ことのはじまり〜初めまして、ご主人様
ゲームのガチャを引くのが好きだ。
強力なキャラや希少なものを手に入れて、
他人より前を行くのが好きなわけではなく。
ガチャを引くのが好きなんだ。
確かに高いレアリティを引いたら嬉しい。
でも、ガチャを引く時に感じる“予想のつかないワクワク”に勝るものではない。
このワクワクを与えてくれるならゲームじゃなくてもいいんだけど。
得られるものと手軽さが釣り合ってるのはゲームくらいしかないのが現状だ。
ああ、想像を越える出来事が起きてくれないだろうか•••。
今日も、予想が裏切られることを期待しながらガチャを回す。
デイリーガチャを。フレンドガチャも。ノーマルガチャも。なんでも。
駅へ向かう道中、スマホの画面だけを見続ける。
しかし、それはスマホの外の世界から訪れた。
「ほほう•••。稀に見る強欲。秘めた力も強そうだ。」
値踏みするような女性の話し声。
同時に違和感を覚える。
実のところ、歩きスマホをしていても周りは見えている。
前に人がいれば分かるし、水たまりがあれば避ける。
ある程度の障害はスマホを見ながらでも越えられる。
そう。“ある程度”は。
じゃあ、スマホの外の景色が全て真っ白になったら?
思わずスマホから目を上げて、前にいる人物を見つめてしまう。
目の前には黒い髪に赤いドレス姿の美女。
画家の描いた理想の容姿がそのまま存在したような。
周囲が真っ白なせいか、目の前にいるのに遠く離れているかのように思える。
「我が名はクル・エル。高貴なる悪魔である。」
視線に気づいたのか、女性は話し始める。
「お主の心の声を聞かせてもらった。そのガチャとやらに心を囚われておるな?」
「ええ、まぁ•••はい。」
突然の出来事の連続に対応できず、思わず日本人的な返事をしてしまう。
しかし、彼女は楽しそうに目を細め、口の端を持ち上げる。
「ふふ•••。なればどうだ? お主に “無限にガチャとやらを引けるチカラ” を授けてやろうではないか。」
もちろん対価は貰うが、な。と続ける。
態度、提案内容、まさに悪魔の囁きそのものだ。
物語ではよくある、絶対に聞いてはいけない言葉だ。
童話における破滅への第一歩。
心のどこかから、今すぐ逃げろと声がする。
こんな見渡す限りの白で逃げ場などあるだろうか。
混乱し始めた頭を落ち着かせるために、スマホに目を戻そうとするが目を逸らすことができない。
このクル・エルと名乗った女性•••というか悪魔の赤い目を無視できない。
悪魔を名乗るくらいだし、見ただけで相手を支配するのだろうか。
「あの•••ええと•••。」
情けないことに声が出ない。
断るべきだ。
課金のしすぎで身を滅ぼした人を知っている。
彼よりも恐ろしい結末を迎えることは想像に難くない。
命を代償にガチャを引く気はない。
断れ。いいえだ。ノーと言おう。
勇気を振り絞り口を動かす。
「よろしくお願いします」
「心得た。」
クル・エルの目が「よくできました」と笑っている。
自分の弱さが情けなくて涙が出そうだ。
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「そのチカラはお主に言わせれば“万物ガチャ”とでもいうところか」
すぐにでも命を取られると予想していたが、そうではないみたいだ。
ちゃんと約束通りにチカラを与えてくれたらしい。
「呆けてないで、さっさと試してみるがいい」
なんでも良いから手のひらに載せてみろ。念じろ。と命令される。
促されるままに、百円玉を手のひらに置いてみる。
百円玉に向かって、今朝プレイしていたゲームのガチャ演出をイメージする。
ポンッ!
コルク栓を引き抜くようなコミカルな音がして、手のひらが薄い煙に包まれる。
百円玉があった場所には、見慣れない茶色の硬貨が置かれていた。
「おおっ!」
思わず声が出てしまう。これは確かにワクワクする。
やがて煙が晴れてくると、硬貨の近くに文字が浮いている。
★百円玉硬貨を消費して、1クレナント銅貨を手に入れました。
手を動かすと硬貨の位置に合わせて文字が追従する。
「何か、文字が出てきました。」
「ふむ、詳しくは知らぬが、ガチャとはそういうものではないのか? まあよい。望みのものは手に入れたな? なれば宣言通りお主の魂をーーーーー」
ポンッ!
★1クレナント銅貨を消費して、西海岸記念銀貨を手に入れました。
ポンッ!
★西海岸記念銀貨を消費して、虹色花びら貝を手に入れました。
ポンッ!
★虹色花びら貝を消費して、ムルチ金貨を手に入れました。
これは•••これは楽しいぞ。
同じ目が二度と出ないサイコロみたいだ!
ポンッ!
★ムルチ金貨を消費して、ペットボトルキャップを手に入れました。
ん? ペットボトルのフタ?
首を傾げたところでクル・エルが近づいてくる。怖い顔をして。
「キサマこの私を無視するとは侮辱しているのか!」
捻りあげるように手首を掴まれる。
狂気に染まった赤い目。
顔を覗き込んでくる。
怒りの形相。
殺される。
「うわわわわわっ。調子に乗り過ぎました!ごめんなさーーーー」
ポンッ!
★酷薄の女帝クル・エルを消費して、小悪魔リリィを手に入れました。
「ーーーーえっ。」
目の前には中学生くらいの少女がいる。
もちろんクル・エルの姿はどこにもなく。
少女がぺこりとお辞儀をする。
「初めましてご主人様。あなたのシモベです。」
初めまして、小野塚歩です。
せっかくの機会ですので、続きも読んで頂ければ幸いです。次話はこのあとすぐ投稿します。