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ヤバイシティー  作者: Ree
chapter1 ケミラボ
4/10




 トレーニングルームを後にすると、サミュエルはいつものようにバスルームへと直行し、頭から被るようにシャワーを浴びて汗を流した。


 結局あれから小一時間ライラスに挑んだが、一勝も出来ずに稽古を終えた。


 いつものことだが、やはり悔しい。


 まだまだ自分はライラスには敵わないのだといつも痛感させられる。


 パジャマに着替えるとサミュエルはバスルームを出てベッドに向かった。


 先にトレーニングルームを出て既にシャワーも済ませていたライラスが枕を背に優雅に本を読んでいたが、サミュエルがベッドの中に入ってきたのを目で確認すると習慣のように本を閉じルームランプを消した。


 キングサイズのベッドは、男二人が寝ても十分な広さがあった。


 幼少の頃からの習慣で未だにベッドを共有していてもサミュエルは違和感を感じることも抵抗も無く寝ていた。


「十年、か……」


 部屋の明かりが消え、窓から差し込む青白い月明りだけが差し込む中、仰向けで天井を見上げながら突然ぽつりとライラスが呟いた。


「……どうしたの?」


 不思議に思い、それまで背を向けて寝ていたサミュエルも仰向けに転がって隣にいるライラスを横目で見た。


「いや、短かったのか、長かったのか、どっちなのかな、ってね……」


「何それ」


 呆れたように笑ってサミュエルはそう返した。


 十年、というのは、サミュエルが強盗に家族を殺され、ライラスに引き取られてからこの家で今日まで過ごした年数のことだ。




 クリスマスの夜、強盗が突然、家に押し掛け両親を銃で殺された。


 その時、サミュエルは『隠れんぼ』をしてクローゼットの中に隠れていたことで強盗に見付からず被害を免れたが、クローゼットの隙間から見た凄惨な光景は今も脳裏から離れない。


 クリスマス時期になると未だに悪夢で魘される程だ。


 あの時、何が起こったのか理解出来ず、サミュエルは恐怖で動けなかった。


 犯人が逃げた後、銃声を聞いた近所の通報により警察が駆けつけてサミュエルは救出され保護された。


 その時の流れはあまり覚えていない。


 泣くことはなかった。


 ショックが大き過ぎて放心状態だったという。


 周囲の大人たちは皆、口々に言う。


 お気の毒に。


 可哀想に。


 元気を出して。


 頑張って。


 困った時は力になるから。


 貴方だけでも助かってよかった。



 葬儀が終わり、墓の前で立ち尽くしているところに男が現れた。


 参列者の一人だったのか、サミュエル同様、黒の喪服に身を包んでいた。


『君の気持ちはわかるよ』


 そう言って背後からそっと左肩に手を触れた。


 墓を見つめたまま反応しないサミュエルに構わず、男は続けた。


『悔しいんだろう? 理不尽に人生を奪われて。何より、無力だった自分が……』


 サミュエルはぼんやりとした顔を上げ、ようやく隣に立つ男を見た。


 その人物は不思議と安心感を覚えるエメラルドの穏やかな瞳で微笑んでいた。


 まるで心が読めるかのように的確な男の言葉に、サミュエルは『運命』のようなものを感じた。


『僕の名はライラス。良かったら一緒に来ないか? 僕なら、君が求めているものをあげられる……』


 差し伸べられた手を取ることに躊躇はなかった。


 そして、誘われるまま、導かれるままに男に付いて行った。


 ――――あれから十年、である。




「サミュエル……君は本当に良い子に育ってくれたね。僕の教えることは何でも全て吸収した。もう何も教えることはないよ。誰よりも賢く、強く、オマケに見目も良い。君の成長を見る事が出来て僕は本当に良かったと思ってるよ」


「何だよ急に……気持ち悪い」


 ライラスに突然褒められてサミュエルはむず痒くなった。


 確かに身体能力では人よりもずば抜けているとは思っているが、稽古ではライラスに未だに勝てないし、勉強だって学年トップとはいえ、クロエと並んでいる。


 自分の伸びしろはまだまだあるし、もっと教わりたいことが沢山ある。


「ねえ、それより面白い話をしてよ、久々にさ」


 話題を変えようと、サミュエルは幼少の頃によくこうしてベッドで寝る前に聞かされていた『物語』を催促した。


 子供のようにねだるサミュエルにライラスはクスリと笑みを浮かべた。


「……そうだね、どんな話がいい?」


「何でもいいよ、エジプトの物語でもローマでも」


 それはライラスが自身の『実体験』として語る冒険物語である。


 実体験と言ってもサミュエルはそれを信じてはいない。


 作り話に決まっている。


 何故なら、その物語では、ライラスは『不老不死』であり、『タイムトラベラー』ということになっているからだ。


 それでも、その物語は他のどんな本よりも聞くに値するほど面白いものだった。


 サミュエルがタイムトラベラーになりたいのもライラスの物語の影響である。


 その物語の中のライラスは世界の様々な時代や場所に行き、時の権力者に深く関わり、時にはただ傍観をし、気が遠くなるほどの長い長い歴史を見ていた。


 ライラスが語るものは史実とされる通説とはまるで違うものも多く含まれていたが、即興で作った話にしてはその目で直に見ていたかのように詳しく、真実味を帯びており、考えれば考える程、矛盾も無く歴史の舞台裏の見えなかった部分まで一本の線で全てが繋がるような、そんな話だった。


