2章 1
煙立ち上る焦土のなか、ふらつきながら辺りを見回すと、レナがユイナを抱きとめたまま倒れていた。
「レナ! ユイナ! 」
俺は叫んで駆け寄ったが、2人とも反応がない。
「返事をしてくれ!」
レナの身体にそっと触って助け起こそうとしたとき、
「…さわるな…」
と声が聞こえてきた。
「レナ? 大丈夫か?」
俺がレナを抱き起こそうとしたとき、またいつもの激痛が走り俺は悲鳴を上げて後ずさった。
「だからさわらないでって言ったでしょ!」
と言って身体を起こすレナ。
ユイナもしょぼしょぼと目をこすりながら起き出した。
「あ、すみません…無事で皆さんなによりです」
とユイナ。
「レナ、すまなかった。でも何がどうなったかわからなくて。フルルヌムスはどうした?」
「消し飛んだわよ」
「は? どういう意味だ?」
「あんた自分のやったことがまだわかってないのね。あのね、あんたのやったことは純粋破壊、生命のいかなる痕跡も残さない魔導で全て焼き付くしたのよ。っていうか周りみればわかるでしょ? フルルヌムスはどうした、って質問の答えは、あそこの泥みたいな消し炭と牙になりました、ってことよ」
レナが指差す方を見ると…確かに黒い泥のような塊が見えた…
「まあ言ってたなかった私も悪いけど、同じ指向性の魔法を正面からぶつけると反発しあって制御不能になるのよ。私とユイナは咄嗟に防護魔法をかけた上で土に潜ってたの、魔法でね」
確かに、さっきよりも地面の高度が下がっているような…
「あなたの魔導起動で起きた爆発はこの辺の土をほぼ全部刈り取ったわ。私とユイナは20mくらい潜って、ぎりぎり助かったって感じね」
2人は立ち上がって土を払った。
「いや、ごめん。そんなつもりはなかったんだが…」
「まあ言ってなかった私も悪いけどさ」
とややバツが悪そうに頭に手をやりながらレナは言った。
「でもね、次回からはほんっとうに気をつけて。同じ指向性の魔法なら絶対に正面からぶつけないで、相手の魔法に乗せて相手にぶつけるようにして。あと力の加減を本気で考えて」
「いや、でもお前俺今日初めて魔法ならって初めて使ったんだぞ。っていうかもっといろいろ事前に教えろよ」
「返事は?」
言いながら、レナの手から粒子が浮かび出していた。
「はい…」
と俺。
「まあまた練習とかはするとして、あの牙は持って帰りましょう。ギルドへの糾弾材料になるし、火竜の牙は高ーく売れるのよ」
と言ってウインクするレナ。こいつは本当にいい性格をしている。俺も思わず笑ってしまった。
「リン様、お疲れ様でした。初めてと思えないリン様の戦い方、本当に素敵でした。純潔魔導、とってもかっこよかったです! これからもユイナはリン様についていきたいです。家に戻ったらご馳走いっぱい作りますね」
と、爽やかに笑いながら話してくるユイナ。俺の希望は君だけだよ。
俺たちはその場を立ち去ろうとしたときまた声が響いた。
[小僧]
フルルヌムスだ。頭の中に重く響きわたる。
[我から盗んだ魔法で我が身を焼き尽くした貴様の猛々しい性根、我は決して忘れぬ]
俺は辺りを見回した。
どこにもいない…
[我が肉体を破壊しつくした罪は重い。必ずやこの思念体から肉体を再構築し、貴様に絶対的恐怖と圧倒的絶望を味わせてくれる。それまでの間、仮初めの命にしがみついておけ]
「竜の古代種は思念体でもしばらくは生き延びられるのがいるのよ…しつこいやつね…」
とレナ。
「フルルヌムス、貴様は俺に負けた! 事実はそれだけだ! また貴様が来たら今度は思念体ごと闇に葬ってやる!」
[戯言を…せいぜい吠えているがよい、矮小めが…]
それっきり、声は聞こえなくなった。
「…ねえリン様…何のためにあんな挑発するわけ? 今回は向こうが油断してたからうまくいったけど、次は本気で殺しに来るわよ」
レナが呆れたような声で言った。
「いや、なんとなく主人公っぽいかと思って…」
