5話 我思う、故に我在り。
実際のところの古賀は、「結構ヘンかも」くらいのものではない。控えめに言っても、おそらく奇々怪々な人物であった。
良い感じに酔っ払った古賀は、……現在。自室のベッドの上をゴロッゴロッ、転がりながら叫んでいた。「どうして」「人を」「殺しちゃ」「いけないんだよう」「うぅぅ」「うっうっ」
——やかましすぎる。そして、あまりにも人聞きが悪い!
頭にガンガン声が響いてくることも相まって、私は絶世の美女の頭を思いっきり叩いてやりたくなった。が、振りかぶろうとして途中でやめた。
不遜であるはずの言葉の語尾が震えて、いつのまにか嗚咽に変わっていたからである。途端に、布団の中で縮こまり始める彼女のことが哀れに思えてきた。
「……敬愛する先生に、また何か言われたか?」
持ち得る限りの優しさを込めて、ベッドの横から私は声をかけた。返事はない。でも、きっと、そうなのであろう。
小説家志望者は、得てして頑固で強情なのである。揺るぎない小説観を持っている。とはいえ、まだまだ私たちは若いために迷いが生じる部分もあった。
古賀の小説の場合。大学内のグループ批評会で指摘される部分は決まって「小説内でバンバン、人が死んでいくこと」であった。
——だから、彼女も自分の小説の書き方に迷って……いないな。語弊がありました。申し訳ございません……。
古賀の小説観の場合。彼女は超頑固で超強情なので、迷いが生じることはない。故に彼女は、その価値観がいつも周りに認められないという悔しさを抱えていたのである。
仕方がないと言えば、仕方がない。価値観は多種多様である。否定されるべきものではないのかもしれないが、小説の好みは変えがたい。
——欺く言う私自身も人が死ぬ小説は嫌いなのだから。しかし、今日のところは自分の小説観を抜きにして、古賀の文章を読もうではないか?
「どれどれ、ちょっと私も読んでやろう」と、あからさまな独り言を呟きながら、私は季節はずれの炬燵の上に置かれたノートパソコンを起動した。
ところで、パソコンの起動音に私はいつも命の芽吹きを感じさせられる。ゔぉん、ゔぉぉん。産声を上げながら、単なる箱が単なる箱ではなくなっていくのである。
——まぁ、どうでも良いことなのだが。
もしかしたら、どうでも良いことは書くべきではないかもしれない。が、悲しいかな。わりと、この小説はどうでも良いことで形成されているように私は思う。