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愛人が乗り込んできた


 ニンジンスープを嫌々飲み干した後、用意された小さめの籠に入れられた。

 中は居心地の良いふわふわの寝床が作られている。この籠を持って彼は執務室へと移動した。邪魔だろうに執務机の上に籠を置く。


「居心地はどうだ?」


 上からのぞき込まれた。初めて見る優しい表情で問われて、ふいっと顔をそむけた。そして丸くなって目を閉じる。こうなったら徹底的に抗議だ。無言を貫いてやる。


「反抗的なところも可愛いな」


 そう言いながら、形の良い指が耳を擽る。その手を首を振って弾いた。簡単に触ってほしくない。


「そうだ、リボンを結ぼう」


 リボン?


 もう同じ顔をした他人のような気がしてきた。気持ちの悪いほどの変化に戸惑いよりも、鳥肌が立つ。いつの間にか彼の手には濃い青色のチョーカーがあった。大粒の宝石までついている。


「特注だ。よく似あう」


 ウサギに宝飾品て、どんな感覚しているの。しかも、昨日今日でできるような品ではない。一体いつから用意していたのか、考えただけでも顔が引きつる。彼はわたしのふわふわの毛を指で乱しながら、どこか満足そうだ。


「ファーガス様。流石にこれはやり過ぎでは? リアーナ様は侯爵令嬢ですよ」


 側に控えていた侍従がため息交じりに注意してきた。常識的な意見に大いに同意する。ファーガス様はわたしの頭を何度か撫でてから、侍従に顔を向けた。


「やり過ぎであることはわかっている。だけど、こうしないと彼女は側に寄ってこないだろう?」

「側にいてほしいのなら、婚約者としてもっと大切にすればよかったのではありませんか」


 彼のもっともな苦言に思わず耳をパタパタと動かした。


 もっと言ってやって!

 そしてわたしをウサギから人間に戻して。


「彼女を大切にしているとわかったら、変な勘違いをする人間が増える」

「……ホーソン侯爵夫人から抗議の手紙が届いております」


 肩を竦めながら、彼は侍従の注意を流した。

 無視されても非難を込めた眼差しをファーガス様に向けながら、彼は一通の手紙を差し出した。ファーガスは手紙を受け取り封を切る。さっと中に目を通した。


 何が書いてあるのだろう。

 お母さまのことだから、娘を返せと言ってきているはずだ。頼りになるのはお母さましかいないので、何かしら手を打ってくれることにほっとする。エリーが上手くお母さまに伝えてくれたのだと思うと涙が出そう。


 早く元に戻って家に帰りたい。ファーガス様の生活に接するのは自分の中の彼への評価が変わってしまいそうで嫌だった。さっと別れたいのだから、印象を覆すようなことはしてほしくない。クズはクズのままでいいのだ。


「リアーナを家に帰してほしいそうだ」

「まだ結婚前の令嬢です。それにファーガス様とは婚約破棄の交渉中ですので、当然の要求ですね」

「はは、メイソンはひどく棘がある言い方をする」


 メイソンの言葉は当然のことばかりなのだが、やはりちくりちくりと刺さるものがあったようだ。それでも気にせず、余裕の顔をしている。メイソンは大きくため息をついた。


「それから王妃殿下がお呼びです。大切なお話があるとのことです」

「…………欠席で」

「今日の午後に伺うと返事をしておきました」

「はあ、わかった。優先順位の高い仕事から片付けよう」


 初めて嫌そうな素振りを見せた。メイソンは早速書類の山を仕分けてファーガス様の机に積んでいく。恐ろしく積まれた書類の山に私は慄いた。ファーガス様は愚痴をこぼすわけでもなく、その処理すべき書類の山にため息をついて手に取る。ところがすぐに中断することになった。


「どういうことなの!」


 引き留める護衛達を押しのけ、入ってきたのは愛人だった。少しだけ顔を上げて観察する。前に覗いた時に逢引きしていた相手だ。

 乗り込んできたところを見ると、何かあったのだろうとは思う。興味深く二人を観察した。


「べサミー。ここへの立ち入りを許可していない。出ていけ」


 ひどくそっけない口調でファーガス様は告げる。べサミーは不満そうに唇を尖らせた。出て行けという言葉には従わず、ずがずがと彼の執務机の前までやってくる。見下ろす形で彼を睨みつけている。


「別れるとはどういうことなの?!」


 耳障りな甲高い声に思わず前足で両耳を抱えた。

 危ない。またもや耳がやられるところだった。


 近い位置にいるため、耳を閉じても会話はしっかりと聞こえる。好奇心いっぱいに二人の会話を聞いた。

 ファーガス様はすぐに帰らないと判断したのか、書類をまとめてメイソンに運び出すようにと指示をする。彼は言われたまま、大量の書類を持って部屋を退出した。

 部屋にファーガス様と愛人、そしてわたしの3人になった。ファーガス様は扉がきちんとしまったのを確認してから、口を開いた。


「きちんと説明されていたはずだが」

「手切れ金と今後一切かかわらないようにとの一筆が説明だというの?!」


 激高したのか、さらに甲高い声で叫ぶ。ファーガス様は椅子に背中を預けて、不思議そうに彼女を見ていた。


「愛人になりたいというから愛人契約を結んだ。契約書にはどちらかが解消と言えば解消になると書いてあったはずだが」


 あら?

