28話 深淵もまた君を覗き込む。
白状する。暗闇を見つめ続けることは、非常に困難であった。暗くなると眠くなる。生理現象に逆らうことはできない。
瞼が重くなってきて、ぎゅっと目を閉じた時。目を開けていても閉じていても景色が同じだということに、私は気づいた。もう目を閉じていても開けていても同じことではないのか。確かに、そう思った。
どこまでも自分に都合良く考えることができてしまう生きものだ。人間というものは——。そうして、いつのまにか寝ていた。素敵な夢を見ることもなかった。
仕方がないので、日曜日は遮光カーテンを閉め切ることで朝っぱらから暗闇を作った。なるほど。暗闇の中では、自分の存在が濃く感じられる。
天井に向かって、手を伸ばしてみた。輪郭を掴めないほどに、私の指先が暗闇に溶ける。私の指先はあるのに違いないが、見ることはできない。まるで昼間の星になったようで、不思議な感覚があった。
ふと、ニーチェの『善悪の彼岸』の言葉を思い出した。 「怪物と戦う者は、自分もその怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」
暗闇と戦う気はないのだが。すでに私の一部は、暗闇になっていた。伸ばしていた手を下ろす。暗闇を見つめ続ける。残念ながら、暗闇に見つめられているという感覚はなかった。
見つめられているという感覚がないからこそ、用心しなければならないのかもしれない。……だんだん、私は観察者ではなくなっていた。思考に囚われている。
集中力が続かない。暗闇を見つめ続けることに、飽きたのである。そうして、いつのまにか再び寝ていた。さらに何度か繰り返して、日曜日は寝てばかりになった。
有益な日曜日の過ごし方であるとは言い難いのだが。おかげで、すこぶる体調が良い。小塚先輩の「お前さんも、よく寝るといい」という言葉に、昨日の今日で慰められてしまうとは思いも寄らなかった。
英気を養ったところで、明日は月曜日だ。真っ昼間から古賀とお酒を酌み交わす日。いつも通りアルバイトに行ったとはいえ、ダラダラしすぎかもしれない。
寝過ぎてしまった時もまた、どれほど後悔しても遅い。天地がひっくり返っても、時間が巻き戻ることはないのだから。しかし、後悔ではなく反省をするべきではなかったか。
そのようなことを思ってみた夜更け。暗闇を見つめながら、私は再び寝ていた。後悔はない。




