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雷牙公の懊悩


「あなたの家の料理人は腕が良いですね」


 食後に出された和菓子を見て、六白は声を弾ませた。桜の形をした練り切りは非常に繊細で目に鮮やかだ。見よう見まねで作ったとは言い難い。


「味も上品な甘さで美味しいです。ああ、でも食べるのがもったいないですね……」

「気に入ったならよかった。また作らせるよ。まあ、確かに気合入ってるな。リクが来たからだとは思うけど」

「私ですか?」

「俺は何でも美味いって食べるから。リクは食にこだわりがあるだろ」

「私も大体のものは食べますよ。偏食ではありません」

「でも、これは美味い、これは綺麗だ、とか感想言うだろ? 好みもしっかりしてるし。作る側としては、職人魂をくすぐられるんじゃないかな」

「そういうものですか」

「多分ね」


 無事に帰宅した六白は、用意されていた白シャツと紺のスラックスに着替えて、同じく軍服から着替えたラディと過ごしていた。彼の着ているものとデザインは似ているように思うが、六白にぴったりと合う。彼のものを借りているのではなく、わざわざ仕立てたのだろう。


「ところで、ラディ」

「ん?」

「近衛兵である貴方に親衛隊が付いているそうですね?」

「んー? 何の話だ?」

「女官たちが言っていたましたよ。偏執的に貴方を慕う集団があると」

「あー、あれなあ……」

「常々、派手に浮名を流しているのではと思っていましたが……。まさか遊びまわってるんじゃないですか?」


 六白の硬質な声が冷たさを含んで響く。


「違う違う! 不誠実なマネはしてません! しかもそういう可笑しなことをするのって、大抵俺と関係ないやつなんだよ」

「数が多すぎて覚えてないのではなく?」

「そんな好色じゃありませんー! リクだって分かってるだろ」

「そうですね。”私たち”はその様な真似をしません。……今はまだ大人しくしているのかもしれませんが、いつ何をされるか分かりません。気をつけて下さい」

「ああ。リクに何かあったら冗談じゃ済ませられないしな。手を打つよ」

「お馬鹿さんですね。ラディ、貴方の心配をしてるんですよ。私は、私の領分を侵すものは許しません。外敵には冷酷になれるのです」


 武官として血を流す覚悟のある彼とは別に六白にも覚悟がある。伊吹山の領主となった日に誓ったのだ。己と己の大事なものを守り抜くと。


 一方、六白にお馬鹿さんと呼ばれた男はうわ〜〜、と心の中で声を上げていた。自信と酷薄さを見せる幼馴染は身を切り裂く冬の如き美しさですこし見とれてしまった。

 しかし、言葉は「ラディに傷をつけるやつは誰であろうと許さないぞ、ああん?」という完全な武闘派のもの。彼の気は短くないものの、もし何かあれば容赦なく相手をねじ伏せるはずだ。 


ーーそれはちょっと面倒なことになるんだよな。


 偏執的な集団、と呼ばれたものの中心人物に心当たりがあるラディは心の中でひとりごちる。


「リクの愛を感じるなあ。でも、安心してくれ。危険な目には合わないようにするし、もしそうなったとしても自分の身を第一に考えるから」

「そうしてください。……もしもの時は呼んでくださいね。力になりますよ」


 優雅に微笑んだ六白の周りの空気が動いたかと思うと一気に氷のような冷たさへと変わる。

 六白の神気は水や氷を従わせる。今の変化は無意識であろう。大変力の強い彼は感情を高ぶらせるだけで周囲に力を及ぼすのだった。


 気高く、強く、優しい。そんな幼馴染がラディは大好きだった。




 夕食を終え、自室へ戻ったラディは、寝台へ寝転がって先程の会話を反駁していた。


 神の中でも極めて力を持つものはあまかみと呼ばれる。

 神力とは生命力だ。生命力の強い天の神はほぼ不老不死に近く、長い年月を生き抜く。全ての生物の中で頂点に立つ彼らは、天敵もいないことから繁殖力も低い。つまり、性的にとても淡白なのだ。

 無敵で長寿ならそりゃあ無理して子孫を作ろうとしないよなあ、とラディは納得している。


 それでは何故、彼の親衛隊が出来るのかといえば、宮勤の文官や女官はほぼ天人であるからだった。天人は長くて二百年ほどしか生きないから、天の神と違い伴侶探しに真剣だ。加えて、誰しもが出来るだけ良い相手をと思っている。


 ラディは自分の見目の良さや、位階の申し分のなさを承知している。しかし、だからと言って血道を上げるのはよく分からない。

 性的に淡白な彼らは、精神的な繋がりを重視する。全ての源である魂ごと愛すのが、至上の愛の形だった。


 ーーでも、多分、おかしくなってるのは俺のせいなんだろうな。


 顔に刻まれている流線型の模様に触れる。己の身の内に獣を飼っている証の紋様だった。


 まだこの神獣が野にいた頃、特殊な香りで獲物や敵を酔わせていたという。嗅いだものは、酒で心地よく酔った時と似たような状態となり、一時的ではあるが神獣の支配下におかれるのだという。

 その力を意図的にラディは使うことが出来ないが、たまに身体から独特の香りを感じることがある。濃厚で甘く官能的な香り。この香りを嗅いだ影響があるのではないかと思っているから、今まであまり強く出られなかったのだ。


「でもまあ、とにかく話してみるか。悩んでても仕方ないし」


 ごちゃごちゃと考えたところで事態は好転しない。

 大切な幼馴染の為にも、ともあれ事態の解決を目指すことにした。


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