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妹の話。





 ────欲しいな、と思ったの。


 お姉様が片時も離さず持ち歩くあのぬいぐるみ。誰が見ても愛情を目一杯降り注がれているだろうそれが。


 そして、思ったままに言葉にすれば、それが私の元へやってきた。






 

 何不自由ない暮らしや代わり映えのない日々。そんな中で、ふとした瞬間に、いつも見ていたお姉様が大事にする物が、どれもこれもキラキラと輝いて、目が離せなくなったのだ。


 無償に、それが欲しいと思った。



 そして、それを手にした時のあの何とも言えない高揚感と、涙を耐えるようにそれを見るお姉様に、もう私の物になったのだという優越感。


 キラキラと見えたそれらを手に乗せると、私はとても、満たされた気がしたのだ。





 母が決まって、渡すのを渋るお姉様に「姉なのだから、妹に譲るのが当たり前でしょう」と言う台詞に、そうなんだと私はその言葉を受け取った。

 お姉様の愛情を受け輝く物を見ては、欲しいと願いを口にしてこの手に落ちてくるのを待っている。


 だって、お姉様が持っているのならそれは私のもの。そういう事でしょう?

 だから、私は欲しいと口に出して、ほんの少し涙を耐えて見せるだけ。



 後は、周りが動いてくれるんだもの。





  楽しくて仕方なかった。


 あまり変わらない毎日の中で、少しの刺激として、自分の満たされない何かの為にそれをやっていたのだ。



 勝ちの決まった、その遊びを。



 


 お父様のご友人や知り合いの方達の御子息や御令嬢だって無邪気に装い微笑めば、お姉様より私へと転がって、お姉様に見向きもしなくなる。


 書庫によく出入りするお姉様の姿を、庭から見てはまた、私は優越感に浸るのだ。

 庭でティータイムを楽しむ私に比べ、あんな文字しかなく、つまらない本ばかりの辛気くさい書庫にしか居場所がないなんて、本当にお姉様には似合いだわと。

 私の周りは華やかな方々ばかりだもの、と緩やかに口角を上げていた。


  ある日から、掃除や洗濯もし出した時は、よもやお姉様など使用人か、それ以下の存在なのだなと、屋敷中から奇異な目で見られているのを笑ったものだ。

 そんな事を、勢いに乗る商会の令嬢がするなんて馬鹿らしい、何の意味があると嘲笑った。


 ただ、クライオス様だけは、何故かいつもお姉様を気にして声を掛けようとし、それが面白くなく、あの手この手で阻むようにして、お姉様から遠ざけた。

 その日の夜は、余計に手当たり次第いつもの願いを口にするけれど。


 日に日に、表情を出さず感情を隠すお姉様に気付かぬ振りをして、いや、それすらも余興のように感じて。



 自分の優位さや優越感。



 日々、自分の中の何かが満たされるそれを、誰が止められようか。


 

 

 そんな終わる事のない筈の遊びに、終わりが来たのは、つい先日だ。


 お姉様が家を出たのだ。

 

 それに気付いたのは出て行った翌日。あまりに起きて来ないので部屋に入れば、相も変わらず質素で簡素な部屋には誰も居らず、代わりに、紙切れ一枚が置かれていた。


 リリアは出ていったからこれからは本当の(・・・)家族3人よ、と言うお母様は上機嫌で、あの部屋もさっさと片付けて物置にでもしましょうと、綺麗に笑っていた。


 お姉様が居なくなっても、いつもと変わらない、むしろ、いつも以上に機嫌の良いお母様に、屋敷の雰囲気は明るさを保ったまま。


 本当の家族、と言う言葉にすら何も思わない程、私はお姉様を家族には数えてはいなかったのだ。

 私が物心つく頃からお姉様より私が優先されていたんだもの、自分より下の存在だと認識するのは当然の流れでしょう?


