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一人【新人(元殺し屋)の回想1】

少し血が出るよ~

 足音がする。

 だが、気にも留めない。

 どうせ、いつもの看守だ。奴隷商人の犬が、巡回しに来ただけ。

 アナログ電球の灯りしかないこの監獄。他の奴隷たちも、音すら出さず、ただ絶望にくれる日常を行っているだけ。

 毎日に大した変化もない。あるとすれば、時々、奴隷が看守に連れられて、消える。時々、新入り奴隷を連れた看守が牢にぶち込む。それくらいしかない。

 

 足音が止まった。この一際、厳重な拘束を施した牢の前で。

 目は金属の板で覆われ見えない。しかし、足音の歩数とペースでわかる。

 

 「アンタ、本当にいいんだな?」


 看守らしき声がする。どうやら、怯えているようで、声に震えがあった。

 話し相手を連れてくるのは初めてだ。誰だ?


 「(かしら)から聞いてるだろうが、こいつはもう使い物になんねぇよ。右手は奴隷になる前からねぇ上に、左手は切り落とされてるし、臓器も何個か抜かれてる。娼婦としても、使い古されて、もう排卵機能すらねぇ」


 看守が確認を取っているが、話し相手から返事をした様子はない。相当、聞き入っていることだろう。

 珍しくもない。悪趣味な連中は、今の話に下卑た笑みを漏らしたり、生半可な連中は、顔を青ざめる。

 姿は見えない。だが、その二つのどちらかだろう。

 また、買い手が現れるとは……思っていなかった。看守たちの間でも、そろそろ処分の噂が出回っていたのだから。

 看守は一度黙り、また続けた。


 「おまけにこいつは、奴隷になる前……裏の世界じゃ、名の知れた殺し屋だ。知ってるかい? レフトっていう奴だよ。こんな惨めな様になっても、人を殺してる。どうやって? 誰を? 殺したと思う?」


 初めて看守が買い手に話しを振った。だが、買い手は黙っている。

 憤りを感じた看守は声を強めて、怒鳴るように回答を告げる。


 「俺のダチ公だよっっ!! こいつを牢から出そうとした時だ、一瞬で、喉を食いちぎりやがったのさ!」


 あの快楽主義の看守か、覚えている。『牢から出そうとした』? 違うな。『処分しようとした』だ。

 こんな姿になっても、やはり性が人殺しなのだ。『殺られる前に殺ってしまう』。もう死んでも構わないと思っているのに、体が反応してしまう。今はもう肩から無い左手が、別に惜しくないこともないが。


 「ついでに言ってやるよ! こいつの左手を切り落としたのは、この俺だ!」


 ああ。あれは、不覚だった。やはり、鈍った身体では反応に遅れがでてしまう。


 「……」


 買い手は言葉を発しない。だが、住み家に帰れば、本性を現すだろう。そういう買い手も今までに、かなりの数がいた。

 

 「……ちっ! シけた野郎だ……。おい、鍵開けっから、離れてな」


 不満を吐露した看守は多くの鍵を取り出し、内一つを鍵穴に差し込んだ。


 そうだ、この左手の礼でもしてやろう。鈍った身体も解せて一石二鳥ではないか。

 近いうちに、看守共全員を皆殺しにしてみよう。ついでに、他の奴隷も殺そう。

 長らく、大量殺人などやっていないから、最初は肩慣らしも兼ねて、やはりこの看守を殺そう。


 さぁ。こちらに来い。そして、拘束具を取り外せ。その時がこの看守の最期だ。


 「……」


 「おい、なんで、アンタまで入ってきてんだ? どうなっても知らねぇぞ?」


 買い手もジメジメした牢の中に入ってきたようだ。足音を殺せる買い手は初めてだ。同業者だったのかもしれない。では、この買い手も殺そう。殺し屋同士、殺し合うのも一興。

 私の肩慣らしにもなる。


 「……そいじゃ、外すぜ……?」


 この時だ。全ての拘束具が石の床に落ちて、金属音を奏でた瞬間。


 視界の戻った私は、まず看守の首に食らいついた。

 

 ついたはずだった。


 「……っ⁉」


 私が歯を立てているのは、年端もいかない子供の喉だった。

 色のない髪をした、中性的容姿。

 この子供が、私の買い手だと……。

 しかも、ただの子供ではないようで、棒立ちしている。


 「……ふ~ん。結構、速いね。キミ」


 私の口には、この少年の血が流れ込んできているのに、痛みを感じていない。

 平気。

 この少年に私は、今まで感じたことのない感情を抱いた。


 ありえない。


 殺せない

 死なない

 なぜだ確実に喉に

 いやそれより

 痛みすらないのは痛覚を消したのか

 どうやって

 そんなこと

 できるわけがない

 ただの『子供』だ。


 死なない

 殺せない


 ありえない。


 「おじさん、この子貰うよ?」


 「……お、おお。毎度……」


 看守はどうやら、この少年に突き飛ばされたようだ。腰を抜かしたのか、図太い脚が震えていた。

 未だ、私に噛まれているこの少年は、腕を私の腰と後頭部に回す。

 この異様な仕草に私は戸惑う。こんな買い手は今までにいなかった。

 私の殺し癖を見るや否や、すぐさま返品するような買い手ばかり。

 同じ買い手でも、こんなことを……忘れていた慈愛を思い出さされることなどなかった。


 殺せない。いや、殺すと決めた。喉を食い千切れば――――


 「もう大丈夫だよ……キミはもう、オレのものなんだから」


 今まで何度も聞いた。『おれのもの』という言葉。

 私はこの言葉を聞くたびに嫌悪感を覚えた。それなのに、今はその限りではなかった。

 撫でられていると、段々、猛っていた私の心がゆとりを取り戻してゆく。


 「大丈夫、大丈夫」


 いつ以来だろう。

 撫でられることで、幸せを呼び起こされるのは。

 いつしか、立てていた歯も引っ込み、私は、ただただ、呆然とこの少年に抱き締められている。

 

 傷が自然と治ってゆくことに気付かないほど、私は、この情念を味わっていた。


 

この子は吸血鬼じゃないです。

次回の投稿は三月六日の午前一時予定です。

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