HEAT 01
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USER:KINUKAR
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/home/kinukar/
%cat e-drag.txt
「電子ドラッグ」それはアステリオスの闇。
脳髄端末を埋め込んでる人間に高い効果を示す特殊なプログラム。
このプログラムを起動することにより、脳内の側坐核に作用、酵素の分泌、シナプスの伝導率上昇、ホルモン受容体活性などの効果を示する。
結果として酩酊感、五感の歪み、パラノイア、また認知能力の向上などが一般的な症状として知られている。
%cat e-harmacist.txt
「調剤屋」
アステリオスにおける職業の一つ。
脳髄端末用の電子ドラッグの作成するのが主な業務。
血液摂取型ドラッグと比較して、脳に作用を及ぼすまでに幾つもの障害を乗り越える必要があり、なおかつ非常に早い段階で脳が薬物耐性をもってしまうという欠点も内包している。
その為電子ドラッグは、服用者に応じて一から入念にオーダーメイドで設計される必要がある
質の高い電子ドラッグを設計する事ができる調剤屋は非常に稀有な存在であり、大変珍重される。
電子ドラッグは単に快楽としての道具でなく、その認知能力の向上すなわち脳の活性化という点に価値を見出すハッカーやクラッカーは少なくない。
%cat 1-12-2134.txt
覚書宛先 ウサギ
送信者 ククリセ
コツコツが死んだわ
死因は脳浮腫よ
結局奇跡なんて起きなかった
どうしてなの
どうして彼は
どうして貴女はこんな時にも
私は
貴女が赦せない
貴女だって判ってたでしょ
彼は私にとって特別な人だった
貴女のお兄さんと一緒
私は、あの人の事が
%cat yilbegan Project.dir
**PROTECTED**
***LEVEL44 EYES ONLY***
Received: 8 February 2135
Protected:NO Data
**SUMMARY:Stack
***START***
「帰れ未成年」
マジで帰れ、ふざけんな。
私は皮膚が弱い、ちょっとした衝撃で裂け目ができてそこから真っ赤な血がダクダクと流れ出す。だからあまり刺激を与えないように常日頃自分に言い聞かせてるんだけど、カッとなった時はそんな余裕なんて無い。バンバンッ!と私がテーブルをぶっ叩く音が店内に鳴り響き、丁度私の側を通っていたウェイトレスがビクッとなって、配膳車の中のランチがガタガタと揺れた。
私の手の側面に血が滲みだしたのをゲッショウは若干引き気味に見てる。私はそれがすっごい気に入らない。そんなのどーでもいいじゃん、キレてる私の方に反応示して欲しいんだけど、ハロー? あんた脳味噌大丈夫?
そのまま眼が痛くなるほど尖がった視線で睨み続けてたらゲッショウは「あれ?」「何?」「キヌカさん怒ってるの?」随分と舐め腐った態度を返してきやがった
「は? アンタには私が怒ってないように見えるの?」
そうは言ったけど、あんたの言うとおり私は怒ってないかもね、確かに狭義の「怒り」からはちょっとズレた感情かも。なんでかっていうと私の中でこのゲッショウとかいう、ぶかぶかボロボロ乞食みたいなコートを着込んだ痛いガキはもうどうでもいい存在になってる。マジでどうでもいい。
それよりもこんなクソ生意気なガキとケンカする為に私はわざわざ外出して、大っ嫌いな太陽光をさんさんと浴びまくって、それでこんなクソみたいな状況になってるのかと思うと自分の浅はかさと運の無さに胸の奥がグツグツと煮えたぎって、それが食道を逆流して周囲一体に暴力の渦としてぶちまけちゃいそうになる。
「私、未成年じゃないし」
ゲッショウは不満げにそう言って、嘘くさい色をしたメロンソーダを一口と飲む。
「嘘、あんたどうみたって中学生じゃない」
「今年で二十歳ですよ、タッパが低いからそう見られますけど」
「じゃあその大量のソバカスは何?」
「ただのシミです」
「もうちょっとマシな嘘はつけないの?」
彼女のつまらなそうなため息が耳に纏わりついて、私はまた我慢出来なくなって机をサルみたいにぶっ叩く。また手の皮膚が裂ける、血がどばどば、ゲッショウのびびった顔、だからそれはどーでもいいでしょ
このガキは最初っから私を苛立たせることしかしない。私はもうずーっとコイツの顔を蹴り飛ばす事だけを考えてます。ええ、もうずっとね。
私がいつものファミレスで今回の依頼主「ゲッショウ」を待っていた時、このガキは突然現われて、私は誰かと勘違いしてるのだろう思ったからさっさと立ち去れって意味も込めて軽く睨んでやった。私は凄く目つきが悪い、だから軽く睨んでやれば大抵の人間は妙に冷静になってあくせく私と距離をとって行く。
でも様子が違う。
このガキは「どうもゲッショウです」なんて間の抜けた自己紹介をした後、スマート系のクスリの調合を依頼しに来たなどといい始めたからびっくり。私は変に上ずった声であんたは誰だと問いただす「まさか、あんたが依頼主?」
はい私ですよ、だから私がゲッショウです。
彼女はあどけなさの残る声で、はっきりとそう言った。
貴女が調剤屋のキヌカさんですよね?
