戦闘開始【キーズの目的】
目標決めてなかったなーと思ったので。
オレは、『国』が嫌いだ。
思い通りにならないものはその権力を持って排除するそれらをなぜ受け入れられる?
最愛の人を消されても、なにも抵抗出来ない無力な自分も嫌いだ。
ただ地に倒れ伏しているだけなら、生きていないも同然ではないか?
オレは長い時を過ごした。だが、生きていない。なにも為しえていないのだから。
だから、ここに為すべきことを宣言しよう。
『とりあえず、今いる国の転覆で』
*
「元殺し屋が加わったから、そろそろ動き出すかな。臆病者どもは」
自分独りしかいない自室で不老少年はダガーを片手で遊びつつ、不敵な様子でいる。
「最近、退屈だったし……この際だから、ひと暴れしようかな~」
ダガーを遊び終えて机の引き出しにしまうと両開きのドアが二回叩かれた。
「ユミー、入っていいよー」
「名乗る前に当てないでください。それでは、メイドとして、無礼になります」
まるで予知したかのようなタイミングで入室を許可したキーズは不満顔のメイドに気さくな表情を向ける。
「アハハ、ごめんね、つい。あ、そうだ。ユミ、たぶん近いうちにまた騎士団みたいな人たちが来ると思うから、念のためそのつもりでいて」
「かしこまりました。では、いつもの流れで?」
「うん。君がまず出迎えて、もし屋敷の中に押し入るようなら、この部屋とあの部屋は隠して。それ以外なら別に何見られても構わないよ。でも、使用人のプライベートにまで干渉するなら、追い出しちゃって」
「はい。では、そのように使用人一同に伝達します」
「よろしくー」
一礼して退出するメイドにひらひらと手を振る。
また室内に一人になるとキーズは席を立ち、窓の外に見える大国の中でも一際目立つ城に顎を突き上げる。
「肥えた豚を狩るには、まず、飼育員を手懐けないとね。時間かかりそうだけど、それも面白いか」
これから訪れるであろう存在にどう対処するか、そのことを今までに経験した数多の事柄を用いて思考していた。
*
キーズの自室を出たユミは、庭師が整えた広大な庭の出入り口に新人メイドを呼び出していた。
「と、いうわけで、これから、貴女の実力を測りたいと思います」
「なんでそうなるんですか……?」
キーズからの伝令を聞いたテナは呆れ半分驚き半分で腕を組んだ。
それに対して、ユミは手首をほぐしながら説明する。
「万が一、騎士団と戦闘になった場合、私が主軸で対応します。他の使用人たちは邪魔だと分かり切っているので、貴女もそこに含まれるかどうかの判断を致します」
「それってメイドの仕事ですか? あの不死身さんの方がよっぽどそういうの向いてますって」
呆れ全開で首を振る新人にメイド長はまっすぐ新人の目を見て説明する。
「ご主人様を戦わせることはできません。それに主を護るのも、メイドの役目として当然です」
目の色を変えて、エプロンのポケットから取り出した錬成陣の紙を入口の門に貼り付けた。すると、門の一部が少しずつ切り剥がされ、徐々に形を変化させていく。その門の一部だった鉄片がユミの手に収まる頃には、鋭いナイフになっていた。
「どうぞ。使ってください。丸腰では、相手にすらならないでしょう」
「どうも……ユミさん、随分と私を舐めてますよね?」
「ええ。殺し屋だった貴女が直接戦闘で私に敵うはずもありませんから。それに、私は強いです。一応、素手で対応しますが、ハンデが足りないでしょう。一撃でも当てられたら、合格です」
「ほんっとうに……舐めすぎですよ」
腰を少し落とし、ナイフを持つ左手を身体の中心に持ってくる。それと同時に、右腕を腰の後ろに回した。
さらに、纏う雰囲気が一転し、テナ自身の気配を薄くさせる。
そこにいるのに、いないと錯覚してしまうかのように。
その光景を見て、テンションアゲアゲな人が木陰から覗いている。
「仕事サボってどこほっつき歩いているかと思ったら……ジーヌ、なんで俺とピアリを呼んだんだ?」
「面白いことが始まるんだよ! サジくんはどっちが勝つと思う?」
「ハァ……たぶん、ユミじゃねぇか? 怪物じみてるアイツなら、錬金術無しでも十分つえぇし。あの新人が殺し屋だったてんなら、真っ向勝負は無理だろ。奇襲とか不意打ちなら分からんが」
「も、もう! ジーヌくんもサジくんも止めないの? ケンカはよくないわ!」
出入り口の近くで二人のコックを諫めるピアリも止めに入る気配はない。
そんな三人に気が付いたユミ。
「なにやら外野が集まっていますが、貴女は気にせず本気を―――」
言い切る前に、口を止めたのは一瞬の驚きからだ。
一度、視線を外野に向けた隙をテナは逃さず、ナイフを右からユミの首めがけて横に払う。
しかし、命の危機を認識したユミに焦りは無い。
ナイフを持つ腕をつかみ、身体の外へ向けると右膝の蹴りが顎に炸裂する。
「ぐっ!」
勢い余って飛び上がる身体を空中で一回転させ、地面に着地するテナの口の端から血が垂れる。
「今の不意打ちは、一〇点です。もちろん、一〇〇点満点で、ですが」
「その割に、ちょっと驚いてませんでした?」
「いい気な顔になるのは、赤点を回避してからにしてください」
睨み合う二人のメイドは、どちらも余裕の笑みを浮かべている。
「今の、ナイフが後一秒くらい速かったら、当たってたな」
彼女たちのやり取りを見て抱いた感想を漏らした赤いコックに黒いコック長が腕を組んで答える。
「でも、その一秒ってユミさんにしてみたら一〇秒くらいあったんじゃないかなー?」
「だろうな。アイツは一人で、俺の組を全滅させちまった女だ。組員が七〇人いたのに、たった一人でだ。信じられねぇと思ったぜ」
「さ、サジくん……なにかしたの? その、ユミさんが怒るようなこと……」
「ピアリさん、昔のサジくんはちょっと尖ってたんだー。でも、今のサジくんはとっても良い人だよ!」
「ええ、それは私も思うわ! 私が仕事を終わると、いつも紅茶を入れてくれるし」
「僕の仕事もほとんどやってくれるしね!」
「お前は自分でやれ」
笑顔のピアリを見れて幸せなのと黒い人の笑顔に不快になるサジは頭痛を覚えた。
次回は四月五日の午前一時です。