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ヤバイシティー  作者: Ree
chapter2 ロス製薬研究所
10/10




 ケミラボから学校を後にすると、三人は昨日のトンネルの場所までやってきた。


 クロエは持ってきた懐中電灯で辺りを隈なく照らすが、昨日のスライムらしきものは見当たらない。


「一体、何処に行ったのかしら?」


「周辺も探してみよう」


 サミュエルの指示で三人はトンネルを出て付近を捜索した。


 道路脇の草むらや溝を覗き込むがネズミ一匹見当たらない。


「……まあ、当然か。流石に留まっているハズがない」


 予想通りとは言え、サミュエルは肩を落とした。


「何か形跡のようなものが残っていれば良いのですが……」


 ルーナの言葉にサミュエルはハッとした。


「そうだ! 一番疑わしい場所を探すのを忘れていた!」


 言うなりサミュエルは突然、駆けだした。


 クロエとルーナは不思議そうにお互いの顔を見合わせてから、サミュエルの後を追った。




 辿り着いたのは狭い道路に挟まれた石橋だった。


 橋の手摺から下を見下ろすサミュエルの背中にルーナが声を掛ける。


「どうなされたのですか?」


「〝ここ〟だよ」


 サミュエルは振り返って肩越しに親指で後ろを指した。


 ルーナとクロエはサミュエルに倣って手摺から橋の下を見下ろした。


 左右をコンクリート壁に挟まれて、そこを緩やかに川が流れている。


 川と言っても生活排水か、すぐ目の前の下水トンネルへと消えていく。


 クロエは物凄く嫌な予感がした。


「ちょっと待って、冗談でしょ?」


 察しがいいクロエはサミュエルのしようとしていることに勘付き眩暈を感じた。


「まさか地下水路の中に侵入しようなんて言わないわよね?」


「そのまさかだよ!」


 サミュエルは平然とした顔でニヤリと笑って言った。


「僕が最初にスライムを見た時、奴はマンホールの中に入って行ったんだ。つまり下水道を通って地下水路を住処にしている可能性がある」


 言うなりサミュエルは壁を下って川沿いに降り立った。


 そして橋の上にいる二人を見上げて言った。


「無理にとは言わないよ。行きたくなかったらそこで待ってて」


 そう言い残して下水トンネルへと向かって歩き出した。


「ワタクシも参りますわ!」


 サミュエルの身を案じてルーナも壁を伝って川沿いを降り、その後を追う。


「ちょっと待ちなさいよ、夜にこんなところで一人にされるくらいなら行くわよ」


 クロエも渋々付いて行くことにした。




 暗視ゴーグルを装着したサミュエルを先頭に、後ろではクロエとルーナが小さな懐中電灯で自身の足下の道や横に流れている下水の川、時々天井や壁や前方を照らしながら真っ暗な地下水路を進んでいく。


