11話 酔いと夢の覚める足音。
呑み過ぎてしまった時には、どれほど後悔しても遅い。覆水、盆に返らず。お酒が空き缶に戻っていくことはないのである。
只々、襲ってくる頭痛に耐え忍ぶしかない現状。しかし、そろそろアルバイトに行かねばならない。緩慢な動作でショルダーバッグを肩にかけて、ふらりと私は部屋を出る。
つまみの食べ散らかしやら空き缶タワーやらは、そのままに。立つ鳥、跡を濁しまくっている。一抹の罪悪感を覚えるものの、今は前進あるのみだ。
真っ直ぐ歩けていないような気がしながらも、ヒールを履いた。そして、玄関の下駄箱の上に置かれた鍵を掴む。
さすがに、絶世の美女が眠る家(しかも全然、起きない)の鍵を開けっ放しにして出て行くわけにもいくまい。重い扉を押し開けて、ふらつきながら外へと踏み出す。
鍵をかけてから玄関の郵便受けの中へ、鍵を放り込む。カランと耳に心地の良い音がした。もう1度、不思議と聴きたくなる音だ。
音が気に入った私は鞄の内ポケットから飴玉を取り出して、同じように放り込む。これは楽しいかもしれない。
もう1個、もう1個。どうせだから、古賀の好きな味ばっかりを選んで入れていく。不意に、カンカンと階段を上る音がして我に返った。
私は奇行をやめる。それから。ちょっと羽目を外しすぎてしまったが、地頭の良さそうな女子大生というものを演じ始めた。
顎を引いて前を向く。背筋を伸ばして、できる限り颯爽と歩いていく。階段から上がってきたのはミニマムな女の子であった。
華奢な肩の横でツインテールが揺れている。辺りが薄暗いため、よく顔が見えない。軽く会釈をしながら、共有スペースの廊下ですれ違った。
階段の先の電灯には、バチバチと羽虫がぶつかっている。私は対抗するかのように、カンカンと軽快なリズムで階段を降りていった。
季節は5月中旬。カーディガンを羽織っているものの、まだ夜は少し肌寒い。ひんやりとした夜風が顔に当たる。酔いも夢もいっぺんに覚める心地がした。
彼氏と別れたことも、古賀とお酒を呑んだことも。やたら遠い日の出来事のように思えてくる。ぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちになった。
——でも、どうしようもない。埋めるものがない。
何とはなしに。見上げた空を白い雲が流れていく。今日の雲は低いのだろうか。街明かりの光が反射して、夜の空の色が明るかった。