日常【庭師は二心同体】
前回の続きです。
「キーさん! どうしてこちらに?」
片手の鎌を腰にしまい、燕尾服の裾を揺らして、肩までの茶髪でタレ目の彼女が、ピアリ。庭師は割と身体を動かす役職なので、メイド服は好まないらしい。本人談だから間違いないだろうというので、ユミが他の執事とは僅かに異なる女性用を作ったのだ。どうだすごいだろう、オレのユミは。
「陣中見舞いってやつだよ。君のおかげでこの無駄に広い庭もキレイって、使用人達の間でも評判いいからね。いつもありがとう、ピアリ」
笑いかけて激励すると、ピアリはモジモジと体を左右によじる。
「そ、そんなぁ……私は当然の役をこなしているだけです……。キーさんがお褒めになられるようなことは」
「いやいや~、実際、君の存在は大きいよ。他の使用人にとって」
主に、サジ。
「そうなんですか? どうも、ありがとう……ございます」
やや悩みつつ、オレの遠回しな後押しは流された。
ごめんねサジ。
君の片想いの相手は、とても鈍感だよ……。
「あ、あの、キーさん? 少しお時間よろしいですか?」
「ん? いいよ」
言いづらそうにしている彼女にぼくはあっさりと了承する。
「実は、『ビアリ』も一つ言いたい事があるそうなんです。聞いていただけますか?」
『ビアリ』。ピアリの中にいるもう一つの人格。記憶も共有してるし、本人たちの意思で交代もできる。まぁ、感情と共有したくない記憶は別物らしいけど。
あっちの方は最近、大人しくしてたけど、どうしたんだろう。
目を閉じて、ネクタイを解く彼女は非常にミステリアスで。
「――――赤いのに伝えろ。『ファック!!』」
非常にバイオレンスだ。目も釣り上がるし、全体的に刺々しい。『ファック!!』の部分は目を見開いていってるしね。
因みに『ビアリ』は『ピアリ』のことが大切すぎて、他人との深い交流は好まない。
要するに、赤いの=サジのことが嫌いでサジの気持ちを知っている。でも、それをピアリには教えていない。
味方なのか、敵なのか、いまいち掴めない。
それが『ビアリ』だ。
ビアリは目を閉じて、ネクタイを結んだ。もう気づいたと思うけど、このルーティンが入れ替わりのポイント。いや~、それにしても、面白いなぁ、この子。レアだよ。
「ビアリはなんて言ったんですか……?」
「うん? ああ、サジによろしくってさ」
「あら、そうなんですか? ふふっ、ビアリは本当にサジくんのことが好きなんですね」
違うと思う、寧ろ、逆。とは言わない。その方が面白そうだし、この誤解はそのままにしておこう。
そもそも、ビアリも中から否定できるのに、しないのは、あながち間違っていないからかな? それとも、この誤解は解けないと諦めているからかな? どっちでも面白いことにつながりそうだからいいけど。
「そうだ、ピアリ。聞いてると思うけど、新人が一人入ったんだ」
「はい、サジくんから聞きました。女の子なんですよね?」
お、サジってば、上手く話題作って話しかけてるんだ。やるね。
一方のピアリは「仲良くなれるかしら……」と悩ましいようだ。
「大丈夫だよ。テナちゃんは割と、おしゃべり好きだから。人見知りな君でも、平気で和気あいあいとしゃべりだすよ」
悩み事のタネを取り払うのは、主人の役目だ。それに、テナちゃんにも交友関係を広げて欲しい。
「あ、でも、ちゃんとビアリのことは自分で言うんだよ? じゃないと、初めて会った時のサジみたいになっちゃうよ?」
初対面だった頃の二人は本当に面白かった。オレとジーヌさんの二人でよくからかっていた。現在進行形でからかっているけど。
「も、もう! キーさんったら、あの時は急にビアリが出てきたから、サジくんがビックリしてしばらく避けられただけです!」
「そうだね~、一歩間違ったら、今みたいになってなかっただろうね」
ギャップ萌しちゃったんだろうなぁ、サジは。先にビアリを知っちゃったから、ピアリが天使に見えたんだろうなぁ。あの時は、すれ違いが面白かった。
「それじゃあ、仕事頑張ってね。まあでも、ピアリは言われなくても頑張ってくれてるけど」
「っ~!? はい! 頑張ります!」
労いがそんなに効いたのか、ピアリは庭仕事だけでなく、この日の内に他の執事たちの仕事まで片付けてしまった。
マジメだなぁ。
次回は三月三一日の午前一時です。