16話 気がついたら背水の陣。
駅に着くと、夜が深まっていた。道沿いに植えられた樹木が黒々としていて、辺りは暗い。坂道を下っていくと寂れた商店街の灯りが見える。周りに何もないせいか、妙に目立っていた。私の生まれる以前から、すでにシャッター街なのだが。
小塚先輩と、黙々と歩く。ひたすら横並びで歩き続けた。誰ともすれ違うことはない。平素から人通りの少ない道である。
しだいに明るくなってきた。広い通りに出て、信号を渡る。商店街へ足を踏み入れる頃には、はっきりと日本列島顔が見えるようになった。
相手の表情が窺い知れると、急激に気まずさが増す。沈黙に耐えられなくなって、私は小塚先輩に話しかけた。「卒業制作は進んでいますか?」
「……そのことだが、いいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
もったいぶった言い方である。小塚先輩は不敵な笑みを浮かべていた。なぜか物書きには追い込まれるところまで追い込まれないと書けないタイプが多い、ような気はしているのだが……。余裕があるのだろうか? まだ5月だしな、と私は思った。
「残念な気持ちのままアルバイトに行くのも微妙なので、悪いニュースから聞きましょうか」
「よしっ、悪いニュースからだな」
日本列島が歪む。しかし、未来に希望はありそうだ。排気ガスのように重い空気が立ち込めてきた。意図的に私は真剣な表情を作る。ゆっくりと、小塚先輩が口を開いた。
「まっしろだ。残念なことに、プロットさえできていない」
「………」
「……次はいいニュースだ。まったく何も浮かばないという危機的状況。で、あるがゆえに。かつてないくらいのやる気がわいてきた」
くくく、っと小塚先輩は笑う。日本列島が歪み続けていた。再び、頭痛がしてくる。こめかみを私は静かに押さえた。今日の頭痛は、慢性的である。
「1ヶ月ほど前に、ちょっとだけ見せてもらった小説がありましたよね? あれはどうなったんですか?」
「どうもしてない。が、あれでいくしかないだろう。あれをてきとうに広げるつもりだ」
「あれでいきますか」
「あれでいこうと思う」
「あれって今、何字でした?」
「さんぜん」
小塚先輩は、あっけらかんとしていた。ちなみに卒業制作の規定は、原稿用紙換算で100枚以上200枚以内である。文字数にして、4万字以上8万字以内。
3000字をてきとうに広げるだけでは厳しいのだが。唯一の救いは12月の締め切りまで、まだ猶予があることだった。