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予想外の情報に後悔


 2度目は簡単に近くまで寄ることができた。護衛達の目をかいくぐってぴょんぴょんしながら、ファーガス様のいる部屋に向かう。


 昨日と同じ手順で結界の網目に穴をあけ、ぴょんと中に体を滑り込ませる。この時間ならもう起きているだろうから、目指すのはバルコニーだ。


 適当な部屋のバルコニーから耳を側立てて中の様子を伺った。次々に確認していけば、応接室にファーガス様はいた。どうやら来客中らしい。


 ただし中を覗くかどうかは考え中。


 また逢瀬だったりしたら困る。わたしはまだ17歳のうら若い乙女なので、生々しい実演はいらない。結婚するまでは恥じらっていたいと思うのが乙女心だ。


 とはいうものの、睦みながらヒントになるような言葉を漏らしているかもしれないので、仕方がなく、本当に仕方がなく、耳を側立てる。


 ウサギの耳はとても高性能だから、中の声は判別できる程度には聞き取れる。窓の外の死角になる場所でじっと体を固まらせながら耳に集中した。


「一体どういうつもりなの! いい加減になさい!」


 キーンと耳がやられる。あまりにも甲高い音に耳が痛んだ。反射的に長い耳を前足で押えた。突然入ってきた甲高い大音量に頭の中がガンガンする。


 やっぱり性能を落とすべきかもしれないと涙目になりながら今夜にでも改善しようと心に決めた。でも中の様子も気になるので、このまま聞いていたい気もする。


 しばらく悩んだが、覚悟を決めるとそっと右耳だけを中に向けた。これで頭が痛いほどの音を拾ったら今日は諦めるつもりだ。


「母上、声を落としてください。耳が痛い」

「お前がいつまでもふざけたことをしているから、怒りがこみあげてくるのでしょう!」


 落ち着いたファーガス様とそして母上と呼ばれた女性。


 え、この声、側室様の声なの?


 信じられなくて愕然とした。

 婚約した時に挨拶した時はとても落ち着いていてしっとりとした美女だった。ファーガス様は側室様とよく似た顔立ちをしていて、母親似なのだなと感心するぐらいその美貌が受け継がれていた。正直に言えば王妃様よりも側室様の方が美しい。


「ははは。ふざけていると言われると耳が痛い。貴女の血を継いでいるのだから仕方がないと諦めてください」

「わたしが何だというのよ」

「私が事実を知らないと思っていたのですか? いやはや目出度い頭をしていますね」


 険しさの伝わってくる側室様の声に、揶揄うような、馬鹿にしたようなファーガス様の声。


 親子の会話とは思えないほど殺伐としている。


 その会話を聞きながら、わたしは首を傾げた。側室様とファーガス様はとても仲のいい親子だったはずだ。側室様はとても穏やかな美人で、ファーガス様もそんな母上様を大切にしていた。


 だが、どうだろう。

 今の会話を聞く限り、仲が良いというよりもぎすぎすした感じがする。理由はファーガス様の言っていた事実というやつだろうか。


 忙しく頭を働かせながら、二人の会話を盗み聞く。


「いつまでも何の益もない女と遊ぶのはおやめなさい。貴方は望めば王位が取れる位置にいるのだから。今からでも遅くはないのですよ」


 突然、媚を含んだ艶やかな声音に変わる。どんな表情をしているのかはわからないが、その変化に対してファーガス様が狼狽えたような雰囲気は感じない。小さなため息が聞こえた。


 側室様がさらに蠱惑的な声で訴えかける。


「お前の隠している力はこの国に必要なものだと思わない? それにホーソン侯爵の娘と結婚すれば、上位貴族の後ろ盾もできるわ。第一王子よりもはるかに強い後ろ盾よ」


 隠している力?


