HEAT 02
「起きろキヌカ」
目を開くとマジジの鳥頭が私をじーっと覗き込んでて、この調剤屋の仲介なんていうクソバカな人間がうっかり行き着いちゃうような仕事をしてるどうしようもない私の彼氏を見つめてると、全部がクソなうんざりするような現状がわーっと浮かんで自分の殻のなかにバタンと閉じこもりたくなる。
私はもう三年も不眠症で、その私が本当に久しぶりに睡眠三歩手前ぐらいのまどろみをふわふわふわーって歩いていたというのに、このクソ男は。あーもうっ!
一流企業ヴェルザンディに勤めて、最高に素敵だったロボコ先輩と楽しく過ごしていた私はどうしちゃったの? 今の私は調剤屋なんていう社会のゴミみたいな仕事してるし、なんとなくロボコ先輩と似てるからって理由でベッドに連れ込んだ今の彼氏はふざけんなってぐらいクズの中のクズ。セックスも超下手。
「アステリオス内で寝るなってば、体内時計が壊れるぞ」
そう優しい言葉をかけて私の肩をポンポンと撫でるけど、コイツが気にかけてるのは私の92/65/85をギュウギュウ抱きしめて股間を擦り付ける事であって。あーもうこういう話はどうでもいいよウンザリだ。
「うるさい、呼び出しといて遅刻しないでよマジジ」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっといろいろ急用が」
変態染みた鶏の顔で変態染みた笑みを浮べてる。キモい!
「それで? 何用事って」
「あぁ、ゲッショウの依頼受けてくれ」なに言ってんだコイツ「報酬は言値を出すってさ」
「嫌だよ」と私。嫌に決まってるふざけんな絶対嫌だ「絶対に引き受けないよ」
「引き受けろよキヌカ、お前国に恨みがあるんだろ? 前から国を伸したいってぼやいてたじゃないか」「引き受けないよ」「なんでだよ」「ガキの依頼なんて受けるわけないでしょ?」「ゲッショウの腕は確かだ、彼女なら失敗しないだろう」「どうだか」「どうしたんだお前?」わーわーわーわー
暫くこんなちっちゃい子みたいな水掛け論を続けたけど、当然結論なんて出るわけない。
だって私が依頼を渋ってる本当の理由は彼は知らないんだから。私はそれをひた隠しにしてのらりくらり適当ペラペラ喋って逃げようとしてるから。
「本当に引き受けないのか」
引き受けません。私がクスリをあの子供に打つなんて、しかもえらい危険な場所にハッキングさせて脳でも焼けたら? あのガキが死んでしまったら? そんな事になったらまた「あの時」みたいに私の心の細い部分とか細いところが全部千切れて、生きていけなくなってしまう。
「あぁ、でもそれでキヌカは本当に後悔しないのか?」
……。
適当な返しをしようとするけど、何も思いつかなくって「うぃ」とか意味不明な言葉を発しちゃってしどろもどろ。
「クスリは絶対に必要だ、あの娘は結局は誰かが調剤したクスリを打つ」
「わかってるよ」
わかってなかった。そこまで考えてなかった。あのガキは誰かの調剤した……それじゃあ本当に結局……
「また見殺しにするのか?」
マジジの言ったその言葉はあんまりにも的確に私の心を抉りぬきすぎて、私の心臓サンが止まるんじゃないかってぐらい激しく飛び上がって、思わず彼とのリンクを一方的に切断してしまう。
また見殺しにするのか?
