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パターンB:当然の権利です。

 結婚をいたしました。けれど、当初からこの婚姻は中々に厄介な事情を家の中に抱え込んでおりましたわ。


 夫となったのは、婚姻を機に爵位を継いだ伯爵。わたくしは彼の父の友人である侯爵の娘でございます。


 この婚姻は困窮する伯爵家を助けるために結ばれたものでございますの。


 わたくしとしては可もなく不可もない相手でございましたから、我が家有利に進められる婚姻ならばよかろうと了承いたしました。


 その厄介事とは、夫となる彼の幼馴染の女性でした。


 なんでも義母の親友の忘れ形見だとかで、幼いころから伯爵家に引き取られているのだとか。兄妹同然に育ち、仲が良いのだと義母は笑っていました。義父もそれを当然と受け止めておりましたわ。


 我が家は両親も兄も弟も顔が引き攣っておりましたけれどね。母は父を睨んでおりましたわ。


 彼女は当然のように両家の顔合わせにも同席し、夫となる伯爵子息にべったりでございました。


 流石にこれはないと思いましたけれど、我が家が手を引けば伯爵家の領民が困ることになりますので、一旦は様子見となりましたの。


 そして結婚式。花嫁の純白のウェディングドレスは豪奢なものでしたの。わたくしが経営するブティック──王家御用達のこの国のトップブランド──で誂えた最上級品ですもの。当然ですわ。


 その結婚式で、義妹もどきはあろうことか真っ白なドレスを着たのです。あり得ませんわ。花嫁以外は白を避けるのは常識ですのに。


 おまけに式の最中、誓いのキスの直前、彼女は貧血を起こして倒れ、キス待ちのわたくしを放り出して夫は彼女のもとに駆け付け、従者に任せることなく、彼女を休憩室まで運び、式は中断。


 数十分後、戻ってこない彼に痺れを切らした義両親が彼を呼びに行き、渋々戻ってきたらしい彼と結婚式の続きを行ない、恙なくどころか恙ありまくりで式は一応終わりました。


 披露宴は最初こそ夫は顔を出したものの、その後は義妹もどきの幼馴染の許へ行き、結局お開きになるまで戻ってまいりませんでした。


 それどころか、初夜をぶっちぎりやがり遊ばしたのですわ。


 大変な屈辱です。


 けれど、我慢いたしましたのよ。わたくしが離縁すれば、伯爵家への支援はなくなりますもの。そうすると、伯爵領の主要産業である養蚕業が成り立たなくなります。


 目立たぬ良品を作り出す伯爵領の養蚕業を守りたいがためにわたくしは嫁いだのです。そうすれば隠れた良品であるこの領の絹が我がブランドで独占できますもの!


 ですので、持参金という名の伯爵家への援助金の半分はわたくしの個人資産ですし、今後援助金としてお渡しする金額の3分の1もわたくしの個人資産で賄うことになっております。






 翌朝、初夜をぶっちぎりやがりました夫はにこやかに幼馴染と朝食を摂っておりました。義両親も同席しておりましたけれど、何故か夫の隣、妻が座るべき席には幼馴染の姿が。わたくしに用意されていたのは一番末席でした。


 屈辱ではございましたけれど、我慢いたしますわ。そう、1週間だけ猶予を差し上げます。その間に改善すればよし、しなければそれ相応の対処をいたします。


 そうして、1週間が経過いたしました。結果、何も変わりませんでした。最悪でございますわ。


 わたくし、切れてもようございますよね?


 ええ、ブチ切れましたわ。


 準備を整え、いつ切り出そうかと考えている中、義両親と夫、幼馴染はにこやかに会話しておりました。わたくしにはさっぱり判らない想い出話で盛り上がっておりましたわね。


 そして、反撃のチャンスがやってまいりましたの。


小父(おじ)様も小母(おば)様も午後には領地に行ってしまわれるのね。寂しくなるわ」


 幼馴染はそう宣ったのです。聞き捨てなりませんわね。


 そして、その言葉を夫も義両親も受け入れているのです。つまりこの女は図々しくも伯爵邸に居座るつもりなのです。


「あら、何をおっしゃるの。あなたも当然、お義父様たちと一緒に領地に行くのよ」


「なっ! 何を言う! 生意気だぞ」


 夫が怒りを露にします。


「何を言う、はこちらのセリフですわ。何故、何の縁もゆかりもない赤の他人をわたくしが養わねばなりませんの? 彼女を引き取ったのはお義母様と伺っております。ならば、当然彼女もお義母様と共に領地に行くのが当然でしょう」


 何故図々しくも新婚家庭に居座るつもりでいるのか理解できませんわ。


「養っているのは俺だ!」


 夫の言葉に呆れてしまいます。その気持ちのままお義父様に視線を向けますと、お義父様は真っ青。お義父様、まさか夫に何も話していないなんてことはございませんわよね?


