20話 私小説について、重要なこと。
再び、私は夢を見ていた。
車1台分くらいのスペースの庭。日の当たらない土が、黒く湿っている。祖母の家の北側の小さな裏庭だ。スコップを使って、私は穴を掘っていた。
——大きな、穴だ。
ぽっかりと空いている。草の根や細かなゴミやミミズくらい出てきそうなものだが、綺麗な穴だった。結構な労働量のはずだが、全く疲れていない。
先の尖ったスコップで、さらに掘り進めていく。両手で握っているスコップの金属だけが、冷たい。土の感触は柔らかだった。まるで働き者のように、濃い色のデニムやスニーカーが土に塗れている。
不意に、ガラガラと音がした。勝手口の引き戸を開けて、誰かが「私」を見ている。不思議なことに、「私」を見ている人物は「私」だった。
改めて「私」を見やると、何の特徴もない顔をしている。すれ違っても、すぐに忘れてしまいそうな顔だ。お気に入りのブラウスにブルーデニムという定番の服を着ていた。
鎖骨にかかる長さの内巻きのボブは、癖が強い右側の髪を耳にかけて何とか誤魔化している。髪色は暗めのベージュブラウン。
王道で無難な、いつもの「私」だ。ブラウンのアイシャドウに、淡いピンクのリップをしている「私」。黒いパンプスを履いて、肩掛けタイプの白いトートバッグを持っている「私」。
スコップを持っている方の「私」は「私」であるが故に、見ることができなかった。微妙に「私」とは違う「私」のような気もしたが、定かではない。
何よりも恐ろしいのは、「私」が「私」を目の前の穴に埋めてやりたいと思っていることだ。ゾッとする。身がすくむのと同時に、あっさりと私は夢から覚めてしまった。
壁掛け時計が6時20分を指している。カーテンの隙間から光が漏れている中。「なるほど」と、独りごちる。私小説について、重要なことを忘れていた。
主人公である私が、ありきたりで無難な人物である場合。そのまま小説も、ありきたりで無難なものになってしまうことだ。
大きな穴に、「私」が「私」を埋めてやりたくもなる。つまらない「私」が、つまらない小説を作るのだ。「私」は「私」が、つまらない人間であることを誰よりも知っていた。
これもまた、私が小説を書けない理由ではあるのだが。今の心の拠りどころは、古賀の存在だ。奇々怪々な人物であるが故に、ありきたりではない存在。
古賀に会おう。古賀に会うことで、私は小説を書くことができる。このような友人の使い方は後々、問題になるケースしかないのだが。
仕方がない。大学を無事に卒業するためだ。古賀に会う。絶対に会うッ……! 大学へ向かうべく、私は支度を始めた。




