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「うーん、やっぱり埃っぽいな……」


 いつだったか着替えを選ばせてくれた物置部屋の奥から、大きなチェストを引っ張り出してきたエリーは眉根を寄せてげほげほと咳き込んでいた。


「大丈夫?」

「ん、平気。それよりこれとかどう?」


 降り積もった埃の厚みから数年は触っていなさそうなチェストから出てきたのは、私にも持ち運びがしやすそうなサイズの革張りのトランクだ。使い込まれた飴色の牛革でできたそれは飾り気もなく少々無骨だったが、質も良く数年間放置されていた割には小綺麗で開けてみても異常はなさそうだった。


 期待以上のものが出てきたことに喜んで頷いてから、想像していたよりも小ぶりだったことに不安になって首を傾げる。正直これ以上大きなものだと私の手には余りそうな気もするが、だからといって必要なものが入らなければ本末転倒だ。


「……でも、入りきる?」

「入らなかったら俺の荷物に入れておけば良いから大丈夫だよ」


 旅行なんてまともにしたことのない私だが、にこにこと笑うエリーの顔を見てやはり通常より小さなものを選んだのだろうと察する。どうも手加減が無くなってきたような気がするエリーの甘やかしに、私はできる限り荷物を小さくまとめることを密かに決心した。


「あと着替えも追加でいくつか見繕っておいで。旅先の夜はまだ冷えると思うから防寒具もちゃんと選ぶんだよ」




 *




 あの後早速、という言葉の通り王都への行程と行き方を丁寧に説明してくれたエリオスは、夕食のあとに物置部屋をひっくり返して旅程に必要な一通りのものを用意してくれた。

 さすが行商人の家というかなんというか。ほぼ一式揃っていたおかげでエリーの直接的な金銭的な負担がほとんどなかったことにほっとする。


 すぐ近くに実家があると思い込んでいた頃はもう少しだけ気楽に構えられていたような気がするが、彼が幼なじみの――なんと表現すべきか――存在自体知らなかった双子みたいなものだったと知った今は罪悪感が明らかに段違いだ。

 そもそも彼は完全なる巻き込まれの被害者なわけで。私が申し訳なさそうな空気を出すたびに下心があるのだから気にするなとさらりと言う彼に動揺するやら、さらに申し訳なく思うやら。


 そして次の日の朝食後、エリーはさらに有り難い提案をしてくれた。


「残りの足りないものは買いに出ないとね。今から一緒に出れる? あと俺に頼みづらいものもあると思うから、俺との買い物が終わったら一人で回っておいで」

「……いいの?」


 数日間切望していた外出の許可があっさり出たことにびっくりして、感謝よりも先に驚きの声が出た。


「あたり前でしょう。君を閉じ込めておく理由はなくなったわけだし」


 やっぱりあれは軟禁されていたのか。

 わかっていたとはいえ改めて口にされると複雑な気分だ。考えてみれば薬を盛るとかもっと強引な方法で閉じ込めておくことも出来た中で、彼はだいぶ私を自由にさせてくれていたように思う。

 もちろんエリーがそんなことをするような人間だとは思っていないが、何故かそれが少し嬉しい。


「ありがとう」


 なにはともあれ念願の外出である。

 私は急いで支度を済ませると、エリーを伴って町へと繰り出した。





 自分が過ごしていた場所とは違う世界。そう理解はしていても町の様子はびっくりするくらい私が知っているそれと似ていて、私は歩を進めるたびに不思議な感覚に陥っていた。


 時折、町民らしいのに全く知らない人だとか、あるはずの家が知らない家にすり替わっていたりだとか、知っている世界との違いに遭遇しては、きょろきょろと挙動不審になる私に道行く人々はなにを思ったやら。ちらちらと感じる視線は不審者を見るそれだ。


「ほら、ニナ。転ぶからあんまりきょろきょろしない」


 とりあえずエリーには心配されてしまった。


「どこに向かっているの?」

「雑貨屋に。ちょっとした保存食とか念のために用意しておこうと思って」


 方向から町の小さな商業区へ向かっていることはわかったが、聞いて答えに納得する。私の世界と違いがなければトレイスがやっている雑貨屋のことだろう。彼は昔から私たちを弟妹のようにかわいがってくれていた兄のような存在だった。

