9話 お酒の傍らにある雨。
唐突だが、私は夢を見ていた。
ぬらぬらと水によって光る岩の囲いの中。小さな湧き水に、たくさんの丸い石が沈められた場所。無色透明の水底にある石が、様々な色みを帯びている。
神秘的な丸い石を見つめながら、私は岩の淵に立っていた。透き通る水底の中の石は、あるがままの姿よりも美しく私の瞳に映っている気がした。
空間の中心部には、苔むした石塔がある。不可思議な形の石塔に3回、湧き水をかけると願い事が叶うらしい。
どこかで耳にしたようなジンクスである。信じるか信じないかを問われたら、あまり深く考えていなかった。思考停止も甚だしいかもしれない。
——しかし、湧き水を3回かける程度のことならば。やっておいても損はなかろう。
そっと私は清らかな水を柄杓で掬う。次の瞬間。再び、霧雨が降り始めた。細くて白い糸のような雨が降り注ぐ。澄んでいた水底が雨粒によって揺らぐ。
肌が濡れる感触は、ひやりとしていて気持ちが良い。微かに雨の匂いを感じた。いつのまにか、辺りには靄がかかっている。視界が薄く霞んでいた。
迷いながらも私は、石塔に3回だけ水をかけるという動作をした。現在進行形で石塔は濡れている。本当に湧き水をかけることはできたのか。判断がつかない。
しかし、できていたことにしよう。そう思ったところで、私は夢から覚めた。ぼんやりとした頭で考える。私の願い事とは、いったい何であったのだろう。
おもむろに目を開けた。優しい明るさの常夜灯は、自分の部屋のものではない。だから、不思議な感覚に陥った。寝る前に、どこにいたのか。すっかり私は忘れていたのである。
身体を突っ込んでいる炬燵布団で思い出した。古賀の部屋だ。ゆっくりと私は起き上がる。炬燵の上に置かれた『バハムート』は、夜の8時を示していた。
余談だが、しばしば古賀は自分の持ち物に名前をつける。『バハムート』は大きな目覚まし時計の名前だ。
私は人の顔と名前さえ一致させられない方だから、当たり前のように古賀の持ち物の名前は覚えていない。が、『バハムート』だけは鮮明に覚えていた。
決して名前に恥じることのない、爆音という攻撃法をお持ちなのである。夜の8時半に、必殺技は繰り出される手はずになっていた。
ありがたや、ありがたや。私は古賀に感謝した。私がアルバイトに遅刻しないため、設置しておいてくれたのであろう。