プロローグ〜書き始めの苦悩〜
——どうも私は真っさらというものに限りなく弱い。
特に、授業中に配られる400字詰めの原稿用紙や真っ白な画用紙や書道半紙。手近なところだと真新しいノートや面接の履歴書なんかが、昔から大っ嫌いだった。
ただの紙のくせに、無闇やたらに私を圧迫してくるのである。多大なプレッシャーをかけてくる……!
「失敗するんじゃねえぞ、ゴルァ」と。
だから、私も負けじと睨みつける。例外なく真っ白な姿をした高圧的な紙どもに言ってやるのだ。
「君ら、そんな大層なものなのかね? たかだか数十円で買えるもののクセに」
私にとって色彩を持たない紙は、いつも強敵だった。大抵は静まり返った教室で、人知れずバチバチと火花を散らす——。
一触即発。緊迫した空気の中での私の一筆の勝敗は、五分五分であった。なんだか真っ白いものを汚しちまっただけのような気分になる時もあれば、ノリにノリまくって筆が止まらずに上手く書けちゃう時もあった。
今回はどうであろう。まだ、わからない。「良い文章」というものを瞬時に自分で判断することは、困難なことなのである。
大抵は周りから「面白い」だの「つまらない」だの「スゴい」だの「スゴくない」だの言われて、「アー、やっぱりそう?」なんて思うものだ。
自分で読み返すと、「やっぱりダメだな」「やっぱりいいかもな」を繰り返してしまう。たぶん書いている文章には良い部分と悪い部分とが常に存在していて、その時によって目につく部分が違うからなのだ。
評価はともかく。今、私は書き続けていこうと思う。もちろん小説というものは、書き始めた瞬間から書き終えなくてはならなくなるものだが。
完結までの道のりは遠い。最初の1歩を踏み出した時には、例えば70万字だとか80万字だとかは天文学的な数字に見える。
そして、私は膨大な文字数の小説というものを書いたことがない……。気を取り直して、とにかく書こう。
この手記の登場人物は私である。今のところは、私しかいない。書かれるのは私の日常、もしくは私の夢や私の書く小説である。
つまり、小説が書けない小説を書く話だ。だから、本当に何もない。私は20代前半の女性で名古屋市に住んでいる。そして、小説を書いている。
プロローグで明かされることは、それだけ。次のページから一体、何がおっぱじまるのか。現時点では何もわからない。でも、それで良い。
——小説が書けない小説とは、文字通り小説が書けない状況でしか書けない小説なのだから。




