31話 いつもと同じ景色と違う景色。
古賀がチーズケーキを好きだと、私は知らなかった。思えば、2人でケーキを食べた記憶もない。ケーキは高級品だ。そもそも自分のお金でケーキを買ったことなんてないかもしれない。先月末に人生で初めてのアルバイト代を得たばかりのため、今日の私はケーキを買うお金の余裕があったのだ。
初めてデパートで買ったチーズケーキは、確かに美味しい。クッキーの生地に、ほんのり黄色がかったチーズクリームがのっている。なめらかなチーズクリームの甘さが絶妙だった。くどくない。いつまでも食べていられる甘さだ。実際、いつまでも食べていた。
お酒を飲むことよりも食べることに夢中だなんて、かつてないことである。本来の女子会とは、こういうものかもしれない。しかし、気がついてみれば缶チューハイも3本しっかり飲み切っている。
やっぱりレモン風味のハイボールとの相性が抜群だというので、古賀に勧められるままハイボールも呑んでいた。これでは、いつもと変わらない。ダメかもしれない。そう思いかけたところで、幸運にもお腹がパンパンになった。もうお酒の一滴も入る余地がない。ホッとする。
結局、チーズケーキは2人で食べ尽くしていた。代わりに、コンビニの袋の中に残ったポテトチップスとチョコレートを古賀へ献上する。「わあい、食べ物だ!」と、絶世の美女は喜んでいた。お菓子だけではなく、ご飯も食べてほしいのだが。少々、不安が残る。
なんだかんだで、まだ外が明るいうちに古賀の家を出た。日の光が眩しい。「寝なくていいのか?」と絶世の美女に聞かれたのだが。危うく惚れかけた後なので、半ば逃げるように出てきた。仮眠を取っていない私の足取りは、ふわふわしている。
鬱蒼とした木々に囲まれた大学の裏側の、狭い坂道を下る途中。ぱこん、ぱこん。テニスボールの打球音が聞こえてきた。ぱこん、ぱこん。リズムが良い。ぱこん、ぱこん。同じ道を通っているのに、時間帯が違うだけで別の道みたいに感じる。ぱこん、ぱこん。
広小路通りに出た。通行人が増えてきたので、背筋を伸ばしてみるものの足元が覚束ない。どう見ても酔っ払いの足取りである。誰にも会わないことを切に願う——。
地下鉄の駅へ向かう途中で、ふと視線を感じた。知り合い、ではない。見慣れたビルの軒下にお婆さんがいた。じっと見られている。目の前の信号が、ちょうど点滅する。私は立ち止まってしまった。