 ヤバイシティの生活排水が一同に集まるとあって、結構な広さと大きさのある地下水路が続いている。


 幸いにも川の両脇に人が通れるだけの幅の、歩道のような段差があり、足元を下水に浸からせながら歩かねばならないというような事態だけは回避できた。


 普段、地上で暮らしているサミュエル達にとってここは非現実的な空間で、ダンジョンや巨大迷路のようだった。


「最悪だわ……」


 鼻を刺す下水の汚臭に耐え切れず、ハンカチで鼻と口を覆うクロエ。


 きっと服にもニオイが染みつくだろうと思うと早く帰ってシャワーを浴びたいという衝動に駆られ、そればかり考えていた。


 そんなクロエとは正反対に、無頓着で全く気にならないのがサミュエルで、彼はひたすらスライムを見付けることに躍起になっている。


 だが、ターゲットはそう簡単に姿を現してくれるはずも無く、黙々と歩くだけの時間が暫く続いた。




 歩き続けて十数分程が経った頃、一際大きな空洞に差し掛かった。


 ヤバイシティの全域から来る下水の集約地点だ。


 ここまで来て何も見当たらないなら引き返そうと思った矢先、サミュエルは道の前方に何かが光って蠢いているのが見え、足を止めた。


 懐中電灯の光すら届かない距離だが、薄っすらと黄色い蛍光色を放っている。


 間違いない、昨日のスライムだと確信する。


「二人とも下がってて」


 サミュエルはスライムから目を離さぬまま、二人に手で下がるように合図を送りながら言った。


 一同に緊張が走る瞬間である。


 サミュエルは暗視ゴーグルを頼りに、改良した警棒をしっかりと握り、スライムの方へとゆっくりと慎重に、にじり寄った。


 気付かれたら下水の方へ飛び込んで逃げる可能性もある。


 逃げられたら終わりだ。何とか戦いに持ち込みたい。


 そしたら捕獲できる自信がサミュエルにはあった。


 スライムに〝目〟があるのかどうかは謎だが、居場所を知られないように、そして此方の存在に気付いて逃げてしまわないように、その両方の意味でクロエは懐中電灯を消して自分達の姿、気配を消すことに努めた。


 全てはサミュエルの足を引っ張らないようにする為に。


 そして事前に預かっていた捕獲カプセルを鞄から取り出し、その腕に抱いた。


 サミュエルは一歩一歩確実に標的へと近付いていく。


 距離にして三メートル程になったところでスライムがようやく気付いたのか、妙な動きを始めた。


 丸い体をブルブルと震わせたかと思うと自身の体を突き破らんとばかりに四方八方にウネウネと伸び縮みを始めた。


 サミュエルはそれが攻撃態勢に入っているのだと直感した。


 得体の知れない物体だけに、どんな動きをしてくるのかは未知数だ。


 何かを飛ばしてくるか、直接飛び込んでくるか、最初の時の様に巨大化して覆い被さってくるのか、或いは逃げ出すか……サミュエルはそのどれにも瞬時に対応出来るようにと脳内でシミュレーションしながら身構える。


 アクションはすぐに起こった。


 スライムはサミュエルに向かって真っすぐに飛び込んできた。


 サミュエルは警棒を強く握り、迫るスライムを払うように横に薙いだ。


 べしゃっと壁に叩きつけられるスライム。


 しかし、そのまま貼り付くことも無くポトリと地面に落ちると再びウネウネとした動きをする。


 意思はあるのだろうが、痛みがあるのかは分からず、手応えはイマイチだ。


 サミュエルは早々に始末を付けようとスライムの側まで歩み寄り、上から警棒で抑えつけるように突き立てると、手元に付いたスイッチをカチッと押して電流を流した。


 感電したスライムは麻痺してるのか、陸に打ち揚げられたクラゲの様に動かなくなった。


「一丁上がり」


 随分と呆気ない決着にサミュエルは物足り無さすら感じた。


 取り敢えずこのスライムを捕獲カプセルに入れなければならない。


 サミュエルはカプセルを預けているクロエ達の方へと振り返って声を掛けようとした。


 しかし、次の瞬間――。


「サミュエル! 危ないっ!」


 ルーナの叫び声と共に、突如現れた緑色の巨大なスライムが背後からサミュエルを飲み込むかのように襲い掛かってきたのだ。


(しまった……っ‼)


 近くにもう一匹潜んでいたことに気付かず、完全に油断していたサミュエルは、振り向くのが一歩遅れてしまった。


 〝最初の時〟と同じように覆い被さってくる光景がサミュエルの脳裏を過る。


 ―――間に合わない!


