21話 ありきたりではない存在。
火曜日の朝9時すぎ。相対的に見ると新しい1号館の3階のC号室。156席が並ぶ大きめの講義室に着くと、真ん中の3列目の席に古賀が座っていた。
実は、古賀は視力が良くないらしい。ホワイトボードの字が見える前方の席を、いつも選んでいた。1列目は教壇にくっついていて近すぎるので、3列目は妥当な席だ。
ホワイトボードの左側に立つ教授と、右側に立つ教授がいるのだが。ど真ん中に立つ教授はいないので、真ん中の席はホワイトボードが見やすい。意外と、古賀は真面目に講義を受けようとしている。
古賀の隣の席にトートバッグを置く。絶世の美女が、こちらを見た。黒目の大きい二重瞼、筋の通った上向きの鼻、形の良い柔らかそうな唇。相変わらず、顔が整いすぎている。オレンジブラウンの艶やかな髪の1本1本さえも完璧だ。
古賀はセンタープレスのパンツを愛用していて、私服はセットアップが多い。毎日のコーディネートを考えなくても良いというのが理由で、基本的に面倒くさがりな性格をしている。
今日は、白いブラウスにベージュのジレのセットアップを着ていた。高身長の古賀には、ワイドパンツがよく似合う。足元は、いつものスニーカー。歩きやすいというのが理由なのだが。セットアップの生真面目な印象を上手く外している。
絶世の美女は、かっこいい。神は二物も三物も与えるのか、と懐疑的に思う。黒目の大きい瞳が、じろりと私を見ていた。凄い目力だ。
通常であれば、「おはよう」という風鈴のように涼しげな声を聞くことができるのだが。美しく清らかな笑顔が見られない。なぜだろう。珍しく、古賀が私に怒っていた。
「なぜ、バハムートを止めた?」
……あぁ。お酒に酔っていなければ、理解できる。古賀が私のために目覚まし時計をかけることはあり得ないのだ。
パチンコ屋の清掃のアルバイトを私が毎日こなしていることなんて、古賀は知らない。お酒を呑まなければ始まらない月曜日の夜。お酒に酔ったまま、アルバイトをしているという事実は私も言いづらかった。
目覚まし時計は、古賀が自分のためにかけていたのだろう。実は、古賀にも月曜日の夜から用事があったのかもしれない。
「ごめん。普通に、めっちゃ酔ってた」
酔っていると、本当に何をしてしまうかわからない。目覚まし時計を止めたことは覚えていたのが、ラッキーに思えるくらいだった。




