初めての一日
「いらっしゃいませ。えっと、カウンター席とテーブル席ご希望はございますか?」
「なっメイシーちゃんの他にも可愛い子が!是非、君を持ち帰り………」
「はいはい、ナンパ野郎は強制カウンター席よ。お兄ちゃんがもてなしてく・れ・る・わ・よ!」
「おう、食え」
「頼んでな………ひぃっ!(コロスゾ☆ってケチャップで書かれてるぅっ)」
抱擁から解放された後は、ガルドさんが作ってくれていた朝食のフレンチトーストを食べて、あまりの美味しさにだらしない顔になってしまっていたと思う。けど、何故かメイシーさんにまた熱い抱擁をされたのは不思議だ。
そして、メイシーさんに大まかな接客や動きを教えてもらい開店したのですが冒頭のやり取りが既に3回。カウンター席が埋まりそうです、座っている皆さんは出されたオムライスを黙々と食べていますけど、何だか震えてます、どうしたのしょうか?ガルドさんに視線を向けても何でもないとばかりに首を振られてしまいましたし。
カウンター席が埋まりそうな他は、大体の方が持ち帰りのパンを買っていて私もメイシーさんに教わりながら包んだり計算したり、ちょっともたつきもしましたが皆さんゆっくりでいいよ頑張ってと優しく声を掛けて下さるのでちょっと泣きそうです。
掛けられた事のない気遣いに少しだけ下を向いて落ち着こうと俯く。
「リインちゃん、どうしたの?もたつくの気にしてるなら大丈夫よ、初めは誰でもうまくいかないんだから。私なんて盛大に商品ぶちまけた位だし!」
ね?と握られた手がとても暖かくて、涙を我慢するのが大変になる。
誰かにこうやって手を握られたのはいつぶりだろう?
暖かくなる胸に自然と口角が上がる。
「………私、もっとお役に立てるように頑張りますっ!」
「かーわーいーい!!リインちゃんなら出来るわっ明日からは評判の看板娘に仲間入りよ!」
そのあとも夕暮れ前まで働いて、初めての仕事がなんとか大きな失敗もなく終わった。
激しい人の出入りがあるわけじゃないけれど、あまり途切れる事は無くてお二人でこれをこなしていたなんて驚いてしまう。私が入ってもあまり変わらなくて申し訳ないと思い、これからちょっとずつでもいい、そつなくこなしていけるようにと後片付けに取り掛かる。
「リインちゃん、テーブル席の方終わったら外に出してる立て看板を中に入れてくれる?扉の横に置いてくれたらいいからね」
「分かりました。えと、畳んだテーブルクロスはどうしたらいいでしょうか?」
「ああ、それは明日の朝に洗って裏の物干しに掛けるから二階に上がる階段の所のカゴに入れてね。で、新しいのはこっちのカウンターの中の一番端の戸棚にあるからそれを椅子に掛けてお仕舞いよ。そしたら、皆で晩ご飯にしましょ!」
新しいテーブルクロスを取り出して、椅子に掛ける。そして、外に出て立て看板を持つ。やっぱり小鳥さんの絵がとても可愛くて『止まり木』と言う店名も、よく似合っていると思う。笑顔が眩しくて気さくなメイシーさんとあまり表情は変わらないけれど優しくて暖かい料理を作るガルドさん、素敵なお店だ。
たった一日、それだけでも十分それが分かる雰囲気と訪れたお客様とのやり取りが確かにあった。
「リインちゃーん、晩ご飯にするよー?」
「……はいっ、今行きますメイシーさん」
看板を仕舞い、扉の鍵も閉めて、カウンター席にメイシーさんと二人並んで腰掛ける。ガルドさんはカウンターの中に椅子があるみたい。
グラタンにポトフ、サラダに今日よく出ていたオムライスはケチャップでそれぞれの名前が書いてあり、不思議とワクワクする。
「今日はね、リインちゃんが初めてでもよーく働いてくれたから歓迎の意味も込めて、ご馳走だよ!ふふっおっきなお肉とかはないけど、私も大好きなお兄ちゃんのオムライスを一緒に食べて欲しくて、それに食べたそうに見てたしね!」
「あ、えっ!?私そんな物欲しそうにしてたんでしょうか………は、恥ずかしいです」
かあっと赤くなっているであろう顔を両手で隠せば、結構視線がいってたからそう思っただけだよとからからとメイシーさんは笑っていた。それにガルドさんも頷いているから、自分が思っているよりもかなりの頻度で見ていたんだろうなと余計に顔を赤くしてしまう。穴があるなら入ってしまいたい。
でも、三人で食べたオムライスは今まで食べたどんな料理より美味しく感じられて、ガルドさんに私もこのオムライス大好きになりそうですと伝えたら、ずっと変化の無かった表情がふわりと変わり微笑んでくれた。
ドキドキと心臓がうるさいのは、何故だろう。
ご飯も食べ終わり、皆で片付けて部屋に戻りベットに座れば途端に眠くなってくる。
初めての事だらけで、自分でも分からない位疲れたのだろうか?
昨日から、初めてだらけだ。初めて一人きり乗り合い馬車に乗った、初めて知らない街に来た、初めて職探しをした、そして初めて働いた。注文を聞くのも、料理を運ぶのも間違えないか落とさないか不安になった、でもゆっくりでいいよと声を掛けてくれるメイシーさんにガルドさんに頑張ってねと言ってくれるお客様、なんて充実した時間なのか。
屋敷でただ心に波風を立たさぬよう、何も感じないよう過していたのが、馬鹿みたいだ。
大丈夫とメイシーさんが握ってくれたこの手、三人揃いのエプロン、さっき食べたオムライス、ガルドさんの笑った顔にメイシーさんの抱擁。
あまりにも暖かくて、久しく忘れていた人の温もりにただただ、涙が溢れました。