26話 地獄の中の一縷の望み。
いつまでも先生の言葉が耳に残っている。間がな隙がな、私は卒業制作のための小説の題材を探し続ける生活になった。
「卒業制作のための小説の題材も探し続けてください。締め切り間近になって、慌てる学生も少なくないのでね」
何度も頭の中でリピートされている。先生の言葉は効果絶大だ。なぜなら、私は慌てる学生を具体的に知っていたからだ。その学生は慌てただけでなく、実際に留年した。今年も慌てることになるのかもしれない。
毎日、アルバイト先で小塚先輩と顔を合わせる。留年したために学費を稼がねばならない。死に物狂いの小塚先輩は日に日に、やつれていく。
輪をかけて、ひょろ長いのが気になった。土曜日の夜。アルバイトが終わってから、私はパチンコ屋の裏で声をかける。「先輩、大丈夫ですか」「それがな……」くくく、っと小塚先輩は笑う。
「どうしたんですか」
「ついに倒れた」
「倒れたッ!?」
「今日の昼間、スーパーのレジで倒れてな」
「しかも今日」
「そのままバックヤードで3時間ほど眠ったらしい」
小塚先輩が、スッキリした顔で言い放つ。「かつてないくらい調子がいい。久しぶりに、よく寝たからな。お前さんも、よく寝るといい」……私は寝ていますよッ! と思った。
留年するのも辛いが、死に物狂いのアルバイトも辛い。その上で小説を書くのは、もっと辛い。地獄だ。小塚先輩には、小説を書く時間があるように全く思えない。
睡眠時間を極限まで削って、小説を書いていたせいで倒れたのだろう。確かに、小塚先輩は地獄にいる。しかし、題材が決まっているから絶望的ではないのだと思う。
ぼんやりと頭の中にあるものを書き起こす作業が遅れて留年するのではなく、そもそも書くものがなくて留年してしまったら絶望的だ。プレッシャーの中ではアイデアが生まれにくい。
そのようなことを考えているからだろうか。今の私の頭は、すでにプレッシャーを感じていて何も浮かんでこなかった。何か捻り出そうと、私は躍起になる。
『卒業制作のための小説の題材。卒業制作のための小説の題材。卒業制作のための小説の題材。卒業制作のための小説の題材。』と。
ひたすら同じ言葉を繰り返すだけで何も浮かばない頭に足踏みしながら、家路に着く。いつのまにか小塚先輩の姿は消えていた。どこで分かれたのか。記憶がない。挨拶も忘れて、失礼なことをしてしまったと思う。




