【大改造!?人気店への道のり!!】
ひょんな事から寂れた飲食店【タルトール】を人気店にするため、オーナー〝タルト〟シェフ〝コールド〟のお手伝いをすることになったトライン達
しかし人気店までの道のりはまだまだ遠い。やる事が沢山あった
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「俺はこの店を…ぶっ壊したい」
そう発言をすると、トラインは壁を軽く叩く
「そ、それはどういう意味ですか?」
「まずはこの壁を壊したい。つまり壁を取っ払うんだ」
その壁とは、客席と厨房を隔てる壁であった
「まずこの店の悪評は〝最悪の衛生管理〟だということだ。実際の厨房は清潔だ…、しかし壁があるせいで客席から厨房が見えない。厨房が見えなければ、いくら清潔にしても客に見えないから無意味なのと同じだ」
「つまり……壁を取り除いて衛生管理の良さをアピールするのですか?」
「その通りだ……厨房が見えればシェフが調理する姿も見える。綺麗な厨房でシェフが真面目に調理をしているのが分かれば、衛生環境が最悪だとは誰も言えなくなる」
ここでエローナは、トラインの企みに勘づく
「嘘でしょトライン?…
まさかアンタ【リフォーム】するつもり!?
タルトはお金が無いって散々言ってたの聞いてなかったわけ!?」
トラインは十分承知している。今のタルト達に店をリフォームする金は無い。じゃあ資金はどうするのか、それはとても簡単な事であった
「俺たちが出資する」
「はぁ!?」
「トロール狩りで手に入れた金を全額、この店に投資する。それなら窓やテーブルの修繕も可能だし、リフォームも出来る」
「はぁ…、あんたって奴は……本当に考える事が斜め上ね…」
エローナは呆れながらも分かっていた。トラインはこういう人間だと言うことに。旅をするなかで散々理解したことである
「分かったわよ…乗りかかった船だもんね。全額投資しましょう」
そう言うとエローナは荷物から全財産が入ってる金袋を取り出し、それをタルトに渡そうとする
「本当に…いいのですか?」
「いいわよ、トラインの言った事だしね」
しかしエローナは直前で金袋を渡すのを止める
「やっぱ無理。悪いけどタダで渡すのは反対だわ。私はトラインと違って優しくないの。ごめんなさいね」
「そ、そうですか…まぁ仕方ないですよね」
そう言うとエローナは金袋をタルトに渡す
「えっどうして」
「純利益の10%よ」
「えっ?」
「今後、店の利益の10%を私達に無期限で支払うこと。それが投資の条件よ。飲めないなら金は投資しない。どうする?」
エローナの提示にタルトは迷わず飲み込んだ
「勿論やらせてください!僕達はもう覚悟は決めているんです!」
「よしっじゃあ契約成立ね!」
エローナとタルトは握手を交わす。タルトは一層と決意を固めた。ここから先は復興するか廃業するかの二択のみ。前よりもずっと男らしい顔になってきた
エローナがトラインに近づいて耳元で忠告をする
「トライン……ただ優しいだけではダメ。人から信頼され、人を動かし成長させるには、ある程度の見返りを求めなきゃダメや」
「あぁ……そうだな……ありがとう」
そしてエローナは薄々ながら勘づいていた。トラインが店を助けようとする本当の【理由】を___
「ねぇ…もしかしてだけど、この店を手伝うのって〝カリンダ〟のためなの?」
「…お前も同じことを考えていたのか?」
「いいえ…でも貴方なら考えてもおかしくないって思っただけよ…」
「カリンダには言わないでくれよ。あの子は絶対怒るからな」
「えぇ…分かったわ」
