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ヤバイシティー  作者: Ree
chapter2 ロス製薬研究所
9/10



 ヤバイシティは危険だらけのイカれた街。



 強盗、殺人、密売、マフィアにギャング、何でもあり。


 悪党の多さに警察はもはや白旗を上げ、匙を投げているどころか、内部は汚職まみれで腐敗していると聞く。


 そんな街も夜が明けるとまるで嘘のようにガラリと顔を変える。


 悪党は日中、吸血鬼のように鳴りを潜めている。


 夜の街のイメージが強いヤバイシティにも、朝はやってくる。




 いつものように義務的に学校へ行き、教室に入り、授業を受ける中、ブラッドはふと、あることに気付いた。


 ヤバイ・ハイも例外なく、アメリカの一般の高校と変わらず授業ごとに教室が異なり、教師も生徒の顔ぶれも変わるとはいえ、選択科目がほぼ被っていたサミュエル・タイラーの姿が今日は見当たらないのだ。


 たまたま今日の選択科目が合わなかったか、欠席だろう


 そのサミュエル・タイラーと、ほとんどいつも一緒にいるクロエ・ミラーの姿は確認できた。


 あの二人は付き合っているのか、いつも一緒にいるし、成績も争うように自分と並んでいるから、他人に関心のないブラッドでさえ記憶に留める存在だった。


 だからといって特別視している訳でもなく、ぼんやりと思い出した程度ですぐに思考から消し去り、昨夜の研究所の伯父と奇妙な二人組の会話に考えを巡らせた。





「昨日の『スライム』のことだけど……」


 唐突に聞こえたその言葉にブラッドは反応し、ハッと顔を上げた。


 それは放課後のことだった。


 下校の生徒でごった返すロッカー通路で、雑音の入り混じる中、はっきりと確かにそう聞こえた。


 すれ違いざまに聞こえた『スライム』の言葉にブラッドは思わず帰り掛けた足を止め、振り返った。


 人混みをかき分けて歩く二人の人物の後ろ姿が見えた。


 横顔からクロエ・ミラーであることが判明した。


 隣にいるもう一人はピンクの長い髪が特徴的なルーナ・エンジェルだ。


 会話の内容が気になり、ブラッドはそっと後を付けることにした。




 多くの生徒が校舎を後にする中、二人は逆走するように奥へと進んでいく。


 普段から人通りも少ない何もないはずの通路。


 妙だと思いながらも尾行していくと、突き当りまで辿り着いた時、二人は突然、周囲を見渡し始めた。


 ブラッドは気付かれないように距離を取っていた為、曲がり角で身を隠して暫く様子を見ることにした。


 幸い、二人は此方には気付いていない様だった。


 しかし、何をコソコソする必要があるのだろうかという疑問が沸いた。


 突き当りには用具室しかないはず。


 そのドアの閉まる音がした。


 ブラッドは曲がり角から姿を現し二人が入ったであろう用具室の扉の前に来た。


 静かで中からの話し声は聞こえない。


 ノブにそっと手を掛けようとして、ふと、その手を止める。


 彼女達に会って何を話すというのか……?