 誰もがそう思った時だった。


 反射的にガードするように腕を顔の前で構えて身を固くしていたサミュエルの頭上を物凄い速さで光り輝く二つの球体が掠める様に通過したのだ。


 直後、ボン、ボン、と二度、鈍い爆発音が響き、スライムの体が後方に反れて、サミュエルとの距離が離れた。


 今の光の球体がスライムに直撃したようだ。


 地面に倒れたスライムは潰れたトマトのように形が崩れ、溶けて水溜りのようになり、更に縮んで動かなくなった。


 危機から逃れたサミュエルは振り返り、光の球が飛んできた方向を見た。


 視線の先に、クロエの背後でルーナが宙に浮かんでいた。


 文字通り、彼女は()()()()()()()のだ。


 そして、両の掌には白く輝く光の球が。


 サミュエルに倣ってクロエも恐る恐る振り返り、驚いた顔でルーナを見上げた。


 ルーナは光の球体を掌から消すと、宙に浮いたまま気まずそうに腕を前に下ろして不安そうな畏まったような姿勢になった。


「今の……君がやったの?」


 サミュエルは信じられないような光景を目の当たりにしつつ、宙に浮いたままのルーナに語り掛ける。


「君は、一体、『誰』なの?」


 そう聞かれ、ルーナはこれ以上隠し通すのは不可能だと分かり、意を決したようにゆっくりと話し始めた。


「わたくしは……地球の者ではありません。貴方達の言葉で言う『異星人(エイリアン)』です」


 衝撃の事実を告げられサミュエルとクロエは動揺を隠せない様子だった。


「エイリアン……君が……?」


「気付かなかったわ……」


 サミュエル以上に、付き合いの長かったクロエはショックを受けていた。


「ずっと……隠しておきたかったのですが……」


 ルーナは地面に降り立つと心細そうに胸の前で両手を組んだ。


「な、何で……?」


 サミュエルの問いにルーナは顔を伏せ、恐る恐る目線だけ上げた不安そうな表情でサミュエルを見て言った。


「だって……、アナタに嫌われたくなくて……」


「僕に⁉」


 サミュエルは素っ頓狂な声を上げた。


 重大な秘密なのに、隠していた理由が恐ろしく単純だったことにサミュエルは意表を突かれた。


 いや、ルーナにとっては何よりも重大なことなのかも知れないが。


「あ、いや……そんな、君の正体が何だって、僕は君のことを嫌いになったりしないよ……っ!」


 サミュエルは慌ててフォローを入れた。


「ほ、本当ですか……?」


 ルーナはまだ不安げな表情で訊いた。


「そりゃ、驚いたけど……でも、凄いよ! その、何て言うか、ありがとう。こうして君のお陰で助かった訳だし……っ!」


「じゃあ……これからも変わらず友達でいて下さいますか……?」


 ルーナはおずおずと尋ねた。


「も、勿論だよ! 当り前じゃないか」


 サミュエルは冷や汗を拭いつつ安心させるように精一杯の笑顔を作って答えた。


 するとルーナはパッと明るい表情になり、ようやく元の元気を取り戻した。


「嬉しい!」


 思わずサミュエルに抱き着いて、そのまま宙に浮かび上がった。


「わっ! ちょっ……!」


 ルーナの愛の暴走にサミュエルは赤面し戸惑うも、空中では成すすべも無く振り回された。


 そこへパンパンと第三者の手を叩く音が響いた。


「はいはい、お二人さん。イチャイチャはそこまでにして、まずは〝サンプル〟を回収するわよ。ルーナ、詳しい話はまたケミラボで聞かせて頂戴」


 クロエはそう言うと預かっていた捕獲カプセルをサミュエルの方へ放った。


 サミュエルは空中でルーナに支えられながらそれをキャッチするとゆっくりと地面へ降ろされた。


 受け取ったカプセルの蓋を開けながらサミュエルはスライムの元へ歩み寄る。


 動かなくなった黄色と緑色のスライムを両方とも手で掴んで中に入れると再び蓋を閉めた。


 黄色はトンネルで見た個体、そして緑色は恐らく最初に家の前で遭った奴と同じ個体だろうとサミュエルは思った。


 存在するのはこの二匹だけであって欲しいと願うばかりだ。


「捕獲完了!」


 途中から予想外の展開に意識を持っていかれたが、取り敢えず本来の目的は達成した。


 あとはケミラボに持ち帰って厳重に保管しなければならない。


 そして、ルーナについてはもっと詳しく話を聞かなければならない。


「取り敢えず、ケミラボに戻ろうか」


「ええそうね」


 言いながらクロエは身震いするように両腕を抱えながら不快な表情で下水道を見渡した。


「一刻も早くここから出たいわ」





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