__トライン達はリフォームのため、修繕箇所や取り壊し場所を見て回る。色々と考えた末、個人でリフォームをするのは無理だと判断するに至った
「これはどうしてもプロの手が必要だ。なぁタルト?この街に有名で安い大工さんはいないのか?」
「安いかどうかは分からないけど、有名な大工さんならいるよ」
「よしっ呼んでくれ」
「了解っ!」
タルトが大工を呼びに出掛けている間、エローナ達は店内の小物や道具を片付ける。トラインはリフォームの計画書を作っていた。トラインが文字を書いてる姿にエローナが少し驚く
「あら…あんた、文字が書けるのね。意外だわ」
「昔にお世話になった旅人に教えてもらったんだ。そういうエローナも字が書けるよな?もしかしてエローナって貴族出身なのか?」
「あら?なんでそう思うわけ?文字が書けるだけなら庶民にもいるじゃない」
「食事の時の気品やマナーだよ。お前は飲み物を持つ動作、一つとって見ても丁寧すぎる。ありゃ貴族出身じゃなきゃあり得ないさ」
「なるほどね…否定はしないわ。でもそのことを話すつもりは無いの。ごめんなさいね」
「大丈夫だ、俺も深く聞くつもりは無い。俺にだって誰にも言えない【秘密】はあるしな…」
しばらくするとタルトが大工を連れて戻ってきた
「お待たせっ!彼が街一番の有名な大工さんだよっ!」
その大工はドワーフの老人であった。身長がカリンダよりも小さく、立派な髭を蓄え、いかにも職人気質の風貌である。
「よぉっ!!ワシは〝デンジン〟でいっ!でっリフォームするのはどこだ!?」
「このお店をリフォームしたいんですけど大丈夫ですか?」
デンジンは店の中を物色する
「うむ、建築は古いが基礎には問題は無い。ただしリフォームするには金が沢山必要になるぞ?」
トラインは金袋を見せる
「現状で払える金額はこれだけだ。そしてこれがリフォームの計画を書いた紙になる」
デンジンは計画書を見ながら考える
「なるほどな…」
「どうだ?受けられるか?」
「はっきり言って無理だ、この規模のリフォームをするなら金が全く足りんでい。どこの大工も同じ事を言うだろうな」
「それは分かってる。何とか安くできないか?」
デンジンはしばらく考える
「…方法ならあるでい」
「それはなんだ?」
「お前さんたちが働けばいい。とくにお前さんは力節が良さそうな筋肉を持っている。重労働の大工仕事に向いてるでい!」
トラインは【フロントラットスプレッド】を決めて、男性さをアピールする。筋肉を褒められて上機嫌なんだろう
「おうっ!勿論全力で手伝うぜ!」
「よしっ!じゃあ契約成立でい!!」
___デンジンは早速、紐の形状をした魔式道具を取り出す
「それは何だ?」
「これか?この道具を使えば魔法の力で周囲の音を遮断するんだ。工事などの騒音を抑えられるんでいっ」
デンジンが紐を店の周りに取り囲むと、店を覆い尽くすように透明の膜が張られた
「これは音のみ遮断できるんでい。出入りは自由に出来るから閉じ込められる心配はいらんでいっ!」
「すげぇ…便利だなぁ~魔式道具は」
早速リフォームに取り掛かりたいが、一つ問題が出てくる。それは窓の修繕費用に関してだ
「窓はどうしますか?かなり修理費用が掛かると思いますが……」
「うむ…なるべく出費は抑えたいんだろ?……ガラス製品は高いからダメでいっ……ならば…」
デンジンは窓側の壁を見て言った
「まずは窓側の壁も全部ぶっ壊すでい!!」
衝撃の発言に一同は戸惑う
「はぁ!?それじゃあ外から丸見えじゃない!?」
「厨房と同じように、外から店内が見れるようにするんでい!そうすれば客が店内に入りやすくなるでい!!」
