、経営破綻まで追い込むのだ


「信じられないな…あの男がこの店を潰そうとしたなんて」

タルトには優しく接するガジルの姿に、今の印象とはだいぶかけ離れていた。

「おっと!そういや俺はカリンダの手掛かりを探してたんだ!!」


目的を思い出したトラインは意識を集中させる。何となく時間が進んだような感覚がする

「今度はちゃんと来れたか?」



目の前にある玄関を確認した

「玄関の鍵が空いている…つまりこの上にXがいるってことか」


トラインは2階へ続く階段をのぼる。するとキッチンから衝撃音が聞こえてきた

「なんだあの音は!?誰かが争っているのか!!?」


トラインは急いでキッチンの扉を開けた。キッチンの壁や天井は大量の血が散乱し、怪我をして気絶しているコールド、そして殺し屋Aの亡き姿があった。トラインはコールドの元へ寄る


「コールド!!くそっ酷すぎる!!」

トラインはテーブルの方を見る。そこにはローブを纏った痩せ型の女がいた


「こいつが容疑者Xッ!!」

女はテーブルの上に座っており、横ではカリンダが眠っていた


「カリンダ!!!」

触れようとするも、カリンダの体をすり抜けてしまう

「そうだ……これは過去の記憶なんだ……ッ!」


目の前の女はカリンダの髪をそっと撫でる

「さぁ貴方を待ってる人がいるわよ…カリンダちゃん♡」


女は不気味な笑みを浮かべていた

「俺はこの女の手がかりを掴まなきゃならない!なんとかして、僅かな手がかりを掴むんだ…ッ!!」


女は眠ってるカリンダに話しかけるように独り言を呟く

「でもあなたは運がいいのよ?この街はもうすぐ終わる。あんたの大切な人はみーんな死ぬの♡」

「終わりだと?何を言っているんだ?」

「ふふ…日付が変わる頃、【アケノ山】から大量の魔獣が街を奇襲する。明け方に放たれた巨大な【ゴライザン】の様な魔獣共がこの街を血に染めるのよ♡」


「なんだと!!?」


ゴライザンとはトラインが昼頃に戦った巨大な魔獣である。リドルと連携し、苦労の末に倒した強敵であった

「もしもあんな化け物が数十体も街に現れたら……何千人もの街の人が死ぬぞ…ッ!!」

「じゃあ行きましょうか♡」

女はカリンダを担ぎ、家を出ようとした


「まてっ!!くそッこうなりゃ最後まで付いていってやる。お前の根城を突き止めてやるぜ!!!」

しかし家を出た頃で違和感を覚える

「なんだ!?」


周りの景色がぼやけて歪む。目眩のようで、とてもじゃないが立ってられない

「そうだった。確かリドルがいるキッチンより遠くの場所まで記憶は辿れないんだったな……」




トラインは連れてかれるカリンダをただ見守ることしか出来なかった

「待ってろよカリンダ!!必ずお前を助け出す!!…










__もう一人にはさせねぇ!!!」

徐々に小さくなっていくカリンダの顔を見て、トラインは改めて自身の決意を固め拳を強く握る。ちょうどその時リドルとエローナの声が脳内から聞こえてきた

「トラインさん!聞こえますか!?私の魔力も限界です!戻ってください!!」

「あんた!?大丈夫なの!?」

「あぁ勿論だ!手がかりが分かったぞ!!」

「本当ですか!!?ならすぐに戻ってきてください!!」

「さっさとあの女からカリンダちゃんを取り戻しましょう!」

「あぁ!!」


トラインは意識を集中させる。現実世界に戻っていくような感覚が身体中を過ぎった













「戻ってこれたか…」

そこにはいつものキッチンがあった。間違いなく現実に戻ってきたのだ

「これはカリンダだけの問題じゃねぇ。この街の人々全員の問題だ!」


事態は一刻を争う。あの女の言うことが本当であれば、日付が変わる頃、この街は化け物の大群に襲われる。そうなれば多数の死者が出ることは避けられない

「エローナ、リドル!聞いてくれ!!この街も危ない…」



しかしトラインが目にしたもの、それはエローナとリドルの













___死体であった

「!!!??」

エローナは首を斬られており、リドルは腹を刺され死んでいた



「な、なぜだ…ッ!!!!!!」

トラインはとっさにエローナに駆け寄る。しかしエローナはすでに事切れていた

「くそっ!なんでだ!!なんでだよぉ!!!」

トラインは声にならない叫びをあげる

「ぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁあ!!!!!!!!!!!」


トラインが絶望のあまりエローナを抱きしめ座り込んでいると、背後から若い女の声が聞こえてきた

「久しぶりだな、トライン」

「!?……誰だ……ッ!」

「お前は決して逃れられない。例え辺境の地で質素に暮らそうが……筋肉を鍛え己を変えようとしても……







___お前の罪は逃れられないのだ」

そこには仮面を被った謎の女がいた。まだ生暖かそうな血で染められた剣を手にしている

「おめぇがエローナとリドルを…………











殺したのかぁぁあぁああ!!!!!!!!」

トラインは怒りで全身の筋肉が浮き出し、赤いオーラを解き放つ。背中は鬼のようにシワが寄り、全身の血管が浮き出し脈打つ。その様子はまるで鬼神の如き佇まいだ。もし普通の人が見れば恐怖で失神するか、全力で逃げ出すだろう。しかし、仮面の女は怯むことなく冷静に剣を構えた


「罪深き邪悪よ……今ここで貴様を殺し、その罪を浄化する」

「殺すゥウウウ!!!!!!!!!」





トラインは怒りで完全に我を忘れ、仮面の女に飛びかかった

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