 ブラッドはそう自問する。


 昨夜の伯父の研究所でのことを他人に話すつもりはない。


 そもそも、スライムという言葉を聞いただけで内容は全く関係ない可能性の方が遥かに高い。


 先走るのは得策ではない。


 そう思い止まり、ブラッドはそっと扉の前から立ち去った。






 ブラッドが立ち去った用具室の中は、既に〝もぬけの殻〟となっており、クロエとルーナが秘密の扉へと進み、ケミラボに到着していた。


「出来た―っ!」


 二人が部屋へ入って来たのと、サミュエルの声が上がったのは同時だった。


「まあ、何事でしょうか?」


 ルーナは頭上に、はてなマークを浮かべながらも、嬉しそうな様子のサミュエルにキュンキュンして目を輝かせながら訊ねた。


 サミュエルは二人の姿を見て、待ってましたと言わんばかりに駆け寄った。


「まあ、聞いてよ二人とも!」


 いつになくテンションが高く興奮気味のサミュエルは急かすように二人の肩を押して誘導し、ソファーに座らせた。


 そして自身はテーブル越しに二人の前に立ち、プレゼンするかのように鼻高々に語りだした。


「まず、昨日の一件で僕は考えたんだ。この町には恐ろしい地球外生命体・エイリアンが潜伏しているのだ、と!」


 目をパチクリさせているルーナの横でクロエは呆れたように笑って言った。


「エイリアン?」


「そうだ。あれは絶対エイリアンだ!」


 腰に手を当てて自信を持って答えるサミュエル。


「アナタ、昨日のウェイトレスの話、真に受けてるの?」


「まあまあ、話の腰を折らないでよクロエ、今から良いところなんだから」


 決して挫ける事なく、サミュエルは浮き浮きとした気分を隠しきれない様子で、まずは仮説から入った。


「いいか? 奴らは何らかの方法でこの地球に降り立った。恐らく、十五年前の隕石が関係していると僕は思う」


「星間移動や大気圏でも生き延びたのね、凄いわ!」


「茶化さないでよ、エイリアンは強力なのかもしれないし、独自のテクノロジーを持っているのかも知れない」


「そんなに知能があるようには見えなかったけど」


「まあいいんだよ、そこは何でも」


 早く本題に入りたくて仕方がない様子のサミュエルを、ワザとからかって愉しむクロエという構図が暫く続く。


 幼馴染ならではの雰囲気を醸し出していた。


 やや置いてけぼりな様子のルーナは、ただただ目を丸くしてサミュエルの話を聞いていた。


「で、奴らは密かにこの町に潜伏し、侵略を企てているんだ」


「侵略ねぇ……? あのウネウネちゃんが地球のテクノロジーに太刀打ちできるのかしらん?」


 クロエの言う通り、エイリアンだろうと人類がその気になれば総力を挙げて排除するだろうと思われる。


 勿論、サミュエルも、そう信じている。


「そこで、だ!」


 サミュエルはガラス越しの四つに区切られた部屋の内の一つ、自分の作業場から先程完成したとみられるモノを手に取り、抱えて戻ってきた。


「僕は一晩プラス半日掛けてこれらを作ったんだ」


 幾つかあるものを二人の前のテーブルに置いた。


 棒のような物や、ゴーグル、筒状のカプセル、手袋のような物が見える。


「ちょっと待って、サミュエル。アナタもしかして昨夜からずっとこのケミラボにいたの?」


「まあね」


 信じられないとでもいうような、呆れた顔をするクロエ。


 サミュエルは昨日二人を家まで送った後、家には帰らず学校に戻ったのだった。


 シャワーを浴びることも寝ることも忘れて取り組んだのが、これらの開発だ。


「僕はヤツを捕獲するためのアイテムを考えた。勿論、この街を救うためにね! いや、()いては地球を守ることに繋がる!」


 サミュエルはやや中二病のような壮大なことを言いながら、まずは筒状の透明なカプセルを手に取った。


 両手に抱えて収まる程度の、丁度、赤子と同じくらいの大きさのものだ。


 上下には色の付いたグレーの蓋のようなものが付いている。


 中身は空っぽだが、培養層のような見た目をしている。


「これはヤツを捕獲して閉じ込める為のカプセルだ。特殊な造りで中から破壊することは出来ない上に壊そうとすると電流が流れるようにしてある」


 それから……、と言いながらサミュエルは次々とアイテムを手に取り、紹介していった。


「これは僕が独自に作った薄型軽量の暗視ゴーグル。暗闇の中でもヤツを見付けて戦うことが出来る。それからこれは僕の武器……特殊な警棒で、頑丈なだけじゃなく伸び縮みは勿論、一瞬だけど強力な電流を流すことが出来る。それにはこの黒い手袋が欠かせないね。これも特殊な素材で作ったんだ。電流を通さないだけじゃなくフィット感がとにかく最高なんだ」


 クロエとルーナはまるで通販番組を見ているような感覚に陥り、ポカーンとした顔でサミュエルの話に聞き入っていた。


「で?」


 クロエは徐に口を開いた。


「アナタはつまり、あの謎のスライムと戦って、捕獲しようとしている……ということなのね?」


「そうだよ。さっきからそう言ってるでしょ」


「一人で?」


「あぁ、勿論」


 すると先程までずっと黙っていたルーナが両指を組んで声を上げた。


「危険すぎます!」


 続けて加勢するようにクロエも反対した。


「そうよ。得体の知れないモノ相手に……これは警察に任せるべきだわ」


「ははっ、ヤバイシティーの警察なんてあてにならないよ。それに誰が信じるっていうんだ? この街に地球外生命体が潜んでる、なんてさ」


 サミュエルはおどけたように両手を広げて肩をすくめて見せた。


 そう、ヤバイシティーの警察は人間相手でさえ夜の治安を守れないのだ。


「それに……僕はね、ずっと心の中で、いつかヒーローになりたいって思ってたんだよ。こんなチャンス早々無い、逃す手はないね」


 サミュエルは夢見る少年のように生き生きとした目で言った。


 やっと自分の持つ能力を最大限に生かせる機会に恵まれたのだ。


 鍛えてくれたライラスに感謝しなくてはとサミュエルは思った。


「でしたら……ワタクシも参りますわ!」


 ルーナがソファーから立ち上がり、同行に名乗りを挙げた。


「ルーナ?」


 面食らったようなサミュエルを前に、ルーナは不安そうな表情で言った。


「……アナタに何かあったらと思うと、心配で……」


 綺麗な紫色の瞳に見つめられ、サミュエルは心を奪われたように言葉を失い、ほんのりと頬を紅く染めた。


 一瞬、二人だけの世界になり掛けたところでクロエも立ち上がった。


「そうね、心配だから私とルーナでサミュエルを見張ってましょ!」


「見張るって何だよ……」


 呆れたように返すサミュエル。


 長い付き合いで、サミュエルにはクロエの魂胆が分かっている。


 どうせ面白半分に見に行きたいだけなのだ。


「……分かったよ。付いて来てもいいけど、足手纏いにはなるなよ」


「フフン、随分と自信があるみたいね。それならアナタの実力とやらを、お手並み拝見させて頂くわん」


 茶化すような口調でクロエは瞳を閉じて長い黒髪をサラッと優雅に掻き上げる仕草をして言った。






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