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旅立つ事にした


 メイリーデの胸につけられたブローチを思い出して、結局こうなるのよねと心が沈む。


 お姉様似合う?と食事の席ではにかむメイリーデに私はなんと答えただろうか、いまいち思い出せない。当たり障りのない答えを口にしたんだろうなとは思う、お母様が『メイリーデには何でも似合うわよ、そのブローチもリリアより似合っているわ』と微笑んでいたのは覚えているけれど。


 この人達は一体何なのだろうか、私から何度取り上げれば気が済むのだろう。私の物など、取り上げても構わないとでも思っているのだろうか?私が感情を持たぬ人形だとでも思っているのだろうか?随分前から、この人達がよく分からない。




 ブローチを下さったクライオス様は、私に贈った筈の物を妹がつけているのを知ったらどう思うのだろう。

 受け取ったくせに気に入らず妹に下げ渡した嫌な女だと思うのだろうか?それとも、もう贈った事すら忘れているのだろうか?


 お父様が懇意にする隣の領主様のご子息で、私より3歳年上でたまにメイリーデと三人で出掛けたりしたが、それもだいぶ昔の話。兄が出来たようで嬉しくはあったのだけど、いつからかメイリーデと二人よく遠出していくのを屋敷の書庫から見るのが当たり前になったもの。

 そう、親しくしていた方々は気が付けば私を置いてメイリーデの手を取っていったなと、少し感傷的になるけれど今日も私は書庫に居る。

 

 静かに、心穏やかにあれる場所は私しか寄り付かないこの書庫だけだから。メイリーデも挿し絵も殆どないようなここの本達には興味もないらしくやっては来ない、だからここが私にとってこの家にある唯一の落ち着ける居場所だ。




 でも、それでもそろそろ疲れてきた。




 メイリーデにも両親にも使用人達にもこうしてひっそりと落ち込むしかない自分にも、疲れてしまった。



 短く溜め息をついて、手にしている本の表紙を撫でる。

 焦げ茶色の表紙に金色で記された題名は『幸福への旅路』、沢山ある本の中でも一番好きな一冊、何度も何度も読み返したから中身は殆ど覚えている位。

 

 両親を無くし祖父母とも死に別れ天涯孤独になってしまった少女が住んでいた町を離れて、新たに生きていこうとする話。


 在り来たりと言えばそうなのだろう。

 それでも、行き着いた街で出会う人々との日々や少女の気持ちや言葉がとてもキラキラと輝いて思えて、胸が温かくなるのだ。疲れた心が少しでも軽くなるようで、大切な物が無くなっていくと無意識に書庫へ行き手に取って今みたいに読んでいた。



 自室に持っていけばいいのかもしれないけれど、身に付ける物は勿論自室に置いているものでもメイリーデがやって来てはいつもの言葉を出し、そしてこぼれ落ちてしまうから。それでも、屋敷に来客の予定があれば直接会う事はなくともそれなりに装う事もしなくてはいけなくて。そうして結局は少しずつ落ちてゆくのだ、持っていた装飾品もあのブローチで無くなってしまった、ドレスも簡素なものばかりが残っているだけ。


 私の物はきっと少し大きな鞄一つがあれば入ってしまう位少なくなった。日々、少なくなっていく部屋の荷物を思い出し自嘲する。



  でも…………それだけしかない、か。


 そう。それだけしかないんだ。



 それなら、




 「私も、新しく………生きて、行けるかな」



 だって、もうここには何も無いんだもの。


 何も無いから、新しく探しに行こう。



 

 何故だか急にやる気が湧いてきて、いつもなら本棚に戻す大好きな一冊を胸に抱え自室へと向かう。


 途中、廊下の窓から見えたメイリーデやお母様達の楽しそうな顔を見てもちっとも苦しくなかったのには少し自分でも驚いた。

 大事にしていた物が無くなって吹っ切れたのか、はたまた願っていたように心が何も感じなくなって壊れてしまったのか、どちらでも構わないけれど今までみたいに溜め息つきながら自室に帰っていたのが今日この時は全然違う。


 凄く軽い足取りに、有るわけないんだけど背中に羽が生えたみたいで、今ならどこまでも行けそうな気がする。



 気持ち急いで自室に戻り、荷造りを始める。着替えと少しの日用品やお金と最後に大好きな本を入れて、18年過ごした部屋を見回した。

 

 お父様が選んだベット、お母様が選んだ化粧台、まだメイリーデが赤子の頃にくれたもの。10年以上も経つそれらは少し傷んではきているが大事に使ってきた。ベットに置かれた丸いクッションは10歳のときに始めて自分で作った物。所々歪になっているが出来た時の達成感は今だ私は忘れない。裁縫なんてとお母様は眉を潜めたが、勝手になさいと紅茶を飲んでいたけれど。

 昔を思い出しながら改めて見る部屋は、一段と色褪せて見えた。


 

 「………隣の街まで、そう遠くはないわ。昼の乗り合いの馬車なら日暮れ前に着く」



 手近な紙に、家族だった方々へメッセージを残す。

 きっと、これを見ても今までとかわりなく日々を過ごすのだろう。もう、会う事は無い。

 だけど、不幸になって欲しい訳ではない。互いに違う場所で懸命に生きていくんだ。



 『18年お世話になりました。二度と戻りません、どうか家族三人でお幸せに リリア』


 

 そして、誰にも見付からない内に生まれ育った屋敷を、街を、乗り合いの馬車に揺られ離れて行く。



 小さくなっていく街並みを静かに眺めた。



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