なんと客席側を完全にオープンにすると言い出したのだ
「ま、待ってください!外と中を隔てる壁を無くすのですか!?そうなると防犯の面が気になるのですが…」
「それは大丈夫でい!」
デンジンはリュックから設計図を取り出した。設計図の中には不思議な壁のイラストが描いてある
「こ…これはなんですか?」
「これは扉でいっ!」
そこに書かれていたのは壁のような扉だった。不思議な形状に変化しており、誰がどう見ても扉とは思えない
「これが扉ですか!?扉にはどうしても見えませんが……」
「おじいちゃん…頭おかしくなったわけ?これは壁よ壁!」
「ばっかもんッ!!ワシは至って冷静でいっ!!これは巻き上げ式の扉だ!ワシは分かりやすく【シャッター】と呼んでいる!」
「シャッター?聞いたことが無い……」
「当たり前でい!これはワシが発明した最新の扉でい!」
「一体どういう原理なんだ…?」
「原理は簡単でい!軽い金属と滑車を利用して、壁を出したり閉まったり出来る装置でい!!」
トライン達はシャッターの説明を詳しく聞いた。一通り仕組みを理解すると、明確な完成図が見えてきた
「なるほどな…営業時間にはシャッターを開けておき、営業時間外にシャッターを閉じれば、防犯面の問題は無い…それにオープンだから客も入りやすいから丁度いい。しかし値段はいくらになるんだ?もちろん安いんだろうな?」
「この壁を全てシャッターに変えるなら、これくらいの値段になるでい!」
デンジンは費用を算出して紙に書く。その金額にド肝を抜いた
「まてよ爺さん!!窓より全然高いじゃねーか!!」
その費用は窓の修繕の5倍の値段であった
「当たり前でい!ワシの最新技術と大量の金属が必要だからな!」
当然みんなは文句を言い出す
「これなら窓無しの方がマシだぜ!」
「このクソジジイを1発殴った方がいいんじゃなくて?」
「詐欺だ!!詐欺!!」
「そんなー!信用出来ない爺さんだったなんてー!」
デンジンは慌てて説明を始める
「まぁ待て焦るな!だからこそ、この店に使わせて欲しいんでいっ!」
「ん?どういうことだ?」
「ワシはこのシャッターを発明したが、その形状があまりに真新し過ぎて誰も買ってくれないんだ!そこでこの店に取り付けてシャッターの便利さを街中に宣伝したいんでいっ!」
「爺さんそれってまさか…」
「そうだ!タダで取り付けてやっても良い!金は要らん!」
なんと工事費用を無償にするという申し出であった。こんな絶好なチャンスを逃す手は無い
「やったぁ!」
「金を掛からずにリフォームできるなら願ったり叶ったりだぜ!」
これで全ての計画が整った、後は店を新しく変えるだけだ。デンジンは早速ハンマーをトラインに渡して指示をする
「さぁお前さん、この壁を壊すでいっ!」
「おう!」
トラインはハンマーを大きく振って壁を壊す。しかし威力が大きすぎて店ごと揺れてしまった
「うわっなんだ!?地震か!?」
「バカっ!!もう少し優しくやりなさいよ!!」
「わ…悪い…」
トラインとデンジンが店内を解体してる間に、エロ―ナ達は必要な資材や道具を購入するために出掛けた。一通り店内を解体し終える頃には、エロ―ナ達が必要な資材を買い揃えて戻ってくる
「これで準備完了ね!私たちは何をすればいい?」
「まずエローナとタルトは俺達の手伝いをしてくれ。コールドは別の場所にあるキッチンを使って、新しい看板メニューを開発して欲しい」
「…新しい…レシピを作れってことか…?」
「あぁリニューアルオープンは二日後だ。それまでに全く新しい料理で客を驚かせる必要がある」