「リン様、そういう設定、いらないと思います…」
とユイナ。
俺たちは焦土と化した丘陵地帯を後にした。改めて見ても凄まじい破壊で、俺は自分が大量破壊兵器になったような気がした。
「ほら、これがあたしたちが戦ったリザードドラゴンの牙、証拠よ!」
レナが軽量化の魔法を使って運んできた牙は大きすぎてギルドの中に入らないため、俺たちはギルドの外で牙をギルド受付兼支部長のリムルに見せた。ギルドの面々からどよめきが起きる。
「おいレナ、それ本当にリザードドラゴンか? 大きすぎるだろ」
「そうねえ…ね、リムル、みんなもこう言ってるし、確認してみたら? 鑑定かけてみて。そしたらこれがリザードドラゴンかどうかわかるでしょ」
リムルは眼鏡をくっと持ち上げ、
「わかりました」
というと手を振り上げで魔法を唱えた。
「鑑定 符呪[enchant]」
空中に映像が浮かび上がった。
[火竜の牙 Lv.83 推定鑑定価格 2,500万ハルム]
うおおおおおおっ! と周囲からどよめきが起きた。
「大変申し訳ございません、リザードドラゴンと思ってましたが火竜でしたね。これはギルド側の過失です。こちらの依頼主…国王ですが…側にも伝えておきます。おそらく報奨金も弾むでしょう」
とリムル。
「ちょっとあんた!」
とレナ。顔が真っ赤になっている。
「報奨金も弾むでしょう、じゃないでしょ! もう少しで全滅、っていうか生きて帰ってこれたのが奇跡って状況なのよ! リザードドラゴンとLv.83の火竜じゃ全く別次元、そんなこと他ならぬあなたならわかるでしょう! 準備も何もない中、突然魔術炎ブレスに囲まれてみなさいよ」
「申し訳ございません」
とリムル。あくまでも冷静である。
「は? それだけ? そんな一言で終わらせるの?」
食い下がるレナ。
「報奨金は弾むと思います。また今後このようなことのないように努めます。申し訳ありせんの一言では終わりませんよ、レナ。ところで…」
リムルは探るような視線を俺に向けてから、レナに聞いた。
「あなた方はどうやってこの火竜を屠ったのですか? レナとユイナが強いのは知っていますが火竜は桁違いです。五竜の一位ですよ。ほぼ伝説上の存在ですし、そんな魔族がここまで来ているのも恐ろしいことです。だからこそ、ぜひ勝利の成功談を聞かせてもらいたいです」
「何よそれ、あなたあたし達がやったことを疑ってるわけ?」
とレナが強めに出るが、周りは少しざわつき出していた。そういえば、たった3人でどうやってやったんだ? レナは確かに高位の魔法使いだけど1人じゃ流石に無理だろ? あのあそこにいる男はなんなんだ? など…
俺は落ち着かなくなりレナを見たがレナは平然としていた。
「そうね、私たちだけじゃ無理だったわ。ここにいるリンが最後は仕留めたのよ」
おお、あいつが…と声が群衆から漏れる。
俺はレナにだけ聞こえるように囁き声で話した。
「おいおいまずいんじゃないのか。俺が純潔者だってのは秘密なんだろ」
「まあいいから任せて」
レナは素早く囁き声で返す。
「その方、リン、でしたっけ? リンは魔法使いでしたよね? レベルはまだ高くないと思いましたが…」
「そうね、レベルは高くないわ。でも彼は特殊な訓練を受けてて殺傷能力の高い爆発系の魔法が使えるのよ。それを上手く使って勝ったわけ」
「すみません。それだけではよくわかりませんが」
レナはにやりと笑った。
「そうね、ごめんごめん、これだけじゃわからないよね。もちろん単に爆裂じゃ勝てないわよ。だから私たちはあいつを挑発してわざとブレスを吐かせて、リンの爆裂魔法に私の指向解析を加えて…火竜フルルヌムスの魔法の解析をして…全く同じ魔導指向を持つ魔法を正面からぶつけたの。そうしたらどうなるかはわかるでしょ? 同じ魔導指向同士反発しあって大爆発。私たちは防護膜を張って離脱したからなんとかなったけど、フルルヌムスは予期してなかったからもろに食らったってわけ」
