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気晴らしには買い物が定番らしい


 子供の様に泣きじゃくりながら今まで溜まっていたものをぶちまけた後、お母さまの行動は早かった。


 侯爵夫人であるお母さまの持っている人脈はすさまじく、数日後にはお母さまの元へ書類が次々と届けられる。すべての調査が終わったと、朝食後にお母さまから書類が渡された。


「読まなくても別にいいけど、渡しておくわね」


 そう言われて受け取った書類はそれなりに分厚かった。


「ありがとうございます」

「リアーナ、無理はしないのよ?」


 小さな子供にするように、優しく頬を撫でられた。お母さまの後姿を見送って、わたしも自室に戻る。

 長椅子に座り、覚悟を決めて書類をめくった。書かれている内容に息が苦しくなる。


 裏付け調査を行った結果、わたし自身は聞いても頭が真っ白になってしまい曖昧なことしか覚えていない言葉さえも判明した。明らかになった言葉はわたしの心を抉った。


 別にファーガス様を好きではない。顔合わせ当初から節度ある接し方で、優しくされた覚えはない。婚約前から、色々の人の噂で女好きで複数の愛人を持っていたのは知っていた。


 初めは不誠実な彼との婚約は嫌だとかなり抵抗したのだが、そこは貴族。

 わたしの我儘が通るわけもなく婚約が成立した。

 その時、わたしは14歳で、彼は19歳。


 初めてエスコートされた観劇で彼の愛人たちと引き合わされた。お互いを知り合うためと言われて連れてこられた先にいた愛人たちに、頭の中は真っ白になった。


 両親の冷めた関係、父親の愛人巡りや母親の愛人たちへの態度を見てきたので、すぐさま表情を取り繕った。


 幼いころから侯爵家のような家庭が当たり前だと思っていた。他の家族の形があると知ったのはセスと出会った頃だ。

 セスは伯爵家だが、彼の父である伯爵は夫人をこよなく愛していた。当然愛人なんていないし、子供にも愛情を持って接する。たまに会う二人はいつも幸せそうだ。


 その姿を見て密かに憧れた。

 だけどわたしの婚約者はファーガス様だ。

 彼は一人の女性に愛を注ぐ人ではなく、沢山の種類の違う愛を持つことができる父親と同じ人種だった。


 それでもどうしてもこうして涙が出てきてしまうのは、女としてのプライドを傷つけられたからだと思う。わたしだって年頃の娘なのだから、好きではないけど婚約者に馬鹿にされて悲しかった。

 言葉の刃が鋭すぎて、本来ならば彼との距離を縮めるはずが委縮して立ち止まってしまった。子供だと言われればそれまでだが、どうにもならない。


「お嬢さま」

「なあに?」


 部屋の隅に控えていたエリーがそっと声を掛けてきた。心配をかけているのはわかっているが、どうにもこうにも気持ちが沈んでいく。


「気晴らしに魔術塔へ行ったらどうでしょう?」

「魔術塔?」


 泣きながら顔を上げれば、アニーは心得たように頷いた。


「気持ちが落ち込んでいる時には好きなことをするのが一番です。お嬢さまは買い物で発散する性格ではありませんから、お好きな魔術に触れていたらいいのかと思いまして」

「……普通は買い物に走るの?」


 エリーの提案に思わず涙が止まる。彼女は力強く頷いた。


「あとは甘い菓子を吐くまで食べ続けるとか、正体不明になるほど酒を飲むとかでしょうか。屋敷にある皿を破壊しつくすというのもいいと思います」

「その中で買い物が一番まともそうに思えるのだけど?」


 ありえない内容に気持ちが報告書から逸れた。エリーは少しだけ首を傾げた。


「まともでしょうか? 買い物で発散する場合は、破産する覚悟がいります」

「どれだけ買うのよ」

「気持ちの赴くままです。限界までお金を使って使って使って発散するのが醍醐味です」


 自分が街で何も考えずに買い物をしているところを想像し、何故か楽しいかもしれないと思ってしまった。幸いにして、わたしは侯爵家の娘だ。お父さまに強請ればそれなりのお金をもらえるだろう。


「……お父さまの所に行ってくるわ」

「では先触れを」

「いらないわ。今日は来客はないはずだから、直接行くわ」


 エリーを引き連れて、お父さまの執務室の扉を叩く。中から家令が出てきた。


「お父さまに会いたいのだけど」

「どうぞお入りください」


 扉が大きく開いて、中に入る。重厚感のある執務室にはでっぷりとした狸が座って仕事をしていた。


 女心の分からないどうしようもない父親であったが、領主としては非常に優秀。

 優秀でないと愛人を3人も囲っていられないため、頑張っているのだ。それに領主としての仕事をしている限り、お母さまは多少のことは目をつぶる。


「おお、どうした? もう少し引きこもっているのかと思っていたぞ。しかし殿下も男としての甲斐性がない。もし必要なら私のお勧めの薬を渡そう。初夜の前に酒に仕込みさえすればよい」


 娘に夜の薬を勧める繊細さに欠ける一言に顔が引きつる。お父さまは本当に侯爵家の当主なのかというぐらい、男女については下品だ。夜会でも声高に老害どもと自慢話を混ぜながら語り合っている気がしてきた。


「婚約破棄するのだから、ファーガス様のことはもういいの」

「そうか? 考え直した方がいいんじゃないか? 確かに殿下は女癖は悪いかもしれないが、結婚すると男は変わるぞ?」


 どうしても婚約を継続したいのか、お父さまは機嫌を取るような明るい口調で考え直すように勧めてくる。


「婚約破棄については考え直す気はありません。それよりも気晴らしに買い物に行こうと思っているから、街で使えるお金が欲しいわ」

「……そうか。まあ、ゆっくり考えたらいい」


 考えるも何も、わたしの中では決定事項だ。もう婚約については話さないという意思表示を込めて強い口調でお金を要求する。


「お金、ください」

「わかった。すぐに用意しよう。買い物もいいが劇はどうだ? 今、街に有名な旅の一座が来ていてな、劇場を借り切って芝居をしている。ホーソン侯爵家として1階ボックス席を押えているから見てくるといい」


 そう言って、さらさらと何やら書きつけた。


「……お父さまと劇。なんだか合わないのだけど」

「そうだな。主に睡眠を取りに行っている。眠りに誘う声が特に素晴らしい。気持ちよく眠れるぞ」


 どうやって防音をしているのだろう。お父さまのいびきは耳を塞ぎたくなるほど大きく重低音だ。しかし席で防音したら女優たちの声が聞こえない。


 よくもまあ、愛人たちもこの親父と劇を見ようと思ったものだ。芸術など理解するような人ではないのに。劇場の1階ボックス席は中央ボックスと同じくらい良い席である。その席を押えているということは周囲へ我が家の経済状況が潤っていることを示している。

 貴族の見栄と自慢であることは理解するが、本当にもったいない。芸術もお金も道端に捨てているようなものだ。


 劇場へ一筆を書いた手紙とたっぷりの現金をもらって退室した。


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