「…分かった…明日までに新しい料理を作ろう」
デンジンの指示の元、各自で仕切り台や床の制作、壁の塗装を行った。
作業は次の日まで続き、昼頃には一通りのリフォームが終わりを迎えていた
「凄いっもうほとんど出来上がりじゃん!」
「ふぅー明日には間に合いそう」
あとはシャッターを取り付けるだけだ
「ワシは今からシャッターを取りに会社に戻るでいっ!」
そう言ってデンジンは自分の会社に戻って行った
「あの爺さん自分の会社持ってるのか?」
「えぇ、デンジンさんはお弟子さんを沢山抱えてる凄い人なんですよ」
「そうなのか!?よくあの爺さん連れてこれたな!!」
「なんか暇だったみたいですよ。大抵のお仕事はお弟子さん達がするそうなので…」
「そうなのか…」
___しばらくしてキッチンからコールドが看板メニューを開発したと言って新しい料理を持ってくる。とても良い匂いが立ち込めて、みんなの作業の手も止まる
「…みんな…食べてくれ…これが新しい料理だ」
コールドが持ってきた料理は、縦に切れ込みを入れたパンに、焼いたソーセージや玉ねぎなどを挟んで、トマトソースをかけた商品だった。とても美味しそうであるが、タルトは一つだけ問題点を指摘する
「美味しそうだとは思いますが、これだとフォークや箸では食べ辛い気がしますね。どうやって食べるのですか?」
それを聞くとコールドは、なんと料理を手に持ち出した
「…道具は使わない…このままかぶりつく料理だ…」
「かぶりつく!?そ、そうなのですか!?」
試しにトライン達がその料理を手にして食べてみる
「美味い!ソーセージの肉汁とサッパリした玉ねぎ、そしてピリッと辛めのソース。それをパンのフワフワ生地で挟むことによって、味をバランスを保っている…」
コールドは料理を一口頬張りながら、この商品名の名前を付ける
「これを【ホットドック】と名付けよう。手で食べる料理だ」
「よくこんな料理を思いつきましたね、流石ですよコールドさん!」
「いや…これはトラインのアイデアから作った料理だ」
「そうなんですか!?トラインさん!」
トラインは首を横に振る
「いやいや!俺はただ、コールドに速く作れて速く食べられる料理を作って欲しいって頼んだだけだ」
「速く作れて速く食べれる料理?」
「店内をオープンカフェにするってことは、客が必要以上に店内に入ってくる可能性がある…。店の回転率を上げるためにも手っ取り早くて美味しい料理を頼んだつもりなんだが…」
トラインはホットドックを完食してコールドを称賛する
「それだけでこんな料理を思いつくとは!お前は本当に天才シェフだぜ!!筋肉だけじゃなく料理も天才だな!!」
「あぁ…ありがとう…!」
普段大人しいコールドが腕を上げて上腕二頭筋をトラインに見せつける。トラインも同じく上腕二頭筋に見せつけ合う
「何やってんのよ…あんた達…」
「ふふふ二人とも筋肉が凄いねっ」
「ハハハ!なんですかそれっ!」
全員の心が1つになった瞬間であった。きっと明日のリニューアルオープンは上手くいく。そんな予感が込み上げてくる
__他の商品の試作もするため、コールドはキッチンに戻る。一方でトラインはテーブルや椅子の制作に取り掛かっていた。テーブルや椅子を新品で買うと高くなるため、手作りで安く済ませる。手際よく木材を加工して椅子を一脚作り出した。それをカリンダは興味津々で見守っていた
「トラインってテーブルや椅子も作れるんだねー」
「俺は農家時代に散々テーブルや椅子を壊しは作り直したからな!新しく作るくらい御茶の子さいさいだぜ!
