シャボン玉と抱擁
初めてだらけの翌日の目覚めはやっぱり、初めての目覚めだった。
腕や足を動かすと痛くて、動き回ったからかなと思うとそれが新しく踏み出した証拠みたいで少し嬉しい。それに、こんなに清々しい朝も初めてだ。
胸元までの髪を整えて、右側に流して3つ編みに結んでエプロンを着けて今日も1日が始まるのだ。
まだ太陽も出てきたばかりなので、メイシーさんとガルドさんを起こしてしまわないように静かにお店に降りて行く。
階段にあるテーブルクロスの入ったカゴと物置の中にあった洗濯用具を抱えて、物干しがあるらしい裏手へと向かう。
桶に水を張って、テーブルクロスを浸けて、それから石鹸を泡立てて丁寧に洗えば、時折吹く緩やかな風が泡をシャボン玉に変えて飛んでいく。そんな様子が今日は楽しくて、鼻唄交じりに洗えてしまう。
やっぱり洗濯だって掃除だって、自分でするようにしていて良かったと思う。
初めて作ったクッションはお世辞にもうまく作れた物ではなくて、侍女が間違えて捨てようとした事があり部屋の掃除は自分ですると宣言したのだ。洗濯もそう、縫いぐるみの目が取れて返ってきた時に自分でやろうと思った、簡素な服以外は流石に侍女に任せたけれど。変わり者だと、掃除や洗濯をする私を見て屋敷中でそう言われていたのも知っている。……けれど私には、商会の家の者がそれをする事の何が可笑しいのか理解出来なかったし、普通の人と何が違うのかも分からなかった。
だって、街に出れば皆掃除も洗濯も何だってしていたもの。使用人を雇えるだけの家でする事ではないとそう言われるだろう事は分かっていたが、それでも自分で出来る事はしてもいいじゃないかと、不思議で仕方無かった。
だからいつも、飛んでいくシャボン玉を眺めては綺麗だなと酷く騒ぐ心を落ち着けていたものだ。
綺麗になったテーブルクロスを干して、ヒラヒラと靡いている様を眺めていたら明るい声が聞こえてきた。
「リインちゃん、おはよう!テーブルクロス洗っててくれたのね、ありがとう」
「おはようございます、メイシーさん。今日もよろしくお願いします!」
「もっちろんよ!今日も笑顔で過ごせるように、お兄ちゃんにとびっきりの朝ごはんお願いしよーね!」
助かるわと笑顔をくれるメイシーさんに、私は今日も頑張れそうだと笑顔を返した。
昨日と同じようにテーブルを拭いてテーブルクロスを掛けて、それからお店の外も掃き掃除をしていれば同じように掃除に出ている通りの方々が挨拶をしてくれて、やはり温かくよろしくねと言葉をくれた。
「あ、あの、こちらこそよろしくお願いしますっ!リインと言いますっ」
「まあ、可愛らしい娘さんだわ~!ふふふ、お店の方に癒されに行くわね」
「止まり木も華が増えちゃって、羨ましいわねぇ。お昼に買いに行くからよろしくね」
「昨日からだろ?これから頑張りな」
「新しい人が増えるのはいいのぅ、応援しとるよ」
「うちにも買いに来な!こんな別嬪さんならオマケもつけるからね、待ってるよ」
わたわたと挨拶を返していたら、皆さんに囲まれて、余計にわたわたとしてしまう。嬉しいのに囲まれている状況が経験がなさすぎて、顔を赤くしながら声にならない声しか出なくて困ってしまう。
「ちょっとおおぉっ!!私のリインちゃんなんだからねっいくら可愛くてもあげないんだから!皆で囲んじゃだめですぅ!」
どうしようと思っていたら、バタンと力強く開いた扉からメイシーさんが飛んで来てぎゅっと抱き締められました。
それにあら、看板娘が揃ったと皆さんが笑ってそれじゃあまたねとそれぞれの場所に帰って行きました。
「うふふ~皆早速リインちゃんの可愛さにメロメロね!」
「そ、そんなに可愛くないですからっメロメロだなんて」
「真っ赤になっちゃってもう!そんな所が可愛いわ!よしよし、お姉さんに抱き締められてなさい」
「へっ?ああああの!恥ずかしい、です」
「あー、癒されるわ」
何故かまたもや抱き締めてられる事になって、メイシーさんの腕の中引き続きあたふたするしかなかった。