 固定観念を破壊するような斬新な発想は、想像力が掻き立てられ、視野も広がり頭のトレーニングをしているようで面白かった。最高のフィクションである。


 作家にでもなって本を書けばいいのに、と思うが本人にその気はないらしい。


 そもそも、ライラスは何の仕事をしているのかサミュエルは知らなかった。


 朝、ライラスに玄関で見送られ、学校が終わり、帰宅する頃には既にライラスは家にいて夕食が出来上がっている。その間に、何をしているのかは知らない。


 もしかしたら出掛けてさえいないのかもしれない。


 ライラスは何も話してはくれないが、経済的に困ったことは一度もないので、これまでサミュエルもあまり追及はしなかった。


(もしかして、本当に現代人じゃなくて『タイムトラベラー』だったりして……)


 耳に心地良いライラスの声を聞きながら、サミュエルはそのような考えが過り思わず笑みを零すと、次第に稽古の疲れからか、瞳を閉じて眠りについてしまった。


 スヤスヤと寝息を立てているサミュエルに気付くと、ライラスは話をやめ、慈愛に満ちた穏やかな目でその寝顔にそっと指先を伸ばした。


 頬に掛かった髪を耳の裏に梳かすように優しく撫でてから、誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。


「――――そろそろ、かな」








「ん……」


 窓から差す陽の光にサミュエルは朝の訪れを感じ瞼をうっすらと開けた。


 寝惚け眼で横を見るが、ライラスがいないのはいつものことだ。


 起きた頃には、既にキッチンで朝食を作っているからだ。


 よくよく考えると、サミュエルは朝も夜もライラスが眠っているところを見たことがなかった。


 一緒に寝床についても気付けば自分が先に眠ってしまい、目覚めも遅いからだ。


 伸びをしながらゆっくりとベッドから半身を起こして、一目で一望できる室内を見渡してみるが、そこにもライラスの姿はない。


 キッチンにもバスルームにも何処にもいない。


「ライラスー?」


 名前を呼んでみるが、返事はない。


 ただサミュエルの不安げな声が室内に虚しく響くのみで、気配すら感じない。


 朝から地下にいる可能性も考えたが、トレーニングルームは本来サミュエルの為に作ったようなものでライラスが個人的に使用することはない。


 不審に思ったサミュエルは、スリッパも履かず素足でベッドから降りると、食卓テーブルの上に白い紙が置いてあることに気付き、手に取った。


 そこにはライラスが書いたと思われるメモが残されていた。


 読めば暫く留守にする旨が短い言葉で書かれているだけだった。


「何だよ急に……仕事かな? 『暫く』っていつまで?」


 その疑問に返ってくる答えは無い。


 考えても仕方がないことなのでサミュエルは取り敢えず義務的に学校へ行く為の準備をすることにした。


 バスルームの横にある洗面台の鏡の前で顔を洗って歯磨きをして癖の付いた髪をヘアブラシで梳くという習慣的な動作を黙々とこなしながらサミュエルはずっと、ライラスのことを考えていた。


 思えば、ライラスの親族や友人など見た事も無ければ仕事先も携帯電話の番号すらも知らない。


 十年間、ずっと一緒に暮らしていたのに、こういう時になって初めてサミュエルは、ライラスのことを何一つ知らないのだと気付かされた。


 ――――謎多き男、ライラス。


 そんなフレーズを頭の中で思い浮かべると、サミュエルは思わずクスリと口元を緩めた。


 パジャマのボタンに手を掛け脱ぎ捨てると、学校の制服に着替え、洗面所を出る。


 リビングでリモコンを手に取ると壁掛けのテレビをつけて、そのままキッチンに向かい、いつも作ってもらっていた朝食を今日は自分で用意する。


 面倒だから棚から取り出したシリアルを深皿に入れてミルクを注いで食べた。


 テレビからは連日のように猫の変死体が発見される不穏な情報が地域ニュースとして取り上げられていた。


 どうも危険な変質者がこの地域にいるらしい。


 朝から不快な気分にさせられながら朝食を済ませ、食器を洗い、テレビを消してラックに乗せていた通学用のリュックを背負い、靴を履くと、玄関の扉を開けた。


 ライラスが不在の為、家の鍵を使い、自分で戸締りをしっかりする。


 この一連の流れに、ちょっと面倒だな、とサミュエルは感じた。


 一人暮らしのような気分を満喫できるなどという楽観的な気持ちにはなれない。


 こんな日が長く続くのはごめんだとサミュエルは思った。





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