 何のことだろう。上位貴族の後ろ盾、というのは我がホーソン侯爵家とラヴィーン侯爵家のことを言っているのだと思う。確かに貴族の力関係は第一王子の後ろにいる宰相家よりも強いかもしれない。


 ただし、政治関係はからっきしではある。領地経営は上手くやっているが、国の規模は無理だ。


 そのうえホーソン侯爵家もラヴィーン侯爵家も魔術の家系で、魔術馬鹿が生まれやすい家系であることも無視できない。


 それはこの国の貴族たちには周知の事実で、昔野望を持っていた誰かが中央に近い位置に据えた時、予算のすべてを魔術研究に振り分けて大騒動したらしい。

 魔術馬鹿に莫大な資金を預けたらそうなる。分配するなど、これっぽちも考えていなかっただろう。


 それ以降、たとえ力が強いと言われても誰も政治にかかわらせようとは思わない。研究費をちらつかせながら、国防に当てるのが一番力を発揮する。やはり王座に就きたいのなら、政治に強い家系を取り込むのがこの国の常識だ。


「母上。妄想妄言はこの部屋でいくら喚いてもらってもいいですが、くれぐれも外では言わない方がいい。荒唐無稽すぎて失笑を買いますよ。折角、人よりも見た目がいいのだから、頭の悪さを披露する必要はないでしょう」

「お前は!」


 さりげなく棘のまぶされた言葉が癇に障ったのか、再び側室様が声を荒げる。それだけではなく、がつんという鈍い音もした。


 その音にびっくりして思わず押さえていた左耳を離してしまう。二つの耳で中の様子を探れば、呻くような小さな声がした。もしかしたらファーガス様が怪我をしたのかもしれない。


 ファーガス様と側室様の声が聞こえたが、小さいため内容がわからない。部屋の中がどうなっているのか気になった。耳に集中して声を拾おうとするが、話していることがわかってもやはり言葉はつかめなかった。


 我慢ができずにそっと部屋の中を覗いた。


 長椅子に座るファーガス様と立ち尽くす側室様。

 ファーガス様は頭を押さえていた。よく見れば押えている手が赤く濡れている。


 血……?


 血?!


 ぎょっとしてその場に固まった。一体何を投げつけられたのだろう。


「打ち所が悪かったみたいだ。血が止まらない」


 彼は押えていた手を離してべったりと血の付いた手のひらをしげしげと見ている。あれだけ血が出ているのならかなりぱっくりと切れているはずだ。


「すぐに侍医を……」


 血を見て動揺している側室様をしり目に、ファーガス様は小さく何かを呟いた。その言葉を聞いて、唖然とする。


 どうして魔術を?


 ファーガス様が魔術を使えるなんて聞いたことがない。しかも治癒に関する魔術はとても難しいはずだ。次から次へと知らない情報が入ってきて、頭が混乱した。


 動揺しすぎて、思わず窓ガラスに爪を立ててしまう。小さな音が立った。その音に反応して、ファーガス様が窓を見る。


 まずい。


 反射的に隠れた。


 ばれた?


 緊張で嫌な汗が出るが、聞こえてきた侍従の声にほっとした。音に気がついて入ってきたのだろう。


「側室様、それ以上はいけません。お部屋にお戻りを」

「たかが侍従がわたしに指図をするの! わたしはこの子の母なのよ!」

「母上」


 喚く側室様にファーガス様が落ち着いた声を掛けた。


「何よ」

「そろそろ王妃殿下の我慢も限界になります。いい加減現実を見てください」

「わたしはお前のためを思って……」

「それが迷惑だと言っている。王座など興味はない」


 先ほどの宥めるような柔らかな声ではなく、どこか突き放すような冷たい声にわたしの体が震えた。

 普段から冷たい視線や馬鹿にしたような態度を取られることも多いが、それが優しいと思えてしまうほどの冷ややかさだ。もし直接顔を合わせていたら震えてしまうかもしれない。


「ファーガス」

「お帰りを。できれば離宮に籠って出てこないでください。あまり妄想がひどすぎるとどうなるかわかりませんよ」

「わたしを脅す気なの?」

「脅す? そんなつもりはありません。事実です」


 ドレスの衣擦れの音がした。同時にかつかつとヒールの音が聞こえ、徐々に窓から離れていく。


「ああ、それから母上」


 先ほどとは違い暢気そうな声でファーガス様は呼び止めた。側室様の足音が止まった。


「お茶に注意してください」

「どういう意味?」

「さあ?」


 お茶に注意、って今の流れから言ったら毒?!


 今更ながら、盗み聞ぎしたことを後悔した。

 弱みを握るどころか、中での会話を知っていると知られることが不味い気がする。


 最悪、物理的に抹殺?


 後悔に体を震わせた。



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