そして自分の名をが呼ばれ……
私はお腹の中心がサーっと冷えていくのを感じながら、あぁこのガキはもう本当に本気で私の依頼主のつもりなんだね、冗談じゃないんだね、って思うとめちゃくちゃ投げやりな呆れとか無気力感っていうのがワーッっと押し寄せた後、それ以上の苛立ちが急に胸の中から吹き上がって。
間の悪い空気が流れた。
興味深げに見つめるばかりの彼女。
やがて私は言った。
――帰れ未成年、って。
「何? キヌカさんは未成年の依頼は引き受けないの?」
ゲッショウは食って掛かるような言葉をぶつけてきて、私はもう完全にこいつの相手をするのが嫌になった。だってもう私のなかでのこいつに対するイメージはすっかり嫌な形に出来上がっちゃったから。
ガキのクセに無駄にハッカーとしての技術があって、それに驕って人格成長を疎かにしちゃったんでしょきっと。ううん知らないけどきっとそう。
ひょっとすると今はこの子の将来の為にも私は仕置きの鬼になって、このファミレスに一時的に小さな地獄を設置、その可愛らしい顔面を拳で変形するほど殴ってあげるべきかしら。なーんて妄想をした所で私の興味は完全にプッツン。
「じゃあ、さよなら」
私は一方的にそう言って席を立つ。
そうそう、こういう場はこうやってクールに締めるべきなのだ。勘違いしたガキをど突き散らして世間の厳しさを教えてあげるなんて体力は持ってないのだ。
ゲッショウはそんな私の背中をじろりと睨めつけてきたけど無視無視。
「また会いましょう、キヌカさん」
最後にそんな捨て台詞を吐きやがった。マジでクソガキだなこいつ。
ねぇ
貴女はどこに居るの?
連絡を頂戴
私は待っているから
あの場所、いつもの場所で
来てくれないなら私の方から
「ゲッショウ」
唐突に割り込みが入った。
私はため息をつきながらメッセージとのリンクを解き、それをそのまま削除する。
だが一応リストは開いた状態で、声の主とはリンクを別経路で繋いだ。
「あぁ、わりぃ邪魔したかゲッショウ」
声の主、鶏の顔をした男は、嘴を忙しなく打ち鳴らしながら私に謝罪の言葉をかける。
嫌だな。
嫌な相手だ、私はそう感じる。
この男、アステリオス内ではいつも鳥の頭をして他人に接する。
自分には鳥ほどの脳しかないんですよ、そんなふざけた事を言って謙遜してみせるが――それは嘘だ。
鳥の顔には表情が無い、それが恐らく彼が鳥の顔を選ぶ理由だろう。
焦点の不明な目に堅く単純な動作しか見せない嘴、それらからはほとんど表情が読み取れない。
確かにアステリオス内でのアバターを用いたコミュニケーションで、ボディランゲージや表情が示す情報量の信憑性だなんてたかがしれてる。
だげどコイツは、それをわざわざ隠してる。
誤魔化すことも欺くことも簡単にできるというのに。
なんだか、気味が悪い。
「いいですよ、別に何もしてませんでした」
言いながら私はリストの整理を続ける。
ククリセからのメッセージが幾つも幾つも溜まっていた。
私はそれを上から一つ一つ指でなぞって、次々と消していく。
「何してんだゲッショウ? オスカーコードのメッセージ? そんな大量に? しかも読まずに消してるのか?」
もったいなくないか? 鳥男は一気に不躾がましい質問を浴びせかけ、私を些か不快にさせた。
「そうやって詮索するの、やめてください」
リストを閉じ、初めて鳥男の方を向いた。
感情の無い鳥の眼球が小刻みに蠢いている。
「あぁ、すまない」
男はそう言って軽く頭を下げる。
「マジジさん、一体何の用件ですか?」
私に名を呼ばれた鳥男はそっと顔を上げ、一度瞳をぐるりとかき回した。
「いやなに、不出来な弟子の無礼を詫びにきただけさ……もっとも私が更に無礼を重ねてしまったようだが」
マジジはそう言うとカツカツと嘴を打ち鳴らして嗤った。
こいつ……私を舐めてるのか。
「マジジさん、それ謝罪のつもり?」
「あぁ、いや失敬失敬。悪いね私はこういう状況は苦手なんだ」
我が唯一の愛弟子、キヌカはミスをしない子だったからね、依頼主に謝罪なんて初めてなのだよ――マジジは唄うように言葉を並べた。
「落ち度があるのは私の方……とでも言いたげですね」
「あぁ、そういう意図も多少はある。キヌカは重度の子供アレルギーでね、しかしまさか君が子供だったなんて」
