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カミラ様の選択


 べサミーは迷うことなく離宮の中に入って行った。いつも立っている二人の護衛が入り口にいない。結界は張ったままであるが、カミラ様の所に出入りしていたべサミーなら引っかからない。きっと入るための許可証のようなものを持っている。


 彼女が見えなくなってから、わたしも離宮へと入った。3日間しかいなかったが、ある程度の間取りは覚えている。カミラ様の部屋は3階の一番奥の部屋だ。2階に上がっていくつかの角を曲がった後、3階への階段がある。お茶の時間に案内されていたので、その道もよく覚えていた。

 ただ廊下には絵画は飾られているが物が何も置かれておらず、隠れるところがないので、気がつかれないようにするにはそれなりの距離を置く必要があった。


 べサミーが2階に上がって見えなくなったところで、わたしも階段を上り始めた。ゆっくりと気配を殺しながら、2階に上がる。上がり切ったところで後ろからぐっと腕を掴まれた。突然のことで思わず声が漏れた。


「きゃ」


 慌てて悲鳴を飲み込んだ。誰だろうと恐る恐る振り返れば、厳しい表情をしたセスだった。


「セス、なんでここにいるの?」

「お前こそ、どうしてまた入ってきたんだ」


 咎めるようなきつめの口調に思わず怯んでしまう。セスとは言い合いをしたり喧嘩もしたりしてきたけど、このような態度のセスと接したことがなかった。慌てて言い訳を並び立てた。


「コルケット伯爵夫人が入っていたのを見て追ってきたの。なんだかとても切羽詰まったような顔をしていて、心配になって……」

「コルケット伯爵夫人……殿下の愛人の?」

「そうよ。多分カミラ様のお部屋に向かったと思う」


 セスの眉間のしわが深くなった。若いうちから眉間に皴なんて寄せていたら、痕になりそうだ。そんなどうでもいいことを思いながら、首を傾げた。


「セスはどうしてまだここにいるの? ファーガス様の後を追ったのではなかったの?」

「……カミラ様の部屋がわからなくて」


 それもそうだ。セスは離宮に入るのは初めてであるし、間取りは簡単に入手できる情報でもない。ファーガス様もセスをカミラ様の所まで連れていくつもりはなかっただろうから、詳しく教えていないだろう。魔法陣で移動しているのだから、特に知らなくても問題ない。


「うふふ。わたしが案内してあげる」

「教えてもらったら一人で行く。リアーナが一緒だと何かありそうで不安だ」

「どうしてそう思うのよ。失礼しちゃうわね」


 セスは少しだけ考えるように俯いてから、顔を上げた。


「カミラ様、恐らくだけど殿下並みに魔術を使えると思うんだ」

「そんなこと、聞いたことないけど」

「さっき言っていたじゃないか。魔術に精通しているって。相手の実力を知らない状態でリアーナを守りながら応戦するのは無理がある」


 驚きに目を見開いてセスを見上げた。不機嫌そうな顔をしているが、これは心配だからと考えれば自然と頬が緩んだ。

 やはり守ってもらえるのは嬉しい。ファーガス様がああいう人だから、余計にその優しさが身に染みた。

 セスの真剣な目を見つめていると、胸がとくんと高鳴る。


 ファーガス様も明日には婚約破棄になると言っていた。次に婚約するならセスがいい。きっとセスとなら、友情から始まっても穏やかに愛し合える夫婦になれる。


「守ってくれるの?」

「そのつもりだけど、今は無理だ。忘れていないか? 俺は戦闘職じゃない」

「……そこは守ってやると言うべきじゃないの?」


 現実的なセスの言葉に、つい文句が出てしまう。セスは呆れを含んだ眼差しをわたしに向けた。


「できないことをできると言っても仕方がないじゃないか」

「そういうのではなくてね」

「話は後にしよう。今はカミラ様の部屋に行かないと」


 それもそうだ。

 軽く頷くと、セスを連れてカミラ様の部屋へと向かった。一緒に歩くわたしに変な顔をしていたが、どうしても一緒に行きたかった。自分でもまかせてしまえばいいと思うのだが、気持ちがざわつく。


