3 悪魔との邂逅と賭け
アスタナ:
ここからが第1部。グレートヒェンとの悲恋を描いた、ファウストでも特にフォーカスを当てられる話ね。まずはファウストとメフィストの邂逅からよ。
地上。ファウストは書斎に籠もる。
ファウスト:
哲学、法学、医学、そして神学。その全てを究めても、僕は前より……少しも賢くなってない。宇宙の根源、世界を動かす本質……、知りたいことは未だ山ほど有るのに、何も判ってないじゃないか……。
(机に肘を突き、頭を抱えるファウスト)
メフィスト:
これはこれは、ファウスト先生。
(目の前に現れるメフィスト)
ファウスト:誰だ?
メフィスト:
メフィストフェレス。メフィスト、とでも呼んでほしい。
ファウスト:
メフィスト?この際誰でもいい。……僕は今まで、ずっと独りで学問を究めてきたんだ。何もかも見向きもせず、ただストイックに!なのに、何も満足できないんだ!僕はこれっぽっちも賢くなってない!究めた結果、何も判ってないってことだけしか判らなかったんだ!
(自分への怒りを大声でメフィストにぶつけ、俯くファウスト)
メフィスト:
まあまあ、落ち着くんだ。言いたいことは判らなくもない、が……。……この世界は満更捨てたものじゃない。……もし、俺と組めば人生をやり直せる、とするなら……君はどうする?
ファウスト:
やり直せる……?本当に?
(顔を上げ、メフィストに向けるファウスト)
メフィストフェレス:
ああ、俺は君に仕える。下僕にでもなる。君の望みは何でも叶えてやろう。ただ、一つだけ条件が有る。
ファウスト:
条件?
メフィスト:
この世界では、俺は君の支配下、言いなりだ。ただ、あの世……つまり君が死んだ後は、逆に俺の支配下、言いなりになる。つまり、魂を俺に捧げるんだ。
ファウスト:死んだ後の契約を、今此処でしろと?
メフィスト:
これは賭けであって、契約ではない。全ては、俺が与える快楽で、君の衝動を満足させられるか。……どうだい?
ファウスト:
賭け、か。……僕は、死後の世界には興味が無いんだ。死んだ後どうなろうと、知ったことじゃない。……だから、乗った。
メフィスト:
交渉成立。世界中の有りと有らゆる快楽を経験させてみせよう。
ファウスト:
時よ止まれ、汝はいかにも美しい。この言葉を吐いた時、僕の時間は止まる。つまり、僕は死ぬ。魂はメフィストのものだ。それでどう?
メフィスト:
よーし。一発ド派手にいこうぜ!
ファウスト:
うん!
(ハイタッチする2人)
澪
割とあっさり決まりましたね。
アスタナ:
それだけ、精神的に追い詰められていたってことなのかな?まあ、ファウストは実際メフィストと会う直前に、服毒自殺しようとしてたしね。
澪:
服毒!?
アスタナ:
そうよ。その行は長くなるから割愛するけど。後は、先に話した通りよ。あくまでも、ファウストはメフィストを召還していないの。ファウストにとっては、メフィストが勝手にやってきて美味い話を持ち掛けた……って感じかしら。
流雫:
溺れる者は藁をも縋る……その藁が悪魔ってこと?
アスタナ:
そう思ってもいいのかもね。ほら、ルナにとってのミオさんみたいな。
澪:
判りやすいわ……。でもあたしは……流雫にとってはグレートヒェンでしょ?
アスタナ:
ルナにとっては、ミオさんはグレートヒェンでありメフィストフェレスでもある……。2役なのかしらね、いいとこ取りの。……ところで、オープニングでルナがミオさんを生き返らせることができるなら、メフィストを召還してでも……の行が有るじゃない?
流雫:
どっちのミオを指しているのかは、文脈から判断するしかないけど。
アスタナ:
召還してでも、あれはゲーテ以前の作品の流れね。だから、オープニングでルナが言ったファウストの行はゲーテ以前の、それ以降ルナやミオさんが口にするのはゲーテの作品に分かれるの。
澪:
その作中での違いも、後々関係してきますよね。
アスタナ:
そして、キリスト教には輪廻転生の概念は無いの。神の力で生き返るようなことすら無いわ。一度だけ生まれ、一度だけ生き、一度だけ死に、一度だけ神の裁きを受ける。人生は一度きり、の典型ね。
アスタナ:
だから、仮にルナティックティアーズがファンタジー作品としてメフィストを召還できたとしても、ファウストの話がモチーフになった作品である限り、ミオさんは生き返らないの。まあ、ルナティックティアーズはミオさんの死を抱えたルナの話だから、転生ネタは……ね。
欅平美桜(流雫の元恋人):
それでも、流雫は私を生き返らせるためなら、悪魔と契約してでも……。
アスタナ:
それほど、精神的にやられてたってことね。ルナは優しい子だから。
流雫:
優しく……なんか……っ……!
(俯いて声を震わせる流雫)
アスタナ:
作中ネタはそこまでよ。因みにファウストが究めた4つの学問は、当時大学を構成していた全て。神学が最高権威だったのは、推して知るべしね。そして、これも重要。ゲーテの作品が以前の作品と決定的に違うのは、ファウストはメフィストを召還もしていなければ、契約もしていないの。
流雫:
ゲーテ以前は、大体の作品では2人は24年間の契約を結んだ。それが切れれば、ファウストは問答無用で地獄に連れ去られ、メフィストに永遠に支配される。……だったよね?
アスタナ:
その通りよ。一説には、この24年は1日24時間から来ていると言われているわ。でもゲーテの場合はあくまで契約じゃないから、24年の固定された期間すら無いの。……人間と悪魔が結んだのは賭け。あの有名な台詞が、ファウストにとっては謂わば死の呪文。悪魔はこの面倒な学者の新しい人生を満足させ、そう言わせることができるのか。ゲーテが描いたファウストは、その人間と悪魔の駆け引き……いや、戦いの話よ。
澪:
戦い……。
アスタナ:
メフィストにとっては、天上の序曲で成立した神との賭けの結果に直結するからね。ファウストに勝てなければ、神にも勝てないから。言ってみれば、絶対に負けられない戦いがそこに有る、かしら。