1章 3
俺達は冒険者ギルドを目指して街を歩いていた。
「まず最初は簡単な魔族退治のクエストこなして、どのくらいリン様が力あるか試してみよ」
レナの家は高台の上にありティルティウスの街が一望できる。白い石造りの建物が目立つ美しい港町で、獣人や多様な人種が入り乱れる活気溢れる街だった。
「はい、ご主人様」
と俺。
引き続きフラットに、何の感情も見せずにこたえた。
「リン様、まだ怒ってるの? もういい加減拗ねてないで機嫌なおしてよ」
「私は普通です、ご主人様」
俺。
「もうほんっとうに、いい加減にしなさいよしつこいわね!」
レナがついにキレて俺に食ってかかり出したが俺は引き続き無表情を貫いた。
「ほんっとにしつっこいわねあんたって。さすが25年間純潔を守り抜いただけあるわ! ちょっと昨日警告しただけで何でそんなにいじけてんのよ。言いたいことあるならはっきり言いなさいよ!」
「じゃあ言ってやるよ! お前あの純粋苦痛とかいうふざけた魔法は二度と使うな! 俺はお前に召喚してくれなんて頼んだことは一度もねーからな! 勝手に召喚されて、それでも手伝ってやろうとしてるんだから感謝しろって話だろうが!」
「感謝されるのはこっちでしよ? あたしはあんたがあんたの純潔を守れるようにっ…何よユイナ」
ユイナがレナの袖を引いている。
「レナ様、声が大きすぎます、リン様が純潔者だってバレちゃいますよ!」
見ると俺たちの声に惹きつけられた群衆が何事かと取り囲み出している。
「いや…まあいいわ、とにかくそのふざけた態度、二度ととらないでね!」
「おめーも二度と俺にあのふざけた魔法使うなよ!」
と言いながら俺たちは冒険者ギルドに入った。酒場のようなサロンのような空間だ。
レナとユイナはすでに冒険者登録済みだったため、スムーズに俺の登録も終わった。
「パーティ名は何にしますか? あとパーティリーダーはどなたですか?」
ギルドの受付をする綺麗な落ち着いた眼鏡をかけた女性-リムルと名乗った- が聞いてきた。
「パーティ名は…元々は何なんだっけ?」
と俺。
ユイナが答えてくれて、
「黄金の季節ですわ」
「は?」
「もう一度言いますね。黄金の季節、です」
「いや…なんでそんな名前なんだよ? 映画じゃねーんだからわかりにくいだろ」
「悪かったわね、わかりにくくて」
とレナ。
「お前が名付けたのか?」
「だったら何なのよ」
俺は改めてレナを見改めた。
「要はお前が金髪だから、ってことだよな」
レナはさっと顔を赤らめた。
「違うわよ。私たちが依頼主に黄金の季節を届けますよ、って意味よ」
「まあどっちでもいいけど、3人になったことだし変えてみてもいいんじゃないか?」
「例えば? そんなこと言うくらいなんだからアイデアあるのよね」
「そうだな…」
俺は前テーブルトークRPGで使っていたパーティ名を思い出していた。そうだあれは…
「…全天に穿つ蒼穹、にしないか?」
「ふーん…どう言う意味があるのよ」
「俺たちは人間、エルフ、猫獣人の3人でそれぞれ戦闘能力も違うだろう? 俺とレナの魔法は種類が違うし、ユイナはレンジャーだ。だからこそ、全方位に向けて広い範囲の敵をカバーできる、それが俺たちの良さだ」
俺は少しフォローすることにした。
「もちろん黄金の季節も悪くない、むしろいい名前だと思う。お前の美しさにふさわしいしな」
レナはうっすらと嬉しそうな表情をした。
「こいつ意外と可愛いとこもあるんだよな…」
「はあ? あんた突然何言ってんのよ?」
とレナは顔を赤らめる。
「あーいや、ごめん今のは…考えが漏れたやつ」
「もう、わけわからないこと言わないでよね」