若きハッカーか、時代も変ったもんだ――マジジはそう言って私を値踏みするように顔をくいっと曲げた。
コイツの態度は気に入らないが、今の私にはそんな事よりもある単語に興味が向いていた。
「子供アレルギー?」
「あぁ、キヌカは子供が苦手なんだ」
過去にいろいろあってなとマジジは言った。
ふうん、と私は鼻を鳴らす。
それは――それはとても気になる。
「いろいろって何ですか?」
「さぁな、俺も詳しくは知らないよ――」そういって男はパンッと手を叩く「――とにかく彼女はアンタの調剤屋には不適任だ、改めて別の調剤屋を紹介するよ。もちろんロハで、ついでに今回の仲介手数料は全てゼロで良い」
私は音の無いため息をつき、静かに首を左右に振る。
「駄目です、キヌカさんでお願いします。彼女が私の調剤屋です」
その点は絶対に譲れない、そんな強い意志を込めた声で端的に言った。
マジジは暫く呆気に取られた様子で私を見ていたが、やがてクツクツと笑い出した。
「なるほど確かにハッカーだ、お目が高いようで」
「手数料は三倍払います、なんとしてでも彼女を私に付けてください」
「三倍? 本気で言ってるのかゲッショウ」
マジジは少し声を引きつらせながら、無理におどけた調子で問う。
「国の書庫を覗くんですから、金に糸目はつけません」
私は言葉短くそう言って、再び視線をリストに戻す。
これで会話は終わり、そういう合図のつもりだ。
これ以上はなにも詮索されたくない。
「お前本当に何者――」空気の読めないマジジは、それでも楽しそうに質問を続ける「――あそこには終わった物の記録しかない、コスパは悪いぞ?」
「そうね、私もそれ自体には大した意味は見出してませんから」
「え?」
私は言うだけ言うと一方的にリンクを断絶した。
私が興味を持ってるのは書庫でもクスリでもない。
キヌカ、彼女自身だ。
夢だ
昔の夢
あの時の夢
全ての始まり
それは私の罪の始まり
そして全ての終わり
私の人間性の果て
「なんだよ」
「少し一人事を言う」
「は?」
「黙って聞いてろキヌカ」
ロボコはそう言うと私の隣に座り、缶コーヒーを差し出した。
彼の随分神妙な態度に私は戸惑いを感じながらも、とりあえずそれを受け取る。
「なに? マジでなんなの?」
「いろいろだ、少し良くない事になってる」
缶コーヒーの蓋を開ける。
その時、ようやく私は妙な視線に気づく。
後ろのテーブル席に座ってる男が二人、何気ない様子でこっちを観察してる。
――なにアレ、社員証は下げてるけど、なんかカタギじゃない雰囲気が
「見るなよキヌカ」
ロボコは鋭い口調で私に注意をする。
「何なの? このデキの悪いスパイ映画みたいな状況」
「後ろの二人はここの系列企業の警備会社の連中、ようは私兵だ」
「怖っ!」
私は思わず振り返る。
サングラスをかけたジジイ、まさか武装してる?
「おいキヌカ」
「勘弁してよロボコ。あんたには確かにいろいろ恩があるけど、面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンなんだけど」
「巻き込むつもりは無い、寧ろ逆だ。お前に警告しにきた」
「は?」
彼の方をチラリと覗き見る。
随分とすました顔で平然とコーヒーを啜っている。
「キヌカ、お前はイベルガンって呼ばれてる企画をしってるか?」
「あんたがプロジェクトリーダーを勤めてる企画でしょ」
「そうだ、どこまで知ってる?」
どこまでって、私は暫く思巡する。
「……たしか、私達ヴェルザンディ社と、あとルスベン社、それからカタウ社の三社合同でなんか特別なドライバーを作ってるんでしょ? 国からの依頼で」
特別な潜水服のドライバー
電子戦特化仕様の潜水服、つまるところ兵器。
来るべき第四次アジア戦争に備え、国のさる秘密機関の指揮の下極秘裏に開発が進められているとか。
秘密兵器の開発。
「そう、概ねその通りだ」
「それが何? あんたまさか……」
「いや開発は順調に進んでる、水も漏らさない程綿密に作られた設計書のお陰でな」
「だったら何なのよ?」
ロボコは目を瞑り、息を吐き出す。
「イベルガンには関わるな、必ず逃げろ」
一方的にそう言うと、彼は席を立つ。
それが私の見たロボコの最後の姿。
次の日、彼は蒸発した。