一人になって両手で必死に胸を押さえつけてもまだダダダダダンと震えている。
見殺し? 見殺しって私はまた、そんなの。
違う、違う違う違う。
何言ってるんだ私は、全然違う。
見殺しなんかじゃない。
私は――
私は――
「やっと引き受ける気になってくれましたか」
開口一番それですか、本当に君は生意気な娘さんだね。
「はいはい、引き受けますよゲッショウさん」
只でさえめちゃめちゃノイジーなリンクを接続させられて私はクソ不機嫌なのだが、ゲッショウが意外と屈託の無い子どもらしい歓声を上げたの聞いてなんだか少し落ち着く。なんでだろ。
「それで? ご注文はなんですか? スマート系とか言ってたけど」
「シナプス非干渉でホルモン制御のやつです、レベル3のコリン作用――」
「随分具体的ね。サブユニットの増設数は? その仕様でも三倍までは確保できるよ」
「サブユニットは結構です」
「え? なんで? ハッキング用でしょ?」
「手数は足りてます、それよりも非同期制御のアクチュエーションを適応できるようにしてください」
で私は少し考えちゃう。その仕様ってどう聞いても電脳戦特化仕様じゃん、おかしくない? 怪盗キ○ドがアサルトライフルを買いたがってるみたいなもんだよありえないって。
「あんたクラッカー?」
「いいえハッカーです。ただ、私が欲しいクスリは緊急時に使う差込のクスリなんです」
納得したような納得しないような。私の胸の中で疑念とか警戒みたいなカマキリの卵の様なブツブツベトベトした物がすくすくと育っていくのを感じる。
まぁ
まぁいい、まぁいいさ。
一応今日は全部飲み込んであげよう。
私は無理矢理そう自分に言い聞かせ、彼女との会話を続ける。
「わかったわよウサギ。じゃあ大まかな図面は引いとくから、三日後またリアルコンタクトしましょう」
「またあのファミレスですか?」
「いいえ、今度は私の家に来て、そのキュートな脳味噌にいろいろぶっさして調べるから」
「えっ?」とか言っちゃって、ちょっと怖がった声色を一瞬漏らす。いやーんなんだ可愛いじゃんゲッショウちゃん。
私はその後なんだかんだで会話の主導権をがしっと握れたので、私の家の住所とかその時持ってきて欲しいものとか、どういう事をするのかとかペラペラちゃっちゃと説明していく。
すっかりペースを乱されたゲッショウは最初こそ「わかりました」とか言ってるけど、最後の方は「うん」とか可愛い返事をしちゃう。めっちゃノイジーな回線で本当に残念、もうちょっと太い奴ならゲッショウの気圧され困り顔をばっちり見れただろうに。がっかり。
ってとこまで考えて、やっぱゲッショウも歳相応の子どもなのかーって思うと、クスリを処方したく無くなる。
そりゃそうだ、私のクスリでこの子はどうなるの? そりゃ一生懸命安全なクスリを作るけどまだぜんぜん使われてない彼女の幼い脳味噌に、私の作ったガビガビの異物を突っ込むんだ。
うわーなんか卑猥。
ってそういう話じゃなくて、やっぱりこの仕事はやりたくない。
「それで全部ですかキヌカさん」
「あ、うんこれで全部」
現実にシュッーポンって戻された私は慌てて頷く。
「では三日後、よろしくお願いします」
「はーい、よろしくね」
リンクが切られちゃった。結局ゲッショウのアステリオスのアバターは一回も見えなかった。恥かしがり屋め。
現在時刻は二時丁度、相変わらず不眠症の私の脳味噌は水を吸った脱脂綿みたいにぐずぐずとした睡魔を抱えてるのだけど、どうせベッドに潜ったところで眠れないのだ。図面でも引いてよう。
私もリンクを切断しようしたんだけど、そこでアレって気づいた。このリンクまだ向うに誰か居る? え? でもゲッショウのは切れてる? どういうこと?
私はリンクを引きずり出してみる。
ずるずると肉豆腐みたいなパケットがいっぱいでてきてやっぱおかしいよこれ。なんでこんなに情報量が多いの、だれか覗いてるまさか?
取り出したパケットの一つに、ティアって呼ばれる別領域との境目を見つける。
私はそのティアに手を掛け、あまり考えずにとりあえず押し広げてみる。境目がぐむむむむって広がり向うが見える。
そこには狐面を着けた、一人の女性が座っていた。
「ハロー、あなた誰?」
シーン。私は声を掛けたのに彼女は完全に無視。もう一回声を掛けようかなって思ったとき、狐面は右腕を上げた。
その腕には手は見えなく、代わりに鋼鉄のワームがとぐろを巻いている。
ギャリギャリギャゴゴゴゴっと鉄の咬む音と共にワームが空高くピーンと一直線に伸びる。
やばッ!
わたしはとっさにティアから離れリンクを引き抜く。
接続経路をなくしたパケットの山がバグってぶるぶると蛆虫みたいに震え出す。
無理矢理閉じた結果、リンクのあった場所には大げさな警告文ウィンドウと微かな亀裂が空間にピシピシとはしり、私は倒れたままにそれをじっと見つめてる。
その気持ち悪い肉豆腐の山の中で私は心を落ち着けた。考えた。
あのワームは多分ブレードだ、空間を切断したり繋いだりする。それで私を攻撃しようとした?
