PALUS 05
とある病院の一室。
仄かな暖色系の明かりが、コツコツとククリセを照らしだす。
コツコツはベッドの上にぼんやりと横たわっている。
ククリセはその横に冷たい視線を伏せ、静かに座っていた。
「私は、全部知っていたわ、最初から。ウサギの事、ウサギの兄の事、そしてあの兄妹の関係も――」
彼女はぽつりぽつりとコツコツに語り始めた。
「知っていて、それでも気づかない振りをしていたの。始めてウサギと会った日、過去を引き摺り暗い部屋に閉じこもる彼女を見た時、私は彼女を助けたいと思った、助けられると思ったの。彼女の望むこの仕事をさせて上げることで、彼女は一歩踏み出すことができる、そう思ったの」
でもそれは私の驕りだった。そう言うとククリセは深く頭を下げる。
「今回の件はすべて私の責任よ、本当にごめんなさい」
「……やめてくれよ、そういう畏まったの。俺とお前の仲だろ」
頭を下げられたコツコツは、恥ずか気に目を泳がせていた。
「オペレーター失格ね私、契約解除してもいいわ。違約金も私が……」
「うっせぇ、だからやめてくれってそういうの。『借りを一個作っちまった』その程度の認識でいいよ。というかウサギはどうなった?」
コツコツは必死にククリセの言葉を遮り、話題を逸らす。
「一先ず、命に別状はなかったわ。今電験で精密検査を受けてる」
「そうか、命に別状はないのか」
「コツコツのお陰よ」
「俺は拾い屋の服務規程を守っただけだよ」
彼は捨て台詞のようにそう言い放つと、ククリセがこっそり差し入れてくれた酒をあおる。
しばしの静寂。
ククリセは依然として、コツコツの方を直視できなかった。
いつに無く猫背なその姿は、のしかかる罪悪感に耐え兼ねているようにも見える。
「それよりも、問題なのは貴方の方よ」
彼女は搾り出すように、暗く沈みきった声を吐く。
「だろうな、なんとなく予想はついてるよ」
コツコツは勤めて明るく言うと、自分の頭を指差した。
「開頭されたままってことは、かなり焼けちまったんだろ俺の脳味噌」
彼女は何も答えない。
答えられないんだろう。
「まさか俺が脳浮腫を患うとはな、深度はどれくらいなんだ?」
――ステージ4よ。聞こえるか聞こえないか、そんな微かな声で彼女は答える。
その声は後悔と絶望に震えていた。
「ステージ4か、じゃあまだ希望はあるだろ」
彼はそう言うと彼女に笑いかける。
ククリセはそんな彼を泣きそうな瞳で見つめ返すだけで、それは彼にとっては堪らなく辛かった。
「なぁククリセ」
コツコツはさり気ない口調で、彼女に声をかける。
「何?」
「俺はもちろん、ウサギも多分お前に感謝してるよ。お前はお前の正しいと思う事をしたんだろ、そう気に負うなよ」
――俺たちも自分が正しいと思うことをしただけさ。
ククリセはそっと顔を上げ、コツコツを見る。
「……私を、慰めてくれるの?」
ありがとう。コツコツに聞こえるか聞こえないか、そんな微かな声でそう呟くと彼女は立ち上がる。
「明日、ウサギに面会しようと思ってるわ。コツコツも来る?」
「さぁな」
「そう」
仕事に戻るね、また明日。ククリセはそう言葉を残し部屋を出ていった。
彼女が出ていき、病室は再びコツコツ一人の空間になる。
彼は溜息を一つ吐き出すと再び酒をあおり、柔らかな毛布に包まり目を瞑った。
夢でも見ようと思っていたのだが、プールに沈む自分の姿の幻影を見るだけだった。
自分の周りには、幾人もの拾い屋が同様に沈んでいる。
人の思念を何年も拾い続けていたが、結局なにが理解できたわけでもなかった。
ただその寂しさだけは、体を撫でる水の流れによって、忘れされること無く、静かに留められている。