25話 小説の題材。
金曜日の4限目の岩水亮介教授の現代小説創作ゼミは、1号館の5階のF号室で行われる。座席は32席あるが、ゼミの定員は15名だ。
岩水先生は、何年も前から小説の書き方を教え続けていることで有名なお爺さん先生。ゼミの人気は高い。15名の枠に入るためには、オーディションに合格しなければならない。
2年生の冬に、4000字程度の短編小説を岩水先生へ提出するのだ。短編小説の不出来で、合否が決まる。同じ学部の学生は95名だが、現代小説の創作を専攻したい学生が何名いるのかは知らされていない。
何名がオーディションを受けるのかは不透明。しかし、落ちるのは数名のはずだ。そうでなければ、小塚先輩や私が岩水先生のゼミ生であることの辻褄が合わない……。
4000字の短編小説が提出期限内に書けただけで奇跡、みたいな2人である。現に小塚先輩の卒業制作は、まだ4000字に届いていない。ひいひい、言いながら4000字を書いたに違いないのだ。そして、私も大差ない。
寒い冬。死にそうな思いで書いた私の短編小説は、下から何番目だったのだろう。いや、何番目でも良い。聞こうとも思わない。今日もゼミ生でいられることに、ひたすら感謝するのみだ。合掌。
1番前の左端の壁側の席。近すぎて先生からは死角になりやすい席が、私の定位置だ。いつも、先生は10分ほど遅れてくる。壁の向こうに、ペタペタと先生が歩いてくる足音を聞いた。
今週のゼミで出された課題は、『お気に入りの小説の紹介文を400文字で書いてくること』である。想像よりも簡単な課題で、ホッとしてしまう。熱血な永野先生との落差がすごい。
岩水先生はポロシャツを着ていて、スーツよりはカジュアルな印象を受ける。適度に後退している生え際と、白髪混じりの顎髭が特徴的だ。下がり眉と眼鏡の奥の瞳は優しげで、ほっこりしてしまう。
「小説の良い紹介文とは、小説を読んだときよりも紹介文を読んだときのほうが面白いと思わせる文章のことです」
聞いていなかったわけではないが、少し油断していた。そのような私を、先生は見透かしたように笑う。
「課題とは別に、卒業制作のための小説の題材も探し続けてください。締め切り間近になって、慌てる学生も少なくないのでね」
少なくないのでね、どころの話ではない。慌てる学生しかいないのではないだろうか。卒業が確定する日まで、私が時間を持て余すことはなそうである……。




