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27話 暗闇を見続けるような時間。

 ドラム缶のような風呂から出た後。キッチンの流しで歯を磨く。それから、キッチンの横の細くて急なカーペット敷きの階段を上る。


 子どもの頃は階段からジャンプして遊んでいたものだが。今の私は、階段に手をつかなければ上ることができない。両親が階段を上ることは滅多にない。階段の4段目に、洗濯済みの私の衣類が置いてあった。


 2階には私の部屋の他に、今は使われていない両親の寝室がある。寝室には大きなダブルベッドが置かれていて、子どもの頃に3人で眠った思い出だけが残っている。


 両親は今、リビングで寝ていた。歳を重ねると、1階だけで生活したくなるものらしい。確かに、階段は面倒だ。なるべく上り下りする回数を減らしたい。そのような理由で、私もカーディガンや鞄などの外出時の必需品を階段の2段目や3段目に置いている。


 自室は10畳の洋室で、古賀のワンルームと同じ広さだが狭く感じた。座らなくなった勉強机や、見なくなったテレビや、弾かなくなった電子ピアノが、空間を圧迫している。カバー付きのハンガーラックと古い箪笥もあり、もう壁側には何も置けない。


 左側の押し入れの中には、クリスマスツリーや7段の雛人形やキャンプ用テントや寝袋や旅行用のスーツケースが詰まっている。開けることはない。

 

 折り畳み式のベッドを上げ下げして、私は空間を確保していた。同じく折り畳み式のローテーブルを愛用している。ローテーブルの上にノートパソコンを置いていた。


 しかし、何も浮かばない。仕方なく、ローテーブルを脇に押しやる。折り畳み式のベッドを下げて、かけっぱなしにしている布団と枕の位置を直した。電気を消す。パチン。


「小説を書くためにはね。暗闇を見つめ続けるような時間が必要なんだよ」と。


 突然、岩水先生の声が脳内再生された。下がり眉と眼鏡の奥の瞳の優しさを思い出す。先生の敬語は、いつも重要なことを言う時にだけ外れる。暗闇、か。


 暗闇を見つめ続けるような時間、は比喩でも何でもない。文字通り、暗闇を見つめ続けるという意味だった。「ような」がついているのは、「暗闇」は他のものに置き換わることがあるからだろう。


 置き換わるものには、1つだけ心当たりがある。水面と水中の間、だ。しかし、見続けるのは暗闇の方が楽……。そう思いかけて、笑えてきた。大概、私も面倒くさがりだから困る。芸術は、楽を求めるものではない。


 暗闇を見続けるうちに目が慣れてきた。ベッドに横たわる。薄いベージュ色のはずの布団カバーが、黒々として見えた。

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