得意げにリムルを見やるレナ。
こいつといて段々わかってきた。こいつは天才魔法使いなのかもしれないが、俺への事前説明のなさとか、色々と大事なところが抜けているのだ。多分今の説明も…
「なるほど、確かにレナの能力ならそれくらいできそうですね」
レナは満面の笑みだ。
「ただ疑問に思うのですが、それは同じ魔法をぶつけただけなのでは? 彼が純潔者で火竜の魔法をコピーしてぶつけた、ということも考えられますよね?」
とリムル。俺をじっと見る。俺は童貞臭が漏れていないが心配になってきた。
「彼は、その、とっても純潔者っぽく見えますね。いえ、私の気のせいかもしれませんが…」
周りががやがやと騒ぎだす…確かにそうだ、あいつは純潔者じゃないか、見た感じからそうだ、などなど。
俺は口を開こうとしたが、レナが笑い声をあげた。
「何言ってるのリムル、彼は非純潔者、ただの男よ」
リムルはふっと鼻で笑った。
「どうでしょうね。確かに私の魔力感知では彼は非純潔反応ですが、そんなものはあなたの魔力があればどうとでもごまかせるでしょう」
「しつっこいわねあんた! 自分のミスを棚に上げてさっきから何なのよ!」
とキレるレナ。いやでもリムルの突っ込みももっともだろ、と俺は思った。実際俺は純潔者だからだ。
「なら言うけど…あたしは彼が非純潔者だっとことはもう知ってるわ。確認済みよ」
と言いながら赤くなるレナ。なんだ?
「どういう意味ですか?」
とリムル。
「だって、その、き、きのうの夜、わたしたち、その、したから…」
と真っ赤になりながら説明するレナ。
俺は口をあんぐりと開け、周りの冒険者達は一斉に大声をあげた。レナ好きだったのに、レナをとられた、なんと羨ましい…などなど。いや、俺もそいつが羨ましいわ。なにを言ってるんだこいつは…
「わかりました。レナ、ありがとうございます。ギルドとして、純潔者を抱える訳にはいきませんから、念のため確認しました」
とリムル。俺の方に向き直り、
「リン、レナの言っていることは正しいですね?」
と聞いてくる。
俺は少しどもりながら、
「た、正しいです」
と答えた。
リムルはじっと俺を見てくる。こいつ、妙な圧がある…
「わかりました。では一応、証明のために、ここでレナとキスしてもらえますか?」
俺はまたあんぐり口をあけた。周囲からもごうごうと声がする…なんでだ、不当だ、見せつけるな、とかとか。
「なんでそんなことしないといけないのよ!」
とレナがまた今度は怒りで顔を真っ赤にして激怒している。
「お嫌ならいいです。リンを魔術免疫室で調べますから。でもあなたがは、昨夜したんでしょう? ならキスくらいどうってことないでしょう。なにもこの場でまぐわえといっているわけではないのですから。いつも理知的なあなたらしくないですね」
と笑いながらリムル。ようやく気づいたが、こいつレナをからかって楽しんでいるな…レナはすぐムキになるし、確かにからかうのは楽しいだろう。
「わかったわよ、そのくらい、もちろんできるわよ。リン様!」
と叫び俺の胸ぐらを掴むレナ。いや待ってもうすこし心の準備を…
「目くらい閉じなさいよ! 気が利かないんだから!」
と小声で罵られた俺は目を閉じた。すると、レナの唇が俺の唇にそっと触れた。
いつも厳しく攻撃的な言葉ばかりが出てくる唇は不思議と柔らかく甘く、俺は周囲のはやし立てる声も忘れてその感触に没入した。レナはこうしているととても甘やかな、可憐な優しい女の子に思える。
俺はこれが俺のファーストキスであることも忘れてぐっとキスに没入していった。
俺たちは口づけを続けた。まるで俺たちしか世界に存在しないかのような、それは素晴らしい時間だった。
レナが唸り声をあげなから俺の胸ぐらを掴んで吊るし上げようとしていることを除けば、だが。