「凄いねトラインっ!さすがだっ!」
そんなカリンダも褒められたい様な面持ちで、トラインを見つめる
「カリンダ…もしかして例の服が出来たのか?」
例の服とは、トラインがカリンダに設計図を渡して作らせた服の事であった
「うんっ初めてだけど上手く出来たよっ!」
カリンダは意気揚々と作った服をトラインに見せる
「おーバッチリだな!!やっぱりカリンダは裁縫の才能があるぜ!!」
「えへへ…そうかなぁ~」
トラインはカリンダが作った服を広げる
「ねぇこれって何の服?」
「これはウェイトレス服だ。主に接客をするための服だな。これで客を呼び込むんだ」
初めて作ったとは思えないほどの出来栄えであった。カリンダの裁縫の腕は一流だ。トラインは思わず小声で独り言を呟く
「もう…俺なしでも生きていけるな…」
「え?なんて言ったの?」
「いや!なんでもないぜ!カリンダも疲れただろう?ゆっくり休んでくれ」
「うん…」
そして、トラインも椅子やテーブルを作り終える。あとはシャッターを取り付けて、お店をオープンするだけだ。デンジンを待っていると、店の目の前に馬車が数台止まる
「なんだあの馬車は?」
「あっ!デンジンさんだ!」
それはデンジンの馬車であった。デンジンの弟子が数名と、荷台には大きな装置が乗っている
「おまたせでいっ!これがシャッターだ!これを取り付ければリフォームは完成だ!」
シャッターは重いためデンジンの弟子も加わり、すぐに作業に取り掛かる。弟子の手際の良さも相まって、シャッターは迅速に取り付けられた
___そしてついに
「終わったんですね…」
ようやく全てのリフォームが終わる。お店は前と見違えるほど綺麗な状態となっていた
「ふぅーくたびれたわっ!」
「ここまで立派になるとはな!天国のお父さんも喜んでるはずだぜ!」
「はいっ!皆さん!ありがとうございます!!」
タルトは大きく頭を下げる
「まだ頭を下げるのは早いぜ!まだまだこれからだ!!みんなでこのお店を…
【街一番の人気店】にしようぜッ!」
「「「おぉぉーーー!!!」」」
全てを終わらせ、トライン達は明日のオープンに向けて休息を取る。そして夜が明け、次の日が来た___
___今日は待望のリニューアルオープンだ。コールドとタルトは店の中で準備をし、トライン達は店前で客を呼び込む。時刻は朝方、朝食目当てに人が増える時間帯だ
「さぁ!寄ってらっしゃい!リニューアルオープンだよ!」
「新商品があるわよー!美味しいわよー!」
何人かが店をチラ見するも誰も店に近寄ろうとしない
「やっぱアンタの筋肉が怖くて誰も近寄らないんじゃ無いの?」
「そ…そんなはずは…俺の筋肉目当ての客がきっといるはず!」
「いないわよ!バカ!」
必死に呼び掛けをするが、中々お客さんが入店しない。先程まで晴れていた空も、雲行きが怪しくなってきた
「おーい!リニューアルオープンだよー!」
「美味しいよー!みんな食べてみてー!」
「おかしいわね…これだけ呼びかけても誰も来ないなんて…」
店の前に通りかかる人は興味はある様子だが、店にまで入ろうとする人は一人もいない。次第に一通りも少なくなってくる
「お客さん来ないね…」
空気が一気に重くなる。ここまでやったにも関わらず、客は一人も来ない。最悪の場合、今日は誰も来ないかもしれない。そんな先行きが脳裏を過ぎる。すると突然、タルトが店を出てどこかに行こうとしている
「おいっタルト、どこに行くんだ?」
「今からデンジンさんの会社に…リフォーム代を支払ってきます…」
「今から行くのか?でも営業中だし、お客さんがいつ来るか…」
「大丈夫ですよ!この様子だと今日もヒマだろうし…、僕も何となく分かってました…、それに!すぐ戻るので気楽に待ってください!」
タルトが笑顔でそう答えると、走って店を後にした