あの狐面の女、まさかクラッカー?
アレは誰? ひょっとしてゲッショウ? いや、でも私とゲッショウの会話を覗いていたよね?
リンクのパケットなんて極小単位の物にティアを刻めるようなブレードなんて、相当に珍しい……
私はとりあえず体を起こす。
仕事がめっちゃ増えちゃった、クスリの図面と狐面の正体。
夢
あの時の夢
ロボコが蒸発して
それから――
「君はイベルガンについて何処まで知っている?」
またその質問か。
「兵器でしょ、国の依頼で三社合同で作ってる」
私の回答に主任は満足そうにうなずくと、タバコを口から離し、ゆっくりと煙を吐き出す。
「ロボコが逃げた、なにか知らないか?」
「知りませんよ」
私もついさっき知ったばかりなのだ。
ロボコは一昨日忽然と姿を消した。社宅には家財道具とかも全部置きっぱなし、携帯用外付け端末まで。
誰にも何も告げずにいきなり姿を眩ましたのだ。
私にさえ何も言わず。
「まったく、この人手不足の時期に……」
主任は忌々しげにそう言ってタバコを揉み消す。
いつもは大声で笑ってばかりの無駄に陽気な主任だが、流石の今日は随分と意気消沈した様子だ。
「それで、私に一体なんの用ですか主任」
「急で悪いんだが、君に任せたいプロジェクトがあるんだ」
そこでふと、ロボコの言葉が脳裏に掠めた。
――イベルガンには関わるな、必ず逃げろ――
「まさか私にイベルガン計画のチームに参加しろと?」
「いや、少し違う」
「違う?」
それは予想外。
「どこから話せば良いか……簡単に言えば、君にイベルガンを開発する過程で新たに手に入れた技術を、幾つかフィードバックさせた新しいドライバーの開発を任せたい」
「どういう事よ」
「そのまんまの意味だ」
私は暫く思考を巡らせ、自分が疑問に思う点を整理する。
「イベルガンに使う筈の技術を勝手に自社製品に入れるって? 許されるのそんな事が?」
国だけじゃない、カタウ社やルスベン社が何を言うか。
「当然ばれればただじゃあ済まないさ、だから時期をずらす。開発は今から始めるが、表舞台に送り出すのは秘匿契約が切れた後だ」
「今の内に形にしておいて、契約解約と同時に公開するってこと?」
「そう、その通りだ」
胡散臭い話だな。
私はだらしなくソファーに持たれ掛かり、主任の吐き出した煙を払うように手をシッシと振った。
「で? だから、結局許されるのかそんな事が?」
当然許されないね、そう言って主任はシニカルな笑みを浮べた。
「こそこそ開発しろと、しかもドライバー? 臨床試験はどうするのよ」
「そりゃあ非合法な手段に頼るしかないだろうねぇ」
そう言って私に向かって肩を竦めておどけて見せる。
「非正規のモニターを集めて物騒なドライバーをぶっこめと? 危ない橋だねぇ」
なるほど、ロボコの警告はコレか。
私は鼻で笑って立ち上がる。
引き受けるつもりは無い、まったく無い。
足元みるなっつーのバカ主任。
「私、そんな仕事引き受けませんから」
毅然とした口調でそう宣言する。
でも主任はそんな私の態度を余裕たっぷりにせせら笑ってみせる。
「何を気張ってるんだメス猫、お前はそういう火遊びが好きな女だろ」
「はぁ?」
「上司部下と言えど男と女だ、やる事はやるさ。ロボコとの関係は上には伏せといてやる」
「何? それ脅しのつもり?」
「脅しになるよ、アイツには妻子が居たからな」
――え。
妻子?
何それ、そんなの――
「ふん初耳か、可愛そうに。アイツも酷な事をする」
脳の奥がカッと熱くなったのを感じる。
目の奥がじわじわと燃え上がり、思考が急激に、感情が追いつけないほどに走りだす。
「嘘でしょ」「嘘じゃないよ、娘は先月三歳になったらしい」
「嘘でしょ!」
私は力の限り叫んだ。