と言いながらレナは満更でもない様子。
「私はリン様の案に賛成です、素敵な名前ですね」
とユイナ。レナの様子を見て面白がっているようだ。
「レナ様のお可愛らしい様子も見れたことだし、全天に穿つ蒼穹で良いのではないでしょうか?」
「もうユイナまで…まあ、じゃあそうしましょうか」
とレナ。
これからこいつにはこうやって適度に機嫌を取るようにしよう。そうすればあの純粋苦痛とか言うふざけた魔法を使わせないで済む。
「かしこまりました、ではその名前で登録しますね。リーダーはレナさんのままでいいですか?」
「いえ、リンがリーダーよ」
とレナ。
「は? え? なんで?」
今までリーダーなんてやったことがないんだが…
「いいから。あなたはみんなの象徴になるから。だからリーダーである必要があるの」
「わかった」
と俺は答えた。
レナをリーダーにしてめちゃくちゃな要求をされるよりマシだ。
「じゃあリーダーはリン様ですね。今日受けられるクエストはこちらになりますがご興味あるものがあれば教えてください…」
レナとユイナは以前にもこうやってパーティーを組んで冒険に出たことがあるらしい。
「リン様の肩慣らしとしてはちょうどいいとクエストだと思うわ。リザードドラゴンは中位レベルのパーティーにちょうどいい相手だしね」
リザードドラゴンがいる丘陵地帯までは2日かかるため、俺たちは途中の平原でキャンプをしていた。ユイナが設営してくれたのだ。
「ユイナ、キャンプすごく居心地がいいよ。ありがとう」
俺が声をかけるとユイナは嬉しそうに微笑んだ。実際テントから寝袋、食事も火を使って本格的な兎のグリルがでてきて、素晴らしいものだった。
「ユイナは単なるメイドじゃなくてレンジャーだからね。ハンティングできて掃除までできる子は中々いないよ」
となぜかレナが得意気に語る。
実際、ユイナの狩猟技術は大したものだった。猫本能がサポートするのか獲物の気配を感じ取り、迅速に構えに入るやひと弓で兎を仕留めてしまったのだ。
「私の種族では、普通ですよ」
と謙遜するユイナ。いや実際、昨晩俺のことを押さえつけて襲いかかってきた女の子と同じ人とは思えない。可憐である。
俺は周りから薪を拾い集め、レナが魔法で火をつけたキャンプファイアーを囲みながら、ニートの頃には感じられなかった感覚を得ていた。
「質問なんだが」
「なに?」
「もし魔法で火が起こせるなら、そもそも薪なんて集める必要はないんじゃないか?」
ユイナがふっと笑って答えた。
「おかしなことおっしゃいますね、リン様は…これは火を起こしているんじゃなくて、キャンプファイアーをしているんですよ。全然違うことなんです。木が爆ぜる音聞こえますよね?」
パチパチと静かな音が周囲を包み、ユイナとレナの顔を照らす。
「リン様は本当に異世界の人って感じだね。一つ一つ、変」
とレナ。
「そうそう、リン様。明日の戦いの事だけど、もう少し説明するね」
レナは火を掻き混ぜながら説明を続けた。
「リザードドラゴンは魔族だけどどちらかというと知能は低めで魔法もつかえないわ。ただしブレスは魔法効果を帯びているから気をつけて」
「気をつけてってどうすりゃいいんだよ」
と俺。そんな”とりあえず適当にうまくやれ”みたいな指示では戦えません。
「戦闘に入る前に私がパーティー全体に防護魔法をかけるから安心して。真正面から受けない限り死ぬことはない、はずだから」
「だからその、”はず”ってのはやめてくれよ…」
ユイナが笑いながら言った。
「リザードドラゴンは私とレナ様で何度も戦ってきてますから心配ないですよ」
「リン様の魔法を使えば大丈夫」
とレナ。