「前に渡した魔法陣、持っているか?」

「ああ、うん。持っているわ」


 胸元のペンダントを引っ張り出した。セスが心配だからと渡してくれた魔法陣の刻まれた宝石を手に取った。


「これは連絡するためのものではなかったかしら?」

「連絡もできるが、同時に防御用の結界の展開もできる。長くは持たないが、その隙に逃げるなり自分で結界を張ったりできるだろう?」


 先のこともよく考えているセスに感心しながら、歩みを遅くした。


「あの奥の部屋がカミラ様の部屋よ」


 3階の奥にある部屋の扉は少しだけ開いていた。廊下にはべサミーがいないことから、彼女は中にいる。

 セスが外から中の様子を伺っていたが、扉に手を伸ばした。ためらうことなく扉が開けられた。わたしも開く扉から部屋の中を覗いた。

 カミラ様を庇うようにべサミーの前に立っている。彼女の手には血に濡れた短剣が握られていた。


「ファーガス様!?」


 広がる光景に辛うじて悲鳴を飲み込んだ。セスは舌打ちをした後、中に飛び込んだ。


「リアーナ、カミラ様を頼む」

「え、ええ、わかったわ」


 あの短時間でどうしてこんなことになったのだろう。セスに言われるまま、茫然と立ち尽くしているカミラ様の側に近寄った。カミラ様は自分を庇った息子を凝視していた。


「違うのよ! 何かの間違いよ! わたしは……わたし、こんなつもりじゃ」


 べサミーの狂ったような叫びに思わず足が止まった。カミラ様からべサミーへと注意が逸れる。

 彼女は手に持っていた短剣を床に落とした。絨毯の上に落ちたそれはファーガス様の血にまみれていた。その場にへたり込み、現実を拒絶するように頭を抱えた。


 ファーガス様は痛むのか、刺された右わき腹を押え、顔を蒼白にしている。押さえている手は血で汚れ、黒いズボンをぐっしょりと濡らしていた。その血の量に深く刺されたのだと息をのむ。部屋には血の匂いが立ち込め、頭がくらくらする。


「セス、母上の意識を刈り取れ。魔力を暴走されても対処できない」

「……わかりました」


 怪我などしていないかのような、いつもと変わらない口調でファーガス様はセスに指示を出す。セスは迷った末に頷いた。


「ファーガス、死んでしまうの?」

「目の前がかすんで、体もヤバいぐらいに冷えてきましたが、この程度では死にませんよ」


 カミラ様の落とした呟きに、生真面目にファーガス様が答える。セスはどうしたらいいのかと、ファーガス様とカミラ様を交互に見た。


「でも王太子にならないのなら、お前はいらないわよね?」

「……母上」

「だってお兄さまの代わりになるようにお前を産んだのですもの。代わりにならないのなら、いらないわ」


 何を言っているの。壊れたおもちゃを捨てるような気軽さに背筋がぞくりとする。


 カミラ様は少女のように微笑んだ。その微笑みに思わず釘付けになる。カミラ様は優雅に自分の胸にある宝石を掴んだ。


「リアーナ、結界を張れ!」


 セスがカミラ様にとびかかった。だがそれは少し遅かった。宝石からいくつもの魔法陣が浮かび上がり、風が舞う。セスの髪が風に吹かれて乱れた。魔術によって生み出された風が彼の体に細かい傷を作る。

 風を避けて、一度大きく後ろに下がった。カミラ様と距離ができたことで直接当たる風の数が減ったが、風は部屋を動き回りそのたびに何かを壊していく。


 セスの言葉に宝石の魔法陣に魔力を通した。床に座り込むべサミーが結界の内側に入るように体を動かす。簡易的な結界は強いものではないのか、強く風が当たるたびにひびが入った。あまり持たないかもしれないと結界を張る準備をする。


 魔術を考えるのは好きであるが、こんな切羽詰まった状態で使用するのは初めてだ。せめて咄嗟に使用できるように訓練しておけばよかったと、後悔が頭をよぎった。


 ぱりん、ぱりんと甲高い音がして結界が壊れ始めた。慌てて魔術を展開するが、焦っていたせいか形になる前に消えた。


「セス、失敗した」

「……何とかする」


 セスはわたしの言葉に舌打ちをして、次から次へと襲い掛かる風を無視してカミラ様へ再び距離を縮めた。カミラ様はセスの動きを考えていなかったのか、反応が遅かった。その一瞬で、彼女の手から宝石を奪い取る。

 魔術が止まるのと同時にカミラ様の鳩尾に拳を叩きこんだ。崩れ落ちるカミラ様を支え、ゆっくりと床に横たえた。


 セスは軽く息をついた。現状について行けなくて茫然としているわたしをさっと眺めて怪我がないことを知ると、そのままファーガス様の方へと目を向けた。


「殿下、大丈夫ですか?」

「大丈夫と言いたいところだけど、母上の一撃は流石に……」

「え?!」


 カミラ様は魔術を展開した時に、ファーガス様に対しては別の魔術を放ったようだ。ざっと彼の体に視線を走らせれば、刺された傷とは別に腕と足に深い傷ができていた。布を切られて、ぱっくりと切れた傷口からは骨まで見えていた。

 初めて見る傷と部屋を充満する血の香りに吐き気がこみあげてきた。


「リアーナ。気持ちが悪いなら、外に出たらいい」


 そんなどうでもいいことを、いつもと変わらない調子で呟いた後、ファーガス様はその場に膝をついた。


「ファーガス様!」


 ぐらりとファーガス様の体が揺れる。わたしは気持ち悪さを忘れて慌てて駆け寄よった。



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