一人【新人(元殺し屋)の回想3】
後半くらいはご注意ください。
「不老不死……? アナタが?」
実在するという話は聞いたことがない。
この少年は私を試しているに違いないと思った。
自分の異能な秘密を明かし、私の出方をうかがう。そして、返答次第で今後の私への対応が決まる。
これは、迂闊に返答すれば、この館での立ち位置も悪くなるだろう。
ある程度の自由と名前が与えられるという、今までにない優待制度。
それを悪くする理由はない。
「……君って、かなり顔に出るタイプだよね~。リスクリターンを考えるのはいいけど、せめて、無表情で考えて。コロコロと、ニヤケたり、眉寄せたり、考えてること丸分かりだからさ~」
そこまで、顔に出していたつもりはないのに……。
見透かしたことで勝気の顔をした少年。
一歩後退する私に、背後から背を軽く押される。
後退した分を戻されてしまった。それにしても、この女まで、私に気配を悟らぬよう近くまで来られるのか……。『レフト』と名を馳せた殺し屋である私が……こうも易々と。
「それは、ご主人様の観察眼があればこそです。普通の人は大方、今、凹んでいる彼女のように微表情は現れてしまいます」
「へぇ~、ユミはその子の味方するんだ」
「ちょ、ちょっと貴女……いいの? 主人の味方じゃなくて」
味方してくれるのは有難いが、この人が心配になった。
主人を差し置いて、誰かを庇う行為は、自分の首を絞めることに他ならない。
そういうことをしてくれた人は、罰が与えられる。
「ご安心下さい。ちゃんと貴女を裏切りますので」
「裏切るのっ!? 宣言されたのは初めてだわ……で、なんでアナタはくすくす笑ってるの?」
驚愕している私を面白がっているのが分かる。心なしか、私の肩に片手を置いているメイドも微笑んでいるように見える。
「いやね、君が初めて大声出したから、なんか嬉しくて。館に入る前から、緊張してたのが解れたのかなって」
「え、い、いやっ! 今のはっ!」
「隠さなくても良いのですよ。ご主人様は取り繕われた表情より、今のような本来の表情がお好きなのですから」
首まで傾げて笑顔を向けてくれる女性と、優しい目をした少年。
「も、もしかして、さっきのは私の為にワザと……」
緊張と未知の待遇に戸惑っている私を和ませようとしてくれたのかと。
「いえ、先程の発言は本音です」
「ユミはオレの前でウソはつかないからね~」
笑顔から一転、真顔でそう言い切る性悪メイド。それをさも当然とばかりに悠々と笑っているマセガキ。
「……ああ、そう。ちょっと期待した自分がバカだったわ……」
この二人……人を弄ぶことに長けているのではなかろうか?
「で、どう? 的外れな思考はまとまった? 言っておくけど、君がどういう返答をしようが、オレは気にしないから。ただ、秘密を明かした意味は分かっておいてほしいな?」
どういうこと、と訊き返す前に私は驚嘆した。
「く、首の傷がない……?」
「ん? ああ。時間かかったね。今気づいた?」
「確かに私は……アナタの首を……」
「言ったでしょう。ご主人様は不老不死だと。ケガの瞬時回復は当然です」
私一人のみ、なにやら、おいていかれているような気がするが、少年は構わず続ける。
「疑問は追々、受け付けるよ。それより、君に渡すものを渡さなくちゃね。ユミ、準備はできてる?」
「はい。勿論にございます」
深々と頭を下げた彼女に頷いた少年は机の引き出しから光沢を放つ鋭利なダガーを取り出した。
ダガーから光が反射されるなり、私は臨戦態勢に入る。しかし、メイドに「心配ありません」と告げられる。
それでも、私は胸の内の警戒は解かない。
「右からいくから」
左手に持ったダガーを右脇にそっと添えた。
「はい」
何気ない顔をしている少年と目を伏せたメイドに私は再度不思議に思う。
「……一体なにをしているの……? そんな、まるで――――」
私の口を止めたのは、他でもない。
何度も浴び、何度も嗅ぎ、何度も見た、血しぶき。
少年の肩から噴出した深紅が私の顔や窓、この室内の至るところにまで噴霧状に飛び散ったのだ。
嗅ぎなれた鉄分の臭いと赤い斑点を被った皮膚から伝わる粘り気。
視線の先には、右腕が机に落下しても表情一つ変えない少年。
右肩から不規則に漏れる血が絨毯を、生臭さが空気を、侵食していく。
「ユミ」
左手のダガーを置き、右腕を持つと私の隣に待機しているメイドに放った。
メイドがしっかり受け取ると、切り口から数々の血塊がポツポツと垂れる。
「かしこまりました。では、貴女はじっとしていてください」
「アナタたち、何をする気……?」
「終わればわかります」
メイドは腕の傷口にポケットから取り出した紙切れを押し当てると、そのまま私の腕の無い肩に密着させる。すると、数舜の間に小さな稲妻が密着部位から発生し、少年の腕だった物を駆け巡った。
稲妻が駆けると、腕そのものが少しずつ変化していき、気付けば、メイドが腕から手を離していた。
「完了しました。ご主人様」
「ん。じゃあ、次は左だね」
あまりの出来事に私は言葉を失っていた。
少年の腕が私の肩と完全に繋がり、意のままに動く。
握ろうと思えば、握る。指を伸ばそうと思えば、伸びる。
これは、私の手腕なのか。そう納得してしまいそうになるほど、少年の腕がしっくりきていた。
『この世に生を受け、八年で右腕を無くした。
左腕のみで、一三年間、生き続ける。内三年を殺し屋『ライト』として、一〇年を奴隷として生き地獄を送った。
そして、今。右腕を得た。
この少年の腕を』
酷い罪悪感の波紋が右肩から身体に広がる。
他人の腕を奪ったことはない。その初めての経験が今の私を蝕んでいる。
同時にこの少年、キーズとメイド、ユミへの畏怖を抱いた。
簡単に自らの腕を切り落とし、その腕を細胞レベルで完璧に繋ぎ合わせた異形の光景は脳裏に刻まれ、容易には消えることはない。
そう確信するほどに。
生易しいと思った方、すみませんでした。
次回の投稿は三月一六日午前一時です。