「そうそう、それなんだが、一体どうやって魔法を使えばいいんだ? 使い方も、何が使えるかもまるでわからないんだが」
「リン様が今使える魔法は1つだけ。見せてあげるね」
と言ってレナが手を振ると俺の魔法一覧の様な映像が中空に浮かび上がった。ちょうどRPGのステータス画面のような感じだ。
「これも魔法なのか?」
「そうね。私は魔法使いだからこういう色んな魔法が使えるけど、リン様は純潔魔導師だから特殊なの」
ステータス画面に表示された俺の使用魔法は…
“解析複写”
となっていた。
「なんだこれ? これだけ?」
「そう、これだけ。これが純潔魔導師の一番ユニークで、最強なところなのよ」
と言いつつ、レナは微妙に可笑しそうに笑った。俺はその笑い方にやや不穏なものを感じ取りつつ、さらに聞いた。
「この解析複写、っていうのは何ができるんだ?」
「これはね、自分が受けた魔法の効果を解析して自分でも使えるようになる魔法だよ。純潔魔導師は私みたいな普通の魔法使いと違って、自分で魔法書を読むとかアイテム使うとかして魔法を覚えることはできないの。その代わり、自分が受けた魔法、敵意を持つものから受けた魔法はそっくりその効果をコピーして、そのうえ効果レベルも何倍何十倍にもして魔導発動することができるの」
「なるほど。ということは…」
「そう、リン様は今回リザードドラゴンのブレスを全身に浴びてもらってその魔導を複写して、それをリザードドラゴンにぶつけて勝つ、っていう筋書きなわけ」
と言いながらレナはとても嬉しそうにニコニコしていた。
「わかった」
俺はこのふざけた呪いに本気で腹が立ってきた。
「そしたら俺はわざわざドラゴンの前に飛び出して、
”はいこんにちは、ブレスしてください!”
と言って、ブレスでやられまくる。そういう自殺行為をしないと魔法が学べないってことなんだな?」
レナは笑いながらコクコクと頷いた。
「で、お前はなんでそれがそんなに嬉しそうなんだよ」
魔王がひねくれているというが、どう考えても今のところ最も悪魔的なユーモアを好むのはレナだ。こいつはエルフの皮を被った悪魔なんじゃないか?
「リン様の成長を見届けるのが嬉しいなって、そういう気持ちだよ」
俺がドラゴンのブレスに真っ向から吹かれるところを見るのが楽しみでしょうがない、という意味だ。
「純潔魔導師は真っ白なキャンバスだから、そこに絵を描けばどんどん強くなる。そのために攻撃を受ける必要がある、ってことみたいね。まあこれってねじくれた魔王の呪いだから仕方ないよね。でもリン様は純粋苦痛もお好きだったみたいだし、受け身で責められるの好きなんだから、ちょうどいいんじゃない?」
俺は手近にあった木をキャンプファイアーに放り込んだ。
「いやもう、お前どう考えてもこの状況を楽しんでやがるな」
と言って俺はふっと気がついた。
「待て、俺が受けた魔法をコピーできる、ってことでいいんだよな?」
「そうだよ」
「じゃあなんであの純粋苦痛を俺はコピーできないんだ?」
レナは小馬鹿にするような表情を浮かべて、
「あのね、最初に言ったけど、敵意のある者から受けた魔法じゃないとコピーできないのよ」
「いやでも、お前どう考えても俺に敵意あっただろ特に昨日の夜は…」
「ぜーんぜん。あれは、教育。愛情。絶対に敵意なんかじゃないよ。なんならもう一度試してみる?」
と言われて俺は全力で首を横に振った。
敵意も全くなしであれだけの苦痛を与えられる。
どっちかというと、そっちの方がサイコパスなんじゃないか…
俺は自分の命があることに感謝しながらこの世界の最大の脅威は現時点ではレナかもしれないことを改めて認識し、寝袋に入って寝ることにした。