15話 わりと酷い方のどんぐりの背比べ。
「そのようなことを急に申されましても……」と、確かに私は思った記憶がある。でも、極度の緊張のためか。たぶん声には出せていなかったのだろう。
「じゃあ、来週の月曜日」と言われた際には、コクコクと頷いていた。あれよあれよという間に、アルバイトをすることになっていたのだ。時々びっくりするほど、私は押しに弱い……。
幸い、アルバイト先は家の近所。内容も接客系ではなく、閉店後のパチンコ屋の清掃である。ちょっと、私にもできてしまいそうな感じがした。
——いや、アルバイトの紹介先が偶然にも自宅から歩いて5分の場所だなんて、いくら何でも都合が良すぎる。しっかり事前リサーチをされていたに違いないのだが。
何・者・な・ん・だ・? 不思議すぎる。思わず、心の中で私は首を傾げた。小塚先輩は謎めいている……。
数多の小説は話数が進んでいけばいくほど、謎は解き明かされていくものなのかもしれないが。悲しいかな。この小説において、私が知り得ないことは絶対に書かれない。故に、謎は謎のままに残されてしまう見込みの高いことが難点である。
一生、謎めいたままかもしれない男。小塚雅史先輩は現在……、2つのつり革に両手でぶら下がり、オランウータンスタイルを極めていた。腕が長いので様になっている。
ちょっと危うい表現が続いているのだが……。決して、ディスっているわけではない。ただ、小塚先輩はキャラが濃すぎるのだ。しばしば、形容しても形容し足りない気持ちに駆られるのである。
そのようなことを考えながら、ぼんやりと私は扉付近の手すりにつかまっていた。手持ち無沙汰になったため、何気なく質問をしてみる。
「先輩、つり革の数って多いと思います? 少ないと思います?」
小塚先輩は、私の想像していなかったような顔をした。怪訝そうに私を、じろじろと見る。そして、くぐもった声で言う。
「お前さん……、なんか酔ってないか?」
すっかり、私は面を食らってしまった。ハッとした。なんと、私は酔っていたのであるッ……! 今さらだろうと言われれば、もちろん今さらなのだが。酔っている時の思考を小説にするとは、これいかに?
徹夜テンションで書き上げるのと、どちらが酷いであろうか。否。おそらく、どんぐりの背比べである。再び、私は頭痛を感じた。こめかみを静かに押さえる。それから、駅に着くまでの間。しばらく目を閉じたままでいた。