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働き先が決まりそうです




 煉瓦造りの街並みと点在する花壇が可愛らしい。そんな街の景色に頬が緩む。





 乗り合いの馬車でちょっぴりお尻が痛くなってきた所で街に着いたので、直ぐに街の案内所へ行こうと歩き出した。

 街を巡回している警備隊の方に道を聞きながらたどり着いた案内所は高台にあって、もうすぐ日暮れが近いからか閑散としていて受付も直ぐ済んだのは私としてはよかった。


 真面目で優しそうな女の人で、馬車の中で考えた理由の出稼ぎで田舎から出てきたばかりで一先ず女一人でも泊まれる宿屋を紹介してもらえないかと相談してみた所、少し考えた後この時間から探すとしてもどこも満室の可能性が高いので、少し狭くてもいいのなら案内所の仮眠室を貸してくれると言ってくれたので、お言葉に甘える事にしたのだ。初めての街で宿屋を探して日暮れに歩き回るのは良くないし、凄く助かる申し出だった。嬉しくて思わずありがとうございますと職員さんの手を握ってしまったのは、今思い返せば恥ずかしいかもしれない。



 明日の朝、起こしに来るのでその時に街の事など改めて説明しますねと二階の仮眠室へと案内してくれて、システィリアと名乗ってくれたその職員の方に助かりましたと再度頭を下げたのはついさっきの事。

 文字通り仮眠用の簡素なベットと荷物置にカゴとコート掛けが有るだけの部屋。少ないと言ってもそれなりに重たかった鞄をカゴに置いて、ベットに腰掛ける。

 

 直ぐ横の窓から夕焼けに染まり始めた街が見えて、その様子がとても綺麗だと思った。



 「うん………大丈夫。明日から、頑張ろう」



 頼りないこの手でも、出来る事があるはずだとランプに火を灯す。







 ゆらゆらと揺れる火を眺めながらふと思う。

 捜索される、とは考えられない。

 きっと遠くへ嫁いだとか、若しくは事故で等という事にするんではないだろうか。今更、私に構う気なんて無いだろうから。


 名前も、捨ててしまおうか。

 唯一、私から取られる事のないものだったそれを。


 新しく歩き出すと決めたんだから、古い物は置いていこう。全部置いて、また一つ一つ作って行くんだもの。


 だから、


 「今日で、リリアとは……お別れね」



 ぎゅっと目を閉じて、もう微かにしか思い出せない笑いあっていた家族だった頃を思い、そして、それを消した。









 翌朝、やってきたシスティリアさんと共に昨日と同じ受付に座り説明を聞いた。


 「こちらが街の地図ですね、中央広場にある大噴水は綺麗ですよ。目印にもなりますし、広場の周りは様々な店も有りますから先ずはそこから見て回るといいかと思います。貴女は、出稼ぎでしたよね?でしたら、ここで求人の斡旋なんかもしてますから、何か特に出来る事などありますか?」


 「出来る事、ですか。家では裁縫ばかりしていましたから、小物作りとかは出来るんですけど。でもその、趣味程度なので……あの、そんなに器用ではないのですが、どんな仕事でも良いので働きたいのです」


 「なるほど、針子の募集は今の所有りませんので…………そうですね。それなら、大通りから少し外れてしまうんですけれど、つい最近代替わりしたカフェで接客を一人募集していまして、あまり大きなお店ではありませんがどうでしょう?住み込みも可ですから、住居が決まっていないのなら悪くはないと思いますよ」



 求人だろう紙の束を捲り最後の一枚を私に差し出して示された『住み込み可』の文字に釘付けになる。

 願ったり叶ったりではないだろうか、宿無し知り合い無しな私。即座に応募したいですと求人を胸に抱えた。



 「はい、でしたらこの後店までご案内しますね。最後にお名前と年齢を伺っても?」


 「あ、はい。………リイン、と申します。えっと18歳になりました」


 「リインさん、ですね。18歳と、………よし、では行きましょう」



 リイン、幸福への旅路の女の子の名前。決意したとはいえ、少し不安な私にどうか勇気を下さいとこの名前にした。

 今日から、私は只のリイン。

 グリーグス商会の令嬢リリアではないのだ。


 決意も新たに、行きますよーと手招きしているシスティリアさんへ駆け寄った。







 遠目からでも分かる中央広場の華やぎや喧騒を感じながら、目の前のお店を見上げた。


 落ち着いたオレンジの煉瓦造りの外観に無造作に蔦が絡んでいて、入り口に置かれている立て看板には手描きだろうオススメのランチやデザートとちょこんと枝に止まる青い小鳥の絵が目を引いた。円らな瞳が可愛い。



 「あ、ガルドさん。おはようございます、求人の希望者連れてきましたよ」


 「………そっちの()か?」


 「ええ、可愛らしい娘さんでしょう?新しい看板娘にぴったりだと思って、ね!リインさん」

 

 

 看板の絵に釘付けになっていたら、急に肩を掴まれてぐるんと向きを変えられて、目の前に男の人が現れた。


 少し小柄な私からしたら見上げないと顔が見えなくて、白い前掛けのエプロンにお店の人では?とびっくりしたまま停止していた思考が急に回り、そのままがばっと腰を曲げる。



 「あ、リ、リインと申しますっその、接客とか初めて、なのでうまく出来ないかもしれませんが、い、一生懸命働きますのでっどうか、そのっ雇って下さいっお願いします!」


 「……とりあえず、頭を上げてくれるか」


 

 おずおずと頭を上げると、心なしか驚いた様子のお店の方とやっぱり可愛いわと呟くシスティリアさん。 


 「駄目、でしょうか……?」


 「いや、先ずは話をしよう。それから条件を決めていこう、入ってくれ。システィリアも案内所 混んでくる頃だろう、帰っていいぞ」


 「はいはい、相変わらず無愛想ね。リインさん、私はこれで失礼しますのでここで頑張って下さい。時々、私も利用しますから楽しみにしていますよ」



 にこやかに笑い掛けてくれるシスティリアさんに、慌ててお礼を言った後、通りを出る後ろ姿に落ち着いたら改めてお礼に行こうと決めて、今度は扉を開けて待っていてくれたお店の方に続いて店内へ足を踏み入れたのだ。



 リイン、18歳。

 なんとか、新しく一歩踏み出せそうです。


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