先程の快晴から一転、雨がポツポツと降り始める。雨粒がタルトの顔を痛々しく当てていた。雨粒が当たれば当たるほど、タルトの心の余裕は徐々に削られる
「あぁ…あぁ」
タルトは立ち止まり…
遂には崩れ込んだ
「う…」
本当であれば、今日は朝から行列が出来るはずだった。しかし現実は甘くない。それは分かってる。しかし…分かっていても、そんな現実に耐えきれなかった
「う……うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああ!!!!!!!」
タルトは叫びながら、拳で地面を何度も叩く。叩きすぎて拳から血が出てもお構い無しだ
「くそっ!!!ちくしょう!!!!!!」
何もやっても上手くいかない。トライン達の期待を裏切った。そしてこれからも裏切り続けるのでないか?、そんなプレッシャーがタルトに重く伸し掛る
「やっぱり僕はダメなんだ!!!父さんの店もろくに守れない!経営の才能なんて無い!!みんなに迷惑を掛けて…僕は……僕はっ!!!」
タルトは拳を地面に叩くのをやめ、黙り込んでしまった。そう…タルトは完全に心が折れてしまったのだ。タルトは道端で座り込んで、雨で濡れるタイルの床をただジーッと見つめる。拳から出てきた血が、雨粒で薄く滲んで広がる。自分の拳が血が出てる事でさえ、今のタルトには興味がない
「そんな所にいると風邪を引くぞ」
「…え?」
見上げるとそこにはデンジンがいた。デンジンさんは不思議そうにタルトを見つめる
「なんだお前さんか、どうしたんだ?今日は開店日だろう?」
「デンジンさん…なんでこんな場所に?」
「なんでも何も…お前さんはワシの会社の目の前で座り込んでるんだぞ」
「え?」
よく見ると、目の前にはデンジンの建築会社が建っていた
「まぁとりあえず中に入るでいっ、話を聞いてやろう」
デンジンに連れられ会社の中に入る。デンジンの弟子達が家の設計図を作ったりと忙しい様子だ。デンジンの社長室に案内され、タルトは椅子に座る
「ほらっ包帯だ。それで手でも巻きなさい」
そう言ってデンジンは包帯をタルトに渡す
「あ…ありがとうございます」
デンジンは椅子に座って静かに葉巻を吸っていた。とくにデンジンは何かを喋るわけでもなく、静かな時間が流れる。このままでは気まずいと感じたタルトは無理にでも会話を始める
「それにしても…凄い弟子の数ですね。忙しそうに働いてましたけど儲かってるんですか?」
「おう…まぁな…大きい街に対して、建築会社はそう多く無いんでい。だから毎日、注文が多くて助かってるよ」
タルトは自分とデンジンが真逆だと感じる。デンジンはとても凄い人に思えてきた
「本当…凄いですね…」
「なにがだ?」
「なにって…そりゃデンジンさんはカリスマ性があって、こんなに沢山の弟子を抱えて、商売も繁盛している。自分とは大違いだ…」
「何をいう。お前さんだってカリスマはあるではないか」
「ハハっ冗談言わないでくださいよ…僕はカリスマ性なんてこれっぽっちも無い…」
「そうか?ワシはそう思わんがな」
「僕の父は凄かった…僕には父のようなカリスマ性は何一つ受け継がなかったようです…みんなに迷惑を掛けて、きっとこれからと上手くいかない人生なんでしょうね…」
「………」
「ねぇデンジンさん…僕はこれからどうすればいいのでしょうか?もう分からなくなって来ましたよ…」
デンジンは葉巻を大きく吸い込み、少し考え込む。そして考えた末にタルトに一つの質問を投げかけた
「少年よ…一つ聞いてもいいか?」
「……なんでしょうか?」
「君のお父さんはお店を全部…
〝一人〟でやってたのか?」
「え?」
「一人で客全員の料理を作り、一人で客全員の接客をして、一人で料理を運んで、一人で後片付けをし、一人で会計をしていたのか?」