 それに疑問など、浮かぶ筈もない。



 お姉様が居なくなった事に、ショックを受ける事も心配するでもなく、朝食を口に運びながら、次は誰で遊びをしようか、と私はぼんやりと考えた。




 すると数日後、出て行った筈のお姉様は帰ってきた。お父様と共に。





 なんだ、遊び相手が帰ってきたじゃないかと思ってお姉様を見れば、出ていく前とは全く違う凛とした目をしていて、驚いた。


 常に、何も写していなかったその目が、明らかに意思を宿してしっかりと私達を見据えていたから、余計に。



 あの、地味で、下ばかり向いて、私の二歩も三歩も後ろにいるような、そんなお姉様が、だ。


 その光景に呆然として、お母様に促されるまで私は身動き一つ、出来なかった。



 


 そして、淡々と話すお姉様とそれを詰るお母様の横で、寂しかったと少し潤み涙すれば、小さな溜め息と訳の分からない言葉を返されて。


 それに、はらはらと涙を流せば、いつもならば私が涙すれば伸ばされていた手が、今は伸びては来なくて。



 何故?どうして?そんな言葉が頭を占め出したけれど、お姉様やお父様との会話で、次第に髪を振り乱しより強くお姉様を詰るお母様が居て。

 お姉様を見るその目は大きく開かれ、睨み付けるその目に渦巻く憎悪に、思わず体が震えてしまう。




 その声も、


 

 その横顔も、



 今までに無い位、恐ろしかった。


 これは、本当にお母様なのかと考えてしまう程。





 お母様が語る事に私は驚いたけれど、向かいに座るお姉様に驚いた様子もなく、此方を見据え静かに口を開いた。




 「…………自分の口で別れを言う為に来たのです。私の帰る場所は此所ではありませんから、それが終われば言われずとも帰ります。一切戻るつもりもありません。

 メイリーデ、人から思い出を取っていく事は楽しかった?面白かった?同じ事を自分がされたら、貴女はどうなのかしら、それとも自分はされない?


 自分の事しかなんて考えられない貴女は、可哀想で、なんて………なんて憐れなのかしら」




 私を見やるお姉様に、なんて事を言うのだと返そうとして口を開いても、喉に何かが貼り付いたように声が出せない。


 可哀想?憐れ?


 お姉様が帰ってきてから、向けられた言葉がうまく、処理できない。


 

 

 

 「お父様お母様メイリーデ、私は自分の居場所を見付けました。

 何気ない毎日も素敵だと思えるその場所へ、私は帰ります。


 二度と会う事もないでしょう。さようなら」




 そうして、未だ声を出せずにいる私に構わず、深く頭を下げた後、一度も振り返る事なく、お姉様は扉の向こうへと出ていき、その後をお父様は追いかけて行ったのだ。


 息荒く扉を睨み続けるお母様と、茫然とするしかない、私を残して。















  ───もう、このまま家族を続ける事は出来ない。


  



 戻ってきたお父様は、静かにそう告げた。


 

 その言葉に泣き喚き、それでも同じ言葉を口にしたお父様に、形振り構わずすがりついていたお母様。

 使用人達は、戸惑いながら事の成り行きを見ているしか無いようだった。






 それからどうやって戻ってきたのか、はたと気が付いたら、見慣れた自分の部屋に居た。


  目に入ってくるのは、部屋中に散らばるお姉様の宝物だった物。

  手に入れたその瞬間までは、あんなにもキラキラと輝いていた筈のそれらは、力なく薄汚れたまま、この部屋に散らばっていて、そのまま私は部屋中を見回した。






 あんなにも輝いていた物で部屋中を満たした筈なのに。


 あんなにも、欲しくて欲しくて堪らなかった物で埋め尽くした筈なのに。




 なのに、この部屋は………何一つ輝いていなくて。




 ああ、そうか。


 私はずっと、穴の空いた入れ物に入れていたのだ。

 入れた傍から漏れ続けていくのに、お姉様からの愛情を受けて満たされたこれらを自分の物にし、そして私が満たされたと、錯覚をして。


 そうして、手にした次の瞬間にはまた、減り続ける何かに満たされたいと欲しがった。




 お母様やお父様は、確かに私を愛してくれていた。


 けれど、二人とも私を見ているようで見ていない気が、したのだ。

 お母様は、私を見ているようでいつもお父様を写していたし、お父様は私を見ながらもお姉様を写して、眩しげに見ていたから。


 私を、私と見ていたのはお姉様だけだったから。だから、私は……………。




 未だ、微かに聞こえてくるお母様の叫び声に耳を塞ぎ、周りに散らばる欲しがってきた筈のそれらにきつく目を閉じて。


 いつから間違えていたのか、どうしたら良かったというのかと、そればかりが頭を占めた。











 暫くして、生まれ育った街からお母様と二人、少し窶れながらも決意に満ちた様子のお父様に見送られ、お母様の実家へと去る事になった。


 結局、私はずっと独りよがりだったのね。と、お父様が見えなくなるまで見つめていたお母様は、寂しそうにそうぽつりと溢していた。


 その言葉は、私にも酷く刺さり、抜けそうにない。



 


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