「何を言ってますの。伯爵家は借金塗れ。領地からの税収は全てその借金の利息(・・)の支払いに充てられていますのよ。伯爵家の生活費は全てわたくしの資産が充てられておりますわ。そもそも、この館とて、所有権はわたくしにございますのよ」


 借金のカタに売却されたこの館を買い取ったのはわたくしです。わたくしが嫁ぐことによって、そのまま伯爵邸として存在しているのです。ああ、買い取った資金はこれもわたくしの個人資産ですわよ。


 侯爵家、父からの援助金は領地経営資金となり、伯爵家の生活費はわたくしが出すことが決まっております。


 領地は今後10年での建て直しを図り、その後20年での援助金という名の借金返済計画となっております。お兄様がしっかりと回収なさる予定です。合計30年もの長期計画はお父様の友情に基づくお慈悲ですわ。


 生活費をわたくしが出すことについても異論はございません。何よりわたくしが生活水準を落としたくございませんもの。


「ですので、この館の所有者として、彼女がここに住むことは認めませんわ。そして、わたくしが出す生活費はこの伯爵邸の分のみ。わたくしにその彼女を養う義務はございませんから、出ていっていただきます」


 義両親の生活費は無駄に買い集めた骨董品と義母の宝飾品を売り払って捻出していただきますわ。まぁ、贅沢をせず、領民と同じ生活をすれば10年は暮らせますでしょう。


 居候の分? ご自分たちで何とかなさいませ。居候に買い与えていた分不相応なドレスや宝石を売れば捻出できますでしょ。


 わたくしは呆然とする伯爵家一家プラス居候を無視して、パンパンと手を鳴らします。すると執事と侍女長とメイド頭がやってまいりました。


「お前たちは……?」


 夫が呆然と彼らを見ます。


「本日よりこの者たちが執事と侍女長とメイド頭となりますの。能のない前任者たちは解雇いたしましたわ。使用人も一部を除いて入れ替えます」


 雇い主(金を出す者)の当然の権利ですわね。幼馴染を優先してわたくしを馬鹿にしていた使用人は全員(クビ)にいたしました。当然、紹介状はなしですわよ。


 既に昨晩のうちに使用人たちは入れ替わっております。彼らはわたくしの腹心たち。皆年若い者ですが、わたくしが領地の孤児院から引き取り教育した者たちや領内の小貴族の次男・次女以降の子女です。


 呆然とする幼馴染をメイドが追い立て、領地へ移る準備を進めさせます。まぁ、メイドたちが既に荷物はまとめているのですけれど。






 こうして、午後になる前に義両親と居候は伯爵邸を出て領地へと向かいました。


 義父は面倒をかけて申し訳なかったと謝罪してくださいましたけれど、義母と居候は呆然とし、馭者に馬車に押し込められておりましたわ。


 夫は呆然としておりましたけれど、実家から参りました父によって改心の兆しを見せました。


 居候の贅沢によって伯爵家の借金が倍額になっていたこと(領地経営の借金とは別の伯爵家一家の借金ですわね)を知り、更に病弱で可憐な少女だと思い込んでいた幼馴染が複数の男性と肉体関係を持つ阿婆擦れだった事実を知り、相当なショックを受けておりました。


 そして、この1週間のわたくしの不当な扱いと自分の無礼な言動を詫びてくれましたの。まぁ、根は悪い人ではないのでしょうね。馬鹿ではありますけれど。


 その後、夫は立派な種馬として頑張ってくれましたわ。おかげでわたくし3男4女の母となりました。夫が尻に敷かれてくれているおかげで家庭は円満です。


 伯爵としての領地経営もわたくしの従兄である執事にビシバシとしごかれ、予定より2年早く援助を必要としなくなりました。


 わたくしは領地の絹を使ってブティックを更に発展させました。おかげで今の伯爵領はファッションの一大発信基地ともなり、借金返済も10年くらいは早く終わるかもしれません。






 義両親は領地に戻ったとはいえ領地では一領民と同じく慎ましい生活をしておりました。


 領地経営に失敗した義父と何も考えずに贅沢していた義母は前伯爵夫妻としての権利は何も持ちません。これは義父からの申し出で、それを了承いたしましたの。領地経営の才のない義両親に口出しされても面倒ですし。


 義両親は骨董品やドレス・宝飾品を売り払い、慎ましく生活していたようです。流石に生活に困窮し命の危険が及ぶようであれば支援するつもりでおりましたから、監視というか観察はしておりましたからね。


 一方の居候はドレスや宝飾品を売るのを拒否し、華やかな王都に戻りたいと喚いていたようですけれど、義両親は一切取り合わなかったそうです。それでも彼女のドレスや宝飾品を奪って売却しなかったあたり人が好いというか。


 息子が生まれたときに、わたくしは夫と息子を連れて義両親に会いに行きました。


 義両親は如何にも田舎の純朴な農民夫婦という風情になっておりました。貴族の華やかな生活よりも自然と共にある生活のほうが合っていたようだと笑っておられました。


 けれど、居候はそれも不満らしく、夫に早速擦り寄り媚びを売り、王都に戻りたい、一緒に暮らしたいと言っておりました。わたくしを睨み、蔑むように笑っておりましたけれど、わたくしは笑顔でかわしましたわ。


 そして、夫はきっぱりと嘗ての幼馴染を拒否。当てが外れた居候はわたくしの護衛騎士に色目を使うもこれも不発。


 最終的にまだ赤子だった長男に『お前らさえいなければ』と折檻しようとしたところを乳母に取り押さえられ(乳母は元女騎士です)、暴行未遂で牢へと入れられました。


 領地追放の処分を受けた元居候に夫は最後の慈悲で宝飾品の持ち出しだけは認めましたので、いずこかの地で生きていることかと思います。


 ともあれ、初期段階で対処した結果、わたくしたち夫婦は最終的には孫やひ孫に囲まれて穏やかな老後を過ごす仲のいい夫婦となったのです。


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