「ち…違います…父には弟子が二人いました。僕も店の手伝いをしてましたし、…でもそれがなんの関係があるのですか?」
「カリスマとはなんだ?」
「え?」
「ワシは沢山の弟子がいる。中にはワシをすごい人と呼ぶ人もいるが、それは大きな間違いだ」
タルトはデンジンの質問の意図が理解できなかった
「間違い?どういうことすか?」
「だって…ワシ一人だけでは何も出来ないからな」
「………」
「たった一人で家の建築やリフォームが出来るか? そんなの無理でいっ。今回のリフォームだってお前らの力を借りて実現したことだ」
「それは確かにそうですが…」
「時々おるじゃ、自分一人だけの力で成し遂げてると考える愚か者がの。そういう奴は大抵、傲慢で態度が大きいだけの哀れな奴らだ。周りの人間が協力してくれなきゃ、何も出来ないと言うことに気が付いてない…
__そういう奴は最初は成功をしていても、後から失敗した時、誰からも助けられずに見捨てられる者だ。ワシはそいつがカリスマ性があるやつだとは思わんでいっ」
デンジンは立ち上がってタルトの肩に手を置いた
「いいか?自分一人だけの力で何とか出来ると思い上がってはいかん。大事なのは仲間達と協力して成し遂げるということだ
__お前さんには協力してくれる人が沢山いる。そしてお前さんは、自分に協力してくれる人を無下にせず大事にしている
__それは本来であれば当たり前の事だが、誰にでも出来ることではない」
「デンジンさん…」
「だから自分だけで悩まず、仲間を信じて突き進むんだ。結果がどうであれ、それが無駄なことだとはワシは思わんでいっ。だから早くお店に戻ってやりな!
みんな…優しいお前さんを待ってるんでいっ!」
「デンジンさん…そうですよね!」
タルトは立ち上がって大きく礼をする
「ありがとうございます!デンジンさん!僕っ!店に戻ります!」
「おうっ!行ってこい少年っ!」
「はいっ!!!」
タルトは勢いよく、デンジンの会社を飛び出す
「若い者が小さいことで悩みおって…ヘヘっ」
タルトと入れ違いで弟子が一人入ってくる
「あの師匠…一つ聞きたいことがあるのですが…」
「おうっ!なんだ?」
「もしかして…お金受け取るの忘れてませんか?」
「あっ!!そうだったな!!ガハハハハハハ!!」
___タルトは全速力で走る。息が切れ疲れ果てようが、一刻も早くお店へ向かう
「(そうだ!みんな協力してくれたんだ!もう僕一人の夢じゃない!みんなの夢でもあるんだ!一日くらい上手くいかないから何だ!僕はみんなを信じて、いつか絶対に店を人気店にするんだ!!そうやって皆と誓ったじゃないか!!)」
いつの間にか雨が止んでおり、太陽が濡れた地面を明るく照らす
眩しさゆえに、遠く景色がよく見えないほど明るかった
「はぁはぁ…もうすぐ店に着く…!」
そろそろお店が見えてくる頃だ
しかし…なんだか様子がおかしい
「…なんだ?」
陽の光の眩しさで視界が疎かだが、店に違和感を感じるのは確かだ
タルトは立ち止まって息を切らせながらも店をジーッと眺める
「どうなってるんだ…?」
徐々に陽の光に慣れてきて、辺りが見回せるようになると、店の前の違和感の正体が判明した
「ま、…まさか!」
__なんと店に行列が出来ていたのだ
「うそ…なんで…!?」
沢山の人集りが店の中や外にいた。外にいるお客さんの中には立ちながらホットドックを頬張っている者もいる
店内では客の注文に答えるため、トライン達が忙しなく接客していた
「あっタルト!遅かったな!早く来てくれ!俺たちだけじゃ客を捌けない!」
「こんなに客が来るなんて思わなかったわよ!」
タルトは店に入って接客服に着替える
「なんでこんなにお客が!?どうして!?」
トライン達は事情を説明する
「雨が突然降っただろ?雨宿りのために入ってきた人が雨を待ってる間に料理を注文したんだ」
