シン紙幣ブームが来る!
「シン紙幣ブームが来る」
藤崎はニヤリとした。
世の中は、これからキャッシュレス社会になるというのに。
「これは、名探偵藤崎誠の予言である」
が、小さく首を振る。
「いや、名探偵の推理である」
藤崎は一人、キメ顔を作った。
「何、やってんだ?」
男は藤崎を指さして言った。
「何でいる?」
藤崎は動揺を隠せずに言った。
「納品だ」
男は紙袋を掲げた。
「天才科学者にこんなおもちゃを作らせるなよ」
男は紙袋から一つ束を取り出した。
そして、テーブルに置いた。
藤崎は手に取る。
じっと見つめ、
「いい出来だ」
と唸った。
そして、パラパラとめくり、感触を確かめた。
「そんなモノどうするんだ」
男は問うた。
それは100ドル紙幣の束だった。
精巧な、本物と見違えるほどの。
他にも数種類の米国紙幣が・・・
「このサンプルを使って、プレゼンするんだ。
そうすれば大儲け・・・
心配するなお前にも、キックバックする」
藤崎は親友の天才科学者であり、発明家の男に言った。
これまで男の窮地を何度も救った。
命の危機を。
まあ、金欠で食事に事欠いていたのだが。
「本当だな。
でも、天才科学者にこんなことさせるなよ。
スキャナーでこぴーして、細工するだけなら、
お前でもできるだろう」
天才科学者は口をへの字にして言った。
「これも救済だ」
藤崎は以前、彼に100万円の札束を作ってもらっていた。
それは本当に精巧なモノだった。
(『偽札 -天才科学者の内職』参照)
でも本当の理由、貧乏なお前への、とは言わなかった。
「仕事が減ってる印刷会社への。
これがブームになれば、印刷会社も潤う」
「これが、か~」
彼は札束をペラペラとめくった。
「こんな、おもちゃの~」
本当におもちゃの札束だった。
藤崎の肖像画が入った。
「子供たちへのプレゼントだ。
それにマニアにはウケる。
ボードゲーム、人生ゲームとかの」
それは人生ゲームの100ドル紙幣を藤崎の肖像画にしたモノだった。
藤崎の狙いは、人生ゲーム用のオーダーメイドの紙幣を作ろうというのだ。
子供たちへのプレゼント、人生ゲームマニア向けに。
「これ、著作権違反じゃないのか~」
彼は言った。
「それなら、ゲーム会社が米国に払うべきだ。
完全なコピーだからな」
藤崎は完ぺきな反論だという顔をした。
少し、顔をしかめてから言った。
「キャバクラとかじゃあウケないかな。
おもちゃ、だし~」
「使える紙幣を作ってやろうか。
お前の顔を入れた」
彼は言う。
「マジか。
違法じゃあないだろうな~」
藤崎は首を傾げる。
だが自分の顔が入った紙幣など、もう偽札とは言えない。
「よし、10。
いや100・・・」
「100万かッ」
天才科学者の声は上ずった。
「100枚だ」
藤崎は財布を取り出した。
そして、1万円札、10枚をテーブルに並べた。
「これは製作費だ」
そして、もう3万円出した。
男は怪訝な顔をした。
「いいのか。
本当に~
これで作って」
彼は藤崎の顔をじっと見つめた。
「ああ」
藤崎は彼を見ていなかった。
藤崎の視線は天井にあった。
すでに、キャバクラやクラブでモテまくっている妄想を始めていた。
藤崎の口はだらしなく、緩んでいた。
彼が部屋を出ていくのも気づかなかった。
「よう」と声をかけ、肩を落とし、丸まった藤崎の背をポンと叩いた。
藤崎はカウンターテーブルに付きそうだった顔を上げ、
スツールの椅子を回転させた。
自称天才科学者の友人だった。
珍しい。
このバーにこの男が来ることは滅多になかった。
あ、は、は、は、と彼はキレイな母音で笑った。
「やっぱりな」
藤崎は顔をしかめて言った。
「何が」
「モテるはずないだろう。
俺は本当にいいのかって確認しただろう。
忠告も聞かずに」
彼は笑い続けてた。
「えッ、そんなこと言ったか」
彼の忠告の時、藤崎は妄想に入っていた。
「でも、札として使えるから受け取ってもらえたけどな」
「こんな俺でも分るぞ。
今どき、女の子が1000円じゃあ喜ばないことを」
彼は腹を抱えて笑った。
藤崎はキャバクラやクラブで女の子の気を引くために、
藤崎の顔写真入りの1000円札を配ったのだ。
でも、受け取った女の子の顔は2転、3転、4転した。
チップをもらって喜び、
おもちゃの紙幣だと思って怒り、
ネットで使えると理解して楽しみ、
1000円だということに哀しんだ。
ネットで使える藤崎の顔が入った紙幣、
それはアマゾソの1000円分のギフトコードを記載した紙幣だった。
受け取った人はアマゾソで購入する際、
そのコードを入力すれば、1000円払ったことになるというわけだ。
「最低でも1万円、
クラブなら5万円、
それならモテたのにな~」
彼は笑いをコラえて言った。
藤崎は頭をかかえ、カウンターテーブルに突っ伏した。
2019年、シン紙幣ブームが到来した。
名探偵藤崎誠の推理通り。
新元号とともに。
もちろん、藤崎の妄想の一部である。
探偵小説というより、探偵の小説でした。