始まり
一つ、また一つ無くなっていく。
最初は何だったかな………、ああそうだ、白いウサギのぬいぐるみ。お父様が初めてプレゼントしてくれたものだった、その次はお母様が編んでくれた膝掛け、気に入っていたブレスレットや髪留め、大事にしていた絵本。侍女が作ってくれた花冠、一日探し回って見付けた四つ葉のクローバーで作った栞。
私の思い出や思い入れを詰め込んだそれらはもうずっと前に、私の手から離れてしまったけれど。
「お姉様、そのブローチ素敵ですね」
2つ下の妹、メイリーデ。
メイリーデが生まれた時から彼女は我が家の太陽であり華であり宝だ。
しなやかに波打つ金髪に、大きく輝く瞳は晴れ渡る空のような青色で鈴のように愛らしい声は聴くものを明るくする、そんなメイリーデの周りは、常に笑顔で溢れていた。
私を置き去りにして。
「もうっお姉様聞いていらっしゃいますか?」
「ん…………ええ、聞いているわ」
ぷくっと頬を膨らませている妹。
そうだ、今はメイリーデと二人庭でお茶会をしていたんだったと思い出した。
彼女が腕にしている薔薇がモチーフのブレスレットはほんの数日前まで私の宝物だったなとぼんやりと考えて意識を飛ばしてしまっていた。
「そのブローチとっても素敵!私も欲しいです」
無邪気にこの言葉を言うメイリーデ。いつもの事だ、臆面もなく欲しいと言う。そしてそれはいつも叶えられるのだ、傍に控える侍女や護衛の視線は正直だ、与えてやれと与えて当たり前だとその目がその場の雰囲気が語っている。お父様やお母様が居ても同じ目をする。そして、やんわりと渡しなさいと催促されるのが日常なのだ。
その目にずっと、私は僅かな怯えと大きな諦めと深い失望を心に積み上げてきた。
私はこの家に居る意味などない、忙しく各地を飛び回り商売をしているお父様と話をしたのは何時だっただろうか、共に食事をしたのは何時だっただろうか………もう随分昔のような気がする。お母様ともそうだ、姿を見る事はあれどちらりと私を見てそして、声を掛けるでもなくメイリーデへと向かうのだ。生まれたばかりの小さな小さな可愛い妹と父と母の腕の中で眠った幼き日は、最早夢か幻か、いや幻想だったのだろう。だって、もう私が居る家族の絵がうまく浮かばないのだもの。
まだ温かい光の中にいた幼い頃の事すらも夢だったのかと家族とは何か分からなくなっていた。父も母も妹も居て、裕福で不自由無く暮らしている、端から見れば物凄く恵まれているんだろう。
あからさまに冷遇されている訳ではない、けれど明らかに妹とは線引きをされている事は事実であり真実だ。
「新しいブローチなら明日にでも買いに行きましょう?」
「お姉様が付けているのがいいの!」
「………これは、クライオス様に頂いた物なのよ」
「でも、欲しいんだもの………」
困った顔で否と答えれば次第に潤んでいくメイリーデの瞳に、心が凍ってゆく。
「クライオス様が今度いらっしゃる時にメイリーデに似合うブローチを選んでもらいましょう?」
「でも、私はそれがいいんだもの……」
「………私にと頂いた物だから、メイリーデにはもっと明るい物が似合うわ。だから、今度クライオス様と出掛けてメイリーデに似合うブローチを選んでもらいましょう、ね?」
「…………………そう、する、けどそのブローチがいいの」
ほろりと溢れた涙を拭うメイリーデとそれを慰めるべく傍にくる侍女や護衛の姿を無感動に眺めた。きっと、明日にでもこのブローチすらあの胸に光る事になるんだろう。
その夜、やはりと言えばいいのか無言でやってきたお母様が『メイリーデが欲しいと言っているのに譲らないとは姉としておかしいわ』と私の返答等知らぬとばかりに小物入れから昼間私の胸にあった小さなブローチを当然のように取り出して部屋を後にした。
あと何度、こうして過ごさなければいけないのだろうか?
あとどれくらいすれば、私の心は何も感じなくなってくれるのだろう
いつまで、この手から大事な物が滑り落ちてゆきメイリーデの手に積み上げられるのを見ていないといけないんだろうか
溢れ出る涙を止める術を私は持たない。次々と落ちる涙を一体誰が拭ってくれると言うのだ、私を慰めてくれる者はこの屋敷に誰も居ないのに。