6話。この世界を知る〜お名前は?
自分の能力で意図せず呪いの木を現出させてしまうが、味方であった。木にタバタくんと名前をつけ、護身用の杖を作ってもらったりする。そのあと、付近を通りがかった馬車がハイエナのようなモンスターに襲われていたため、ハイエナをタバタくんが殲滅。馬車の持ち主、ペボット氏に感謝されながらも、大地の守護神と勘違いされる。
「この周辺の地形がわかる地図を見せてほしい。」
色々曲解したペボット氏がさらなる誤解をする前に頼んでみる。
「もちろんでございます! 幸いわたくし商人でして、この辺りは庭のように•••」
そこまで言うとペボット氏は横転した馬車を見て、言葉を失う。
「ああ、タバタくん、悪いんだけど馬車を戻してあげられるかい?」
「ア“ー」
タバタくんが枝をまばらに伸ばしてに馬と馬車とを持ち上げる。
よいしょ。といった雰囲気で馬車を立たせる。
ペボット氏が深々とお辞儀をした後、馬車に駆け寄る。
地図を探しに行ったのだと思うが、馬車の点検も兼ねているかもしれない。
少し待つかな。
「ア”。」
タバタくんがおもむろにウツボカズラを差し出した。
今度は木の実っぽいものが入っている。
そうだった。食べ物の採取をお願いしたんだった。
「こんなに? ありがとう!」
栗っぽい実や、薄皮のある実だけが入っている。
わざわざ堅い殻を外してから入れてくれたんだな。
一つ一つの気遣いがとてもありがたい。
ドングリとかは苦いって聞くけど、感謝してちゃんと食べよう。
試しに一つ食べてみる。ほのかに甘く、花の香りがする。
普通に美味しい。
例のウツボカズラ水に似た味だと思って気付いた。
木の実がやや濡れている。
木の実のほかに小さな花びらも入っている。
「もしかして、食べやすいように漬けてくれたのか?」
「ア“。」
「キミは気遣いの天才だなぁ。」
「ア”ア“ー」
タバタくんイチャイチャしてるとペボット氏が戻ってきた。
広げた地図を石で押さえる。
「じゃあ、周辺の国と情勢。あと歴史を教えてほしい。」
どのような国であれ、歴史的な背景を無視しては理解できない。
将来どこかに住むにしても、その判断材料にしたい。
「わかりました。わたくしも伝え聞いた話ですのでご了承下さい。
まず、貴方様を含めた7柱の守護神様が眠りに就かれたあと、夜を司る女神様がーー」
「待った。」
「は、なんでございましょう?」
「歴史はここ十年くらいで。あとは自分で調べる。」
「失礼いたしました。ではーーー。」
ペボット氏の説明は非常にわかりやすくて助かった。
この地域には国は多数あるものの、勢力は3つ。
まず、今いるここは27部族連合という勢力に含まれる。
名前の通り27の部族が集まっているが、見た目も主義もバラバラ。
他の勢力の侵攻があり、それを防ぐために団結しているらしい。
次に27部族から東にある巨大な湖を挟んで向こう岸。
石でできた遺跡に暮らすエルフの勢力がある。エルフか。
自称エルフ神聖国。
エルフは魔法に長けており、魔法は神の子孫である証だとか。
しかし、27部族にも僅かながら魔法を扱える種族がいるらしい。
だから神の子孫も自称。
最後に3つ目の勢力。鬼だ。
先の二つの勢力から北にある長い山脈。その向こう。
ここからでもうっすらと見える山のことだろうか。
そこに鬼の住む国がある。しかしエルフが王として君臨している。
通称、公国。3勢力で最も強いらしい。
「鬼の国なのにエルフが王なのか?」
「ええ。かつて神聖国に双子の王子がおりまして、片方は神聖国の王に。
もう一方は公爵の地位にありましたが、領地を出て北の山へ。
それまでバラバラだった鬼をまとめ上げたのだとか。」
「へぇ•••。鬼はやっぱり強いのか?」
「はい。魔法は全く使えませんが、強靭な肉体を持ちます。
先ほどのレッサーファングとも素手でやり合えるとか。」
レッサーファング?ああ。ハイエナのことか。
27部族は始めは30部族だったという。
しかし、鬼たちが国家として侵略を開始。
1部族が滅びると、水棲可能な2部族が湖に逃げ住む。
こうして鬼の侵攻を防ぐために、残りの27で団結した•••と。
鬼たちはエルフの領域にも侵攻している。
27部族とエルフ神聖国は、公国の侵攻を防ぐために協定が結ばれた。
今は27部族とエルフ、対して鬼という勢力図だ。
なるほどな。
大体の説明を聞いたあと、一つ気になった事があった。
ここまでの話にニンゲンという言葉がなかった事だ。
人間について聞いてみたが、知らない種族だと。
俺と同じ種族だと言うと、目覚めた守護神は俺が最初だと返ってきた。
そういう意味じゃないが、言いたいことはわかった。
ペボット氏は猫耳があるだけで、人間に近い。
しかし彼は自分をダルニャ族だという。
俺はこの世界にたった一人の種族。なのか?