 愛人契約を結んでいたの?

 予想外の言葉に目を瞬いた。てっきり契約など何もないのだと思っていた。案外、しっかりしているのかもしれない。我がホーソン侯爵家もお父さまの愛人とは契約を交わしている。万が一、愛人に子供ができてもホーソン侯爵家に一切関わらせないようにするためだ。


「でも結婚しても変わらないって言っていたじゃない」

「そのつもりだったが、状況が変わった。結婚前に身辺を整理するよう陛下に注意された」

「貴方のために色々融通してきたのに、今さらわたしを外すというの!」


 何の話だろう?

 融通?


 愛人との修羅場だと思っていたのに何かが違う。ファーガス様は肩を竦めた。


「陛下の言葉があったにもかかわらず、愛人関係を維持しようとすると色々と勘繰る人間もいる。目立つことはしたくないだろう?」

「もう目は付けられているわ。ホーソン侯爵夫人に睨まれて社交界から締め出されているのよ。今更引けるわけがない」


 お母さまは全力で愛人だった女を締め出しにかかっているようだ。愛人を持つ文化であっても、愛人を許容している正妻なんてほんのわずかだという事なのだろう。あっさりと締め出されたことを考えれば、この女性は社交界の中で好かれていなかったのかもしれない。


 ファーガス様は低い声で笑った。


「それは奇遇だな。私も社交界から締め出されているよ。身動きできない状態だ。逃げるなら今のうちだ。傷は浅くはないだろうが死にはしない」

「逃げる? 何を言っているの。今まで苦労して準備したことを無駄にしろと?」


 本当に何の話をしているのだろう。あまりの不穏さに、気持ちがざわついた。これを聞くぐらいなら、愛憎による修羅場の方がましだ。


「そうだ」

「カミラ様は何と言っているの? ファーガス様が王太子になるというから今まで協力してきたのに!」

『……』


 ありえない一言を聞いた。

 忙しく頭を働かせる。ちらりとファーガス様の方を見れば、彼は目を伏せてため息をついていた。


「母上の妄想に付き合ってくれたのは有難いが、これ以上進めば笑い事では済まない」

「初めから覚悟の上よ。ねえ、考え直してほしいの。ファーガス様を支持する貴族たちは本当に多いのよ?」


 べサミーは宥めるように声を和らげて、ファーガス様に媚びるような目を向ける。女のわたしでもどきりとする妖艶な表情だが、ファーガス様は少しも表情を変えなかった。ただほんのわずかだけ口の端が持ち上がった気がした。


「へえ、そんなに賛同者が多いとは知らなかったな」

「ずっと黙っていたもの。途中で露見してしまえば前のように潰されてしまう。でもね、どこに正義があるのか皆きちんと知っているの。貴方も聞いたら驚いてしまうほどの人数よ。やはり正しい血筋に受け継がれるべきだわ」


 何かに酔いしれているように頬を染めてうっとりとべサミーは笑う。べサミーは机に身を乗り上げて、彼の顔を覗き込んだ。

 

「今までいるとは聞いていたが具体的には誰というのを知らなかったから、あまり本気にしていなかった。べサミーは全員を知っているのか?」

「もちろんよ。信じられないのなら少しだけ教えてあげる」


 そう言って彼の頭を引き寄せると小さな声で囁いた。名前を聞いてファーガス様の目が細くなる。


 その様子を間近で見ながら、息を凝らした。何故、ウサギにしたのだろうと不思議だったが、もしかしたらこれを知らせたかったのだろうか。


 でも。


 お兄さまを思い出す。お兄さまはファーガス様の親友でとても距離が近い。この話を知らないとは思えないが、ファーガス様も関わっている人間を知らない。


 次第に考えがまとまってくる。当然疑問もあった。


 どうしてファーガス様が正当な血筋となるのか。王太子殿下もファーガス様も間違いなく国王陛下の血を継ぐ子供だ。母親が王妃であるか側室であるかの違いなだけ。王妃様も隣国の王女で出自もしっかりしている。ファーガス様の母親であるカミラ様は国王陛下の従妹だ。


 長く囁いていたべサミーが体を起こした。 


「ファーガス様は何も心配しなくてもいいの。でも、ホーソン侯爵家の彼女とは婚約を継続してね。侯爵家の後押しが欲しいもの。処分するにしても面倒だから、ファーガス様の正妻として抑え込んでほしいわ」

「今度、支援者たちに会わせてもらいたい」

「愛人は解消しなくてよいのね?」

「難しいが、なんとかしよう」


 嬉しそうにべサミーはファーガス様にキスをした。唖然として見ていれば、ファーガス様と目が合う。キスをされているのに、ファーガス様は目を開けたままだった。


 その熱のない目にぞくりと鳥肌が立つ。


 一体この人は何をしようとしているのか。

 嫌な予感だけが頭の中を埋めていった。



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