十四 少女
時は巡り、新しい年を迎えた。
弥生には藤壺の女院の一周忌も過ぎ、卯月(四月)一日の衣替えの頃には内裏も以前の華やぎを取り戻していた。どれほど深い悲しみもいつかは薄れる。けれど、私が抱えるこの想いだけは淡くさえならない。
葵の遺した夕霧は祖母である大宮に三条邸で育てられ、十二歳の夏に元服を迎えた。亡き姫の忘れ形見として夕霧を慈しむ大宮のため二条院ではなく三条邸で加冠の儀式を行った。
三条には右大将の中将の姫である雲居の雁も暮らしている。二歳年上の従姉妹を夕霧は未来の伴侶として望んでいるらしい。
二十一年前、私は夕霧と同年で元服し、従三位の位階を与えられた。しかし、私はあえて息子を六位とした。大宮はこれを嘆き憤ったが、私はどんな時流になっても支えとなる学問を身につけるためだと説いた。時は移ろい人の心も変わりやすい。不遇の時、学問という誰にも奪えぬ力を備えていれば、どれほど心強くいられるだろう。
龍神の予言のとおり太政大臣の地位に昇るのならば、自らの力でその高みを目指してほしい。
「父である私の名を背負うのではなく、自らの名を掲げ生きていけるよう努めなさい」
私はそう言って、浅葱色の袍に身を包んだ息子を大学寮へ入れた。母に似て浮ついたところのない夕霧ならきっと真摯に学び、いつの日にか東宮の御代を支える重臣となれるだろう。
秋、冷泉帝の中宮選びが始まった。
後宮では、大納言と右大将を兼任する中将を父に持つ弘徽殿の女御と、内大臣の私を後見とし梅壺を賜っている前斎宮の女御が格別に重んじられている。他にも、亡き藤壺の女院の兄宮が兵部卿から式部卿となり、二の姫宮を入内させている。姫宮は王の女御と呼ばれ、寵愛こそ劣るものの血縁においては帝と最も近しい。
最も早く入内した弘徽殿の女御か、後宮の要とされる前斎宮の女御か、藤壺の女院の血縁である王の女御か、人々の思惑が錯綜したが、秘かに私を父と慕う帝により前斎宮の女御が中宮に選ばれた。
女御の母である御息所は東宮を早くに喪い、私との恋に苦しみ伊勢へ下り、京に戻ってほどなく儚くなった。母とは比べものにならぬほどの幸運を得たとされながらも、前斎宮は立后に格別な喜びは見せなかった。
「梅壺の中宮を後宮の、貴方を政の支えとしたい」
冷泉帝の願いを聞き入れ、私は遂に太政大臣となった。しかし、実権を掌握はせず私の後任として右大将から内大臣へ昇格した中将に政を委ねた。内大臣の中将は中宮を巡る争いでの敗北を悔しがりながらも、太政大臣である私には逆らえず非の打ちどころのない礼節で私からの申し出を受け入れた。
数日後、院の御所で私の昇進を祝う宴がささやかに開かれた。
「位を譲った者が政に口を出しているように見えてはいけないから大がかりなことはできないけれど、兄として弟を祝うのなら帝もお見逃しくださると思って」
父である内大臣の中将とは近頃は文の行き来さえないが、院の命を受け宴席の手筈を整えたという柏木は含みのない笑みで私の昇進を言祝いだ。
「官位はいただいたが、実務はすべて内大臣にお任せしているからね」
衛門の督の位にある柏木の祝意にそう答えれば、傍らの院が「どこまでも欲がない」と苦笑する。
「源氏の君に勝るとは言えないが内大臣なら不足はないね。中宮や女御たちとともに帝の支えとなってくれるだろう」
今上の御代を思いやる微笑みに陰りはない。前斎宮への想いは院の心のどこかに落ち着いたのだろう。
「春にはこちらへ帝の行幸もある。その時が今から楽しみだ。きっと立派におなりだろう」
「帝も同じお気持ちでいらっしゃるご様子でございます」
「それはうれしいことだね。ああ、そうだ。帝は詩文にも優れていらっしゃるから、優秀な学生を選び、式部省の省試に倣い、帝に諮問していただいてはどうだろう」
帝と上皇の御前には、本来、専門の詩人が召される。位の低い学生であっても帝の御前で優れた詩を作れば進士に昇格できる。夕霧の実力が足りなければ意味はないが、その心づかいに深く感謝する。
「心よりありがたく存じます」
「きっといい春になるだろう」
言霊に祈りを込めるように、院は微笑んだ。
秋が終わり、冬が過ぎ、新しい年を迎えたが、太政大臣という最上の官位を持つ私は新年の祝賀に加わる必要もない。私は二条院で紫の上と静かな時を過ごした。
如月二十日過ぎ、朱雀院の御所に冷泉帝の行幸があった。藤壺の女院の忌月である弥生を避けたために桜の盛りではなかったが、早咲きの木々も充分に美しい。今上帝を迎えるために調えられた院の御所は、贅を惜しまぬ趣味の良さに満ち、行幸に供奉した公卿や親王を感嘆させた。