「これからどうなさいますか?」
種族について考えていると、ペボット氏から質問が投げかけられた。
•••どうしよう。ここまで目的もなくノープランだったから、
何をしたいとかはあんまり考えてない。
エルフを見てみたくはあるけど、そういうことでもないだろうし。
ふと思う。本当に自分以外に人間はいないのか。
もし居れば、会ってみたい。
よし。決めた。
「世界を見てまわることにするよ。」
俺の答えに何を思ったか、ペボット氏がほうと息を吐く。
そして何かを悟ったような顔。
「やはり、そうなさいますか。」
「やはりとは?」
「伝承にあった通りでした。守護神様はやがて己の守った世界を巡られ、その価値を正義で裁かれる•••と。」
「•••なんだって?」
「記憶が未だ戻らぬとしても、ご自身の使命は覚えておいでなのですな。」
マジかよ。ちょっとその伝承考えたヤツ出てこい。
万物ガチャで別の伝承に変えてやるから。
「そ、そういうわけだから、まずはエルフの国に行こうと思うんだけど。」
地図を見る。現在地は27部族領内で湖寄りの場所。
「このイシズマの街から行くのが一番近い道になるのか?」
伝説が目の前にある事に感動していたペボット氏だったが、急に真面目な顔になる。
「イシズマの街•••ですか。」
「うん。何かマズいか?」
「いいえ、問題ございません。ですが、わたくしをお連れくださいませんか?」
ペボット氏に同行を提案された。
守護神様と一緒だわーい。という雰囲気ではない。
どちらかといえば、死地に向かうような態度。
深く聞きたいけど、何かの覚悟を決めた顔に追求できない。
まぁガイドがいれば旅が楽になるのは間違いない。
「わかった。よろしく頼むよ。」
「ありがとうございます。重ねてで申し訳ないのですが、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うん?」
ペボット氏は旅の支度や道具を準備したいから、一度ダルニャの村に戻りたいと申し出ててきた。
村に歓迎しますので一緒にどうぞと提案される。
ダルニャ族には興味があるけど、住民に囲まれて守護神様と呼ばれるのはごめんだ。
ここで待ってるからいいよと返す。
「それでは、数日中には必ず戻りますので。」
「ああ。ここで待ってるよ。いなかったら名前を呼んでくれ。
俺は気が付かなくてもタバタくんはわかるから。」
「は。あ、いえ。守護神様のお名前を伺っておりません。」
「そういえばそうか。俺の名前は••••••。」
•••あれ?
俺の名前は■■ ■■。
再び顔のない彼女の言葉が蘇る。
『余分な情報は分解されて、忘れちゃうかもです。』
え?俺の名前って余分な情報だった?マジかよ。
割と大事な事じゃない?
しかし。
自分の名前も忘れてしまったということは、
■■■の名前は、自分の名前と同価値だったと思い至る。
何か少しだけ救われた気分だ。
きっと忘れた事すら思い出せない事はたくさんある。
それでも忘れてしまったことを覚えているのだから。
■■■との思い出が煌めきのようにーー。
「あの。」
急に現実に引き戻された。
ペボット氏がやや心配した顔をしている。
随分と待たせているらしい。
■■■のことを考えてたら顔が笑っていたらしい。
そんな自分がなんだかおかしい。
ってそうじゃない。
なんでもいいから思いついた言葉を言わないと!
「むっ無料10連ッ!」
この時から、この世界における名前が決まってしまった。
お読みいただきありがとうございます。
小野塚歩です。
次話もご期待ください!