「そうしたら道行く人が、みーんな興味津々で店に入るようになったのよ!気付いたら満席!!雨が止んだ頃には行列よ!」
店内がオープンカフェだったこともあり、客が気兼ねなく店に入って注文をする。厨房ではコールドとカリンダが必死に料理を作っていた
「このホットドックを一つくださいー」
「こっちもお願い!」
「美味しいっ!こんな美味しい店があるなんて知らなかったよ」
「今度も朝食はここで食べようぜ!」
タルトも接客に参加する。タルトを昔から知る人も客として来店していた
「おっタルト!お前さんの店!結構いいじゃねーか!また来るぜ!」
「でも次は良い酒も用意してくれよな!」
「はいっ!ありがとうございます!」
店中が人で埋め尽くされたのは何年ぶりだろうか、父との忙しかった思い出が一気に蘇る。タルトの夢が遂に叶ったのだ
「父さん見てる…?僕、夢叶ったよ…みんなのおかげだ…」
タルトは涙を流しながら空を見つめる。先程までの雨雲が青く晴れ渡って、綺麗な虹が掛かっていた
「ちょっとタルト!サボってないで仕事して!めっちゃヤバイ!!」
「あっごめんなさい!」
「ホットドック一個!お待ちどう!」
この日、レストラン【タルトール】は街で一番、混雑したレストランとなった
___夜、客足が無くなった頃にはトライン達は疲れ果てて倒れ込む。朝から晩まで接客詰めだったからだ
「はぁ…飲食店って結構大変なのね。これからはウェイトレスさんはもっと丁寧に扱いましょう」
「飲食店で働く人は凄い…」
「こりゃ筋トレとは違う大変さだぜ…完全にオールアウト寸前だ…」
「あんたその言葉好きね…」
タルトは上機嫌でトライン達を労う
「みなさんお疲れ様です!今日は本当に忙しい日でしたね!みなさんのおかげです!とにかく今日はゆっくり休んでください!」
「おうっ!お休みなー!」
「おやすみなさいー」
「こりゃぐっすり眠れるわね…」
タルトはシャッターを閉める準備をする。その時、真向かいのお店を見つめた
「(今日は良かったけど、あの店が黙って僕たちを見過ごすはずがない…。念の為に用心しないとな)」
タルトはなにか嫌な予感を感じながらシャッターを降ろして戸締りをする
__その様子を窓越しで見つめる怪しい男が一人、男は低身長で小太りの胡散臭いおじさんであった
「ちっ忌々しいクソガキめ。まだ潰れてなかったとはな…」
その男の名は〝コバル〟。タルトールの真向かいにあるお店【レインパール】の副店長である
「どうしますか店長。あの店をほっとくわけにはいきませんよ!!」
薄暗い部屋の奥で立派な椅子に腰掛ける長身の男が一人、男は高級なワインを嗜めていた。男はアクが強い渋い声で答える
「気にすることではない。我々は最高の料理をお客様にご提供するだけの話、真向かいの店がどれだけ繁盛しようが知ったことでは無い」
「ですが…あんたの元師匠のお店でしょう?驚異になる前に手を打つべきだ!!」
その男の正体は〝ガジル〟、タルトの父親の〝トールダス〟の一番弟子であり、コールドの兄弟子もあった男だ。そして彼が経営するレストラン【レインパール】こそ、タルト達を経営破綻になるまで苦しめた元凶のお店である
「あの店のせいで、うちの客入りが下がったりでもすれば…店の利益に損害が出る!」
ガジルはワインを嗜みながら冷静に答える
「どうでもよい…我々は常に最高の料理を作ればいい。それで真向かいのお店に客を取られようものなら…私の店の料理の方が不味いってだけの話だ」
「私は納得行きませんね…貴方こそグルメインで最も偉大な料理人に相応しいというのに…」
コバルは窓越しから【タルトール】を見つめる。そして小さな声で独り言を呟いた
「クソガキが調子に乗りよって…。今度は悪評を流すだけでは済まさんぞ。次こそは…次こそは必ずお前の店を…
___徹底に潰してやる」