 確かにあの雑貨屋は日用品よりも旅行だとか特別なときに重宝するものの品揃えが良い。確か――元の世界では――エリオスの父親が卸している商品も扱っていたはずだ。


「トレイスのところ?」

「そうか、知ってるのか」


 肯定が返ってきたことに少しだけほっとする。私のようにトレイスはとっくに死んでいる、なんて聞かされていたらなんて反応したらいいのかわからなかったところだ。


「トレイスはニナのことも知ってるから気をつけて」


 一人で胸をなで下ろしていた私にちらりとエリーが気遣わしげな視線を投げてきた。

 わたしはちょっとだけ考えて、それから頷く。


 まさか私がここでは死んだはずのニナだなんてこと普通の人間が考えるとは思えないが、私が彼を知っているようなそぶりを見せれば薄気味悪く思うだろう。なにせ今も童顔の私は十二歳から劇的に変わったかといえば、悲しいことに自分でも相当怪しい。私は似すぎているのだ。


 もしかしたら今も感じる視線は、私がこの世界のニナに似ていることも原因の一端を担っているのかもしれない。

 深く反省して、それからはできるだけ大人しく歩いて辿り着いたトレイスの店は、外見も私が知るものとなんら差異のないこじんまりとした店だった。


「お、珍しいな」


 来客を知らせるベルに顔を上げたトレイスはエリーを見て破顔したあとに、私を見つけて少し驚いたように目を見開く。


「なんだ彼女か?」

「だったらいいんだけどね。まだ友人止まりかな」


 まじまじと不躾な視線を受けた私はとりあえず小さく会釈をすると、エリーの陰にさっと隠れることにした。余計なことは言わずなにもしないのが一番だ。


「おまえ……こういう小さくて庇護欲そそられるようなタイプ好きだなぁ……」

「そういうこと彼女の前で言わないでくれる?」

「だってお前、これはちょっと」

「自分だって金髪ばっかり追いかけてるじゃないか」


 続く会話を内心動揺しながら聞いていた私は、皮肉混じりのエリーの言い様に少し驚いてしまった。私の知るトレイスも確かに誰相手でも軽口を叩く口の悪い男だが、エリオスがああいう軽口を相手にしているのを見たことはなかったのだ。大抵困ったように笑うだけで、皮肉を返すのはいつもクレアの役目だった。


 そのまま軽口をたたき合う二人を眺めている内に買い物は終わって、店を出た途端エリーは私をぐるりと振り返って早口でまくし立てる。


「ニナ、違うからね。トレイスは俺が昔あの子にくっついて回ってたの知ってるからああいうこと言うけど、別に俺はトレイスみたいに遊び回ったりしてないから」

「う、うん」


 私が面食らっていることに気がついたのだろう。はっとして勢いを削がれたエリーは気まずそうに私から視線を逸らすと頭を抱えて肩を落とした。


「……必死すぎてかっこ悪い……」


 落ち込んでしまったエリーにどうしていいかわからなかった私は首をぶんぶんと振って否定する。彼は大げさに首を振る私を見ると気を取り直したように笑った。


「はは、ありがとう。……ちょっと何カ所か不在の挨拶しに行かなきゃならないから、もう少し付き合ってもらってもいい?」

「うん」


 それからエリーに連れられていくつか店を回っているうちに、私はあることに気がついた。町の人にやたらと声をかけられる彼は、どうやらずいぶん町民たちに慕われているようなのだ。


「エリー、町のみんなにすごく慕われてる」

「そうかな。よく話しかけられはするけど」


 自覚がないのか首を傾げているが、元の世界でもあまり親しい人間のいない私からすれば行く店行く店全てで声を掛けられるなんて信じられないことだった。

 いや、私どころかエリオスだってこんな風に声をかけられているところなんて見たことがない。こんな風に人気を博していたのは私たちの中ではクレアくらいだ。


「がっかりした?」

「え?」


 ちょっと興奮気味に色々と思い出していたら、困ったような顔のエリーと視線が合った。


「あいつとは数時間話しただけだけど、あいつと俺って結構違うのかなって」


 ようやく彼の言わんとすることを理解して、首を傾げる。


「ニナはどうもすぐ俺を気遣うような雰囲気を出すし、クラリッサのことがあるからなんだとはわかってたけど。一応最初の頃はボロが出ないようにそれなりに気を使ってたんだよね」


 全てが知られてしまった今となっては取り繕うことも面倒になってしまったのだろう。

 エリーはまるでそれが悪いことのような口ぶりで話すが、別にエリオスと違う彼をどうこう思った記憶は私にはない。


「がっかりなんてしてない。エリーがエリオスの振りする必要なんてないし、それに」


 それを伝えようと口を開いたのにそこまで言って口ごもった私は、一瞬で自分がなにを言いたかったのかわからなくなってしまった。


 それに、なんだろうか。


 しばらく私の言葉の続きを待ってくれていたエリーは、途方にくれたように黙り込んだ私を見て静かに笑った。


「そっか。まあ、真似しようとしたところで無理なんだけどね」

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