亡き桐壺院の皇子である兵部卿宮も内大臣も帝に従う人々は皆、青白橡と呼ばれる明るさのない緑の袍に白の表に紅の裏を合わせた桜襲を纏っている。冷泉帝と私だけが赤の袍を身につけ、揃って抜きん出て美しいと讃えられた。人々の賞賛の声の中、私は冷泉帝とともに早咲きの桜を愛でる朱雀院の横顔だけを見つめていた。
才が認められた十人の学生たちは、帝からの勅題を与えられ、一人ずつ舟に乗せられ、池の上で詩文を作るよう求められた。
寝殿の南廂に帝や院とともに座し水面を行き交う舟を眺めれば、夕霧は真剣な顔で筆を握り手許の紙に向かっている。院の心づかいを伝え、夕霧には今日までにきちんと学んでおくように言い聞かせてある。一人一人異なる舟の上だから他の者の詩を盗み見たなどと疑われる恐れもない。自らの力のみで昇進できるまたとない好機、夕霧ならば掴めるはずだ。
夜が近づき、学生たちに代わり、楽人を乗せた龍頭鷁首の舟が池に浮かべられた。優雅な旋律が奏でられ、庭では春鶯囀の舞が披露される。いつかの春を思い出す。まだ東宮だった院から賜った桜を冠に飾ったあの日、想いがあふれることを恐れ、ほんのひとさししか舞えなかった。
「亡き父院の桜の宴がなつかしいね。あの頃、わたしはとても幸せだった」
過ぎた時を振り返り微笑む朱雀院に盃を差し出す。
「鶯の囀りが変わらぬように、私はいつまでも院にお仕えいたします」
「ありがとう、源氏の君こそわたしにとっての春告げ鳥だよ」
笑みを深めて、院は私の盃を受けた。
舞の後、帝は楽人たちが遠いとの理由で御前に楽器を取り寄せた。兵部卿の宮は琵琶、内大臣は和琴、朱雀院は筝の琴、私は琴の琴を奏でる。この指先から奏でる音に院の調べが重なる。やわらかく包み込むような見事な音色。いずれも名手と名高い手による合奏はこの上なく素晴らしく、管絃の遊びは月が朧に輝くまで続いた。
内裏へ還御する前に冷泉帝は院の御所に暮らす弘徽殿の大后のもとへ立ち寄った。私も同行し、年を重ねた大后を見舞った。
この日の詩作が認められ、夕霧は進士に及第した。十人の学生は大学寮で長く学び、その才を認められていたが、及第した者は夕霧を含めわずか三名だった。
夕霧はその年の秋の司召除目で五位の位階を得た。昇進した夕霧は喜びとともに雲居の雁へ文を送ったが、返事はなかった。柏木に確かめれば、内大臣の中将は弘徽殿の女御を冷泉帝の中宮に立てられなかった代わりに、女御の異母妹である雲居の雁を東宮に入内させようと考え、三条邸から自らのもとに強引に引き取ってしまったと分かった。夕霧との文を父である中将に固く禁じられ、雲居の雁は涙に暮れているらしい。
夕霧は今年の五節の舞姫に選ばれた惟光の娘に興味を引かれたようでもあったが、文を送るだけに留め、正室も迎えずに雲居の雁を乞い続けている。天女のような美貌だと讃えられた少女でさえ、ただ一人の代わりにはならないのだろう。
朱雀院の行幸の後、私は六条の御息所の遺した邸の跡地とその周辺の土地を手に入れ、新たに邸の造営を始めた。
朱雀院は御所に冷泉帝を迎えた。私が壮麗な邸を築けば、院の御幸が得られるかもしれない。ともに暮らせはしない人をせめて自らの邸に招きたい。
一年後の秋、私は趣味と贅を尽くした六条院を完成させた。
広大な敷地を四季の名を冠した四つの町に分け、それぞれの町の中心には主殿となる寝殿を建てた。寝殿の前方には大きな池を配し、後方には北の対を作らせた。寝殿の左右にある西の対と東の対とは渡殿でつなぎ、東西の対からは池へ向かって透渡殿があり、夏に涼を得る泉殿へ続く。
桜、梅、藤、山吹、躑躅を植えた春の町は明石の姫と姫を育てる紫の上に、呉竹、橘、撫子、菖蒲などを揃えた夏の町は花散里に与えた。花散里に後見を託した夕霧の慰めになるよう夏の町の一角には馬場殿を設けた。
六条の御息所の邸跡である秋の町は多くの紅葉で彩り、前斎宮の中宮の里内裏とした。
雪景色を楽しめるようにと松を植えた冬の町には寝殿を作らず二つの対を並べ、明石の方のために整えた。
四季折々どの季節も美しい邸、臣籍である私にとっての御所だ。いつか大切なただ一人を招きたい。
明石の方は変わらずに慎み深く、
「もの数にもならぬ身でございますので、皆さまが落ち着きになられた頃に参りたく存じます」
冬の初めを待ち、移ってきた